第23話 旅立ち
荷物を整えたリベルは、ゆっくりと店内を見渡した。
たった一年だけだったが、それでもいろいろなことがあり、この場所に愛着が沸いていた頃だった。
訪ねてくる客はそこまで多くなく、一日の間に一人来ればいい方。
ある時なんか、一週間も客が入らなかった時もあった。
しかし、それらすべての今までがここに詰まっていることに、リベルは感慨深いものを感じていた。
「はぁ、こんな時が来るんだな」
「やめるなら今だぞ」
こちらも準備を終えたのか、グレンが店の中に入ってきた。
そんなグレンにリベルは苦笑する。
「まさか。何も始まる前から辞めるなんてやだよ。それが僕の望んでいることならなおさら、ね」
「だろうな。言ってみただけだ」
「そう……それよりさ、この子たちはどうしよう?」
リベルはグレンに聞きながら、店内を見渡す。
そこには並べられているいくつもの楽器。
リベルの言うこの子たち、とはこれらの楽器のことだ。
いくら旅に出ていくと言っても、これらの楽器をこのまま置いておくわけにもいかない。一応、昨日のうちにグレンに相談しておいて、考えてくると言っていたが、実際のところどういった結論になったのか、リベルは気になった。
「それらの楽器はな、俺の魔法で運べそうだ」
「運べる?それは良かったけど、この数を運ぶの?」
この店の楽器は数は多くないとはいえ、十を超える数にはなっている。
それらを運ぶと言っても、一体魔法でどんな運び方をするのか思いつかない。
まさか、浮遊魔法で浮かせてすべて運ぶと言うわけではあるまいし。
「運ぶと言っても、全部を別の空間に収納するだけで、荷物になるわけじゃない」
「別の空間?」
「そうだ。次元と次元の狭間と言ってもいいな。要はどこまでも無限に広がる収納室みたいなもんだ」
「無限に……。なくしたりしない?」
「大丈夫だ。ちゃんと望んだものが出せるようになってる。気にする必要はないさ」
「相変わらず、魔法に関してはすごいね。さすがだよ」
「そうだろ?さすがは俺」
リベルは本当に、このグレンの魔法はすごいと思っていた。
そして、それと同時に改めて戦慄した。
これでまだ、全盛期の力の十分の一程度なのだから。
「本当にすごいね」
「何度も言われると、さすがに気持ちわりぃよ」
「それを面と向かって言うかな、普通?」
「言ったもんはしょうがねぇだろ。それより……収納するが、それでいいか?」
「うん、いいよ。この子たちと一緒に行けるって言うなら、その不安だらけな魔法でも」
「おいおい、自分で言うのもなんだが、この魔法は安全だぞ?取り残されない限り」
「それは結局、怪我をしない限り痛くないってのと同じだよ。危険度が低いのとは別問題。とはいえ、言い合ってるほど暇でもないし、とっととお願いね」
「自分で言い出したことをちゃっかりまとめたが……まぁ、いい。それじゃぁ、やるか」
グレンは目を閉じて、こことは違う無限の空間をイメージした。
そして、そこへここにある楽器たちをすべて送り込むようにイメージして、魔法を唱える。
「<ブラックボックス>」
その唱えと同時に、リベルの目の前から楽器たちが消失し、それがグレンの言う無限の空間へ送られたことを示していた。
グレンはゆっくりと目を開けて、自分の手際の良さに一つ頷く。
そんなグレンに、リベルは言った。
「なんか、<ブラックボックス>って名前が物騒だね。一体誰がそんな名前を付けたの?」
「俺だが?」
「……嘘?」
「いや、マジだよ。これは俺の創作魔法だ。俺が作り出したんだよ。すごいだろ?」
「うん、本当にすごい。無駄に長く生きてるわけじゃないんだね」
「お前の口から時々出てくる辛辣さは何だよ……」
がっくりと項垂れるグレンの肩を叩いて、リベルは店の扉を開ける。
まだ早朝ゆえに、外の空気が少しひんやりとしていた。
その涼しさに爽快さを覚え、リベルは深く息を吸い込んだ。
それで感じたのは、この町の匂い。
一年の間に感じた様々な匂いが、リベルの記憶を刺激した。
「おい、感傷はほどほどにして、早く出るぞ。時間が惜しい」
「…………」
同じように店から出たグレンがそう呼びかけるが、リベルからは反応がない。
疑問に思ったグレンがリベルの顔を覗き込むと、その目ははるか遠くを見つめていた。
遠くの、空の向こう。
(なるほどな)
グレンはこの町があの二人の故郷であることを思い出し、リベルがお別れを告げているのだと理解した。
一時的なものかもしれないが、それでも長いことここを空けることになるため、ひとまずは、ということだろう。
グレンはリベルのそういう行いを理解し、少しだけ待つことにした。
グレンも、そういう気持ちがないわけではなかったためである。
空を見上げるリベルの視線の先へ目を向け、グレンは二人の顔を思い出しながら心の中で言葉にする。
(お前たちの息子が、ここまで大きくなったな。まさか、こんなことになるとは夢にも思っていなかった。いや、お前たちの息子だから、そういうことがあってもおかしくねぇか)
リベルは別れを告げたのか、上へ向けていた顔を元に戻し、グレンの方を向いた。
「じゃあ、行こうか」
「あぁ」
リベルの言葉に、グレンは頷いて一緒に歩きだした。
(必ず、守ってやるからな。お前たちの希望は)
グレンはそう誓った。
♢♢♢
クレアに罰を言い渡すための人界上位会議は終わり、王の間から出ていくクレアの後ろから、アスティリアが声をかけた。
「クレア、ちょっといい?」
「はい、何でしょう?」
ラインヴォルトのこともあって少しだけ警戒するクレアだったが、すぐに思い直した。
つい今しがた公的なことが終わったばかりなので、これは私的なことだろうと判断し、クレアは肩の力を抜いた。
しかし、その判断は早かった。
「ねぇ、クレア。さっきの報告は、どこまでが本当なの?」
「え?」
予想外の質問に、クレアは言葉がすぐには出なかった。
そして、その沈黙が、そのままアスティリアへの答えとなっていた。
「やっぱり、そうだったのね。陛下が何も言わないから、私も黙ってたんだけどねぇ」
「陛下も気づいていたんですか?」
「気づいていたのは、たぶん陛下と私とメフィストの三人だけのはずよぉ」
「三人も……」
三人というのは言葉だけでは少ないが、実際にはあの場にいた七人中三人となると、ほぼ半分の人に気付かれていたことになる。
自分では結構うまく誤魔化せていた気がしていたのだが。
それにしても、アスティリアはクレアと仲が良いため、メフィストは興味がないため言わないのだろうが、なぜ国王であるハルイドがそのことを問い詰めなかったのかがクレアは気になっていた。
「どうして、陛下は会議の時に言わなかったんでしょうか?」
「さぁ?陛下なりの考えがあったんでしょうねぇ」
「その考えとは?」
「わからないわねぇ。まぁ、そのうち言ってくるでしょ」
あっけらかんとしているアスティリアに、クレアはため息をついた。
「そうですか。そう言うのなら、私も気にしないことにしますが、どうして陛下は私の嘘に気付かれたのでしょうか?」
「さぁねぇ。私にはわからないわ。私はクレアがいつもの様子と少し違っていたから気付いてわけだし、メフィストはたぶん実際に現場を見ていたからだろうけど、陛下の場合は……私と同じかしらねぇ。よくわからないけど」
「そうですか……って、現場を見てた!?」
アスティリアの言葉に衝撃が走り、クレアは思わず大声を出していた。
当の彼女はクレアの反応に驚くことはなく、いつも通りにこにことしている。
「そうよ、たぶん。ほら、さっき彼がアグニ討伐の様子を細かく言ってたじゃない?あれは別に、私たちの誰かが教えたんじゃなくて、それより前から知っていたのよ。おそらく、この王城からずっとヒューレ火山の頂上を見ていたんだと思うわ」
「何ですか、それ……」
呆れとともに納得がいかないような顔をするクレアだったが、今解決できないことは仕方がないと割り切ることにした。
そうして気合を入れなおしたクレアに、アスティリアが小声で話す。
「そんなことより、一体どんな嘘をついたの?」
「あぁ、どんな嘘か、までは気付いていないんですね。だったら、秘密です」
「えぇ~、教えてくれてもいいじゃないのぉ」
「ダメです。私の勝手で、その人に迷惑をかけるわけにはいきません」
「…………もしかして、男?」
アスティリアが悪い笑みを向けてくると、クレアは頭を抱えた。
「間違ってはいませんが、意味が違います」
アスティリアの問い詰めは、その後しばらく続いた。




