第22話 祭りの外で
アグニ討伐が終了し、王国内がお祭り騒ぎになっている中、一つの楽器店ではその空気に乗っかろうという雰囲気はなかった。
ここ数日で、リベルの体調は完全に元通りとなってはいるが、間近で見たものへの恐れはしっかりと心の中に刻み込まれ、普通の一般人と変わらない生活のリベルには、重すぎる記憶だった。
それゆえに、皆が浮かれているのを横目に見て、地獄を見なかった者たちの浮かれように羨ましさすら覚えていた。
そんなことを感じてしまうから、リベルは外に出ることはなく、ただでさえ人の出入りが極端に少ないこの店は、外のお祭り騒ぎのせいで余計に孤立感が高まっていた。
今、店の中にいるのはリベルとグレンだけで、二人とも外の喧騒を聞き流していた。
たまにあるお祭りと同じで、しばらくしたらこの騒ぎも収まるであろうことに、リベルは期待していた。
とはいえ、さすがに今回はことが大きかっただけに、普通のお祭りのようにはいかないだろうが。
「それにしても、人ってここまで騒げるものなんだね。実際、アグニが討伐されたからって実感は何もないでしょ?」
実感が湧かない一人であるリベルがそうぼやくと、いつものように読書をしていたグレンが顔を上げた。
「そういうもんじゃねぇんだよなぁ、お祭りってのは。お前も小さい頃は、あんな風にお祭りで騒いでたもんだがな。まぁ、子どもにとっては楽しいことっていう一つのくくりでしかないんだろうが」
「子どもはそうかもだけど、大人はどうなのさ?残念ながら、僕にはあまりよくわからないんだけど。そりゃ、お祭りが楽しいのはわかってるけど、だからって大の大人がそんなにはしゃぐの?」
リベルの質問に、グレンは頭をかいた。
その考えは理解できなくはないのだが、グレンとしてはこういう考えをしていることがまだ子どもであることの証のような気がしていた。
「大人の場合は、大人だからこそ、こういう時に子どもみたいにはしゃぐんだよ。そりゃ、ある程度の良識は守るさ。子どもみたいにはしゃぐからって、子どもと同じ扱いを受けるわけじゃねぇからな。ただ、そんな中でも子どもみたいにはしゃぐことで、日ごろの疲れや鬱憤を晴らしたりするんだよ。大人だからこそってのはそういうことだ。それがわからないんじゃ、まだまだ子どもかな?」
「子どもで悪かったな」
「別に悪いわけじゃないが……お前も同世代の友だちくらい作れよ。こういうお祭りを理解するには、友だちがいなきゃ意味ねぇからな」
「僕に友だち、ねぇ。想像できないけど、グレンはどうなのさ?」
リベルの問いかけに、グレンは言葉に詰まったように、体をビクッとさせた。
リベルはグレンの過去を知っているがゆえに、こうなることはわかり切っていたが、そんなグレンがどんな答えを出すのかが気になっていた。
「グレンは、どうなのかな?」
答えにくいとわかっていながらのこの質問は、非常に正確が悪いと言えるが、リベルとしては気になったものはしょうがないという心持ちだった。
もっとも、こんな質問をされるグレンを気の毒には思う。
自分で質問しておいて思うことではないが。
「……俺の方、か……」
ようやく、沈黙から言葉を発したグレンだった。
「まぁ、お前のことを言えた口じゃねぇな。俺も同世代の友だちが今んとこいないから、今はこういうお祭りには興味がねぇ」
「友だちって言えば、精々が僕みたいな年の離れた友だちだしね」
「それはお前もだろ」
「そりゃそうだ」
自分ではうまく言ったつもりだったリベルは、同じようにうまく返され、苦笑いを浮かべた。
面白いと思って言っても、それが自分に返ってくることもあると改めて思い知ったリベルだった。
「はぁ、それにしても、あの後から特に何も決めずにいるけど、ぐうたら生活まっしぐらだね」
「自分で言うと虚しくないか?」
「確かに、それはある。けど、自分を鼓舞する意味もあるかもよ」
「そんな気落ちした声で鼓舞できるかっての」
「ほら、言ってみればどうにかなることもあるでしょ?」
「そんな奇跡的な出来事を、こんなところで起こすなよ」
「う~ん、それもそうかもだけどねぇ」
数日前に生死を賭けた戦いに巻き込まれたとは思えないほどに、リベルとグレンの会話はいつも通りだった。
こんないつも通りがいつまでも続いてほしいと思うのは、何も悪いことではないとリベルは思う。
こんな日々があるからこそ、いつも通りを生きていけるということはある。
実際、これまでのリベルはそうだった。
いつも通りの生活がいつも通りくるものだと思って、日々を普通に過ごしていた。
音楽の危機に瀕していても、悲しいことにそれは変わらなかった。
しかし、これからはそのままではいけない。アグニ討伐を間近で見たからこそ、そう思った。
分野が違ということは、リベルは良くわかっていた。
それでも危機という意味で言えば、その二つは極端な話、同じように思えた。
リベルがあの時見た地獄は、このままいつも通り過ごしていった場合のリベルの未来のように思えてしまった。
本来なら全く違うはずなのに、リベルはそう思った。
それを回避するには、現状を変えなくてはならない。
前か後ろか、どっちになるかはわからないが、それでもリベルは進むべきだ、と思った。
いや、『べき』ではない。
リベルがそうしたいと思うから、進むのだ。
「ねぇ、今の外は、すごく楽しいんだろうね」
騒がしく楽しそうにしている外を眺めながらそう言うリベルには、外の喧騒が徐々に遠のいていくように感じられた。
グレンもリベルにつられて外を見ると、なぜだか同じような感覚に陥った。
「そうかもな。なにせ、祭りだ。めでたいことを祝ってるんだから、楽しいに決まってるな」
店の中から見えるナルゼの町には、笑顔が溢れていた。
笑顔と単純に言っても、その種類は様々。
子どもたちの祭りへの無邪気な笑顔、おいしい食べ物を食べた笑顔、たくさんの人が集まって笑顔。大人はいろんな人たちと飲んで笑顔、顔も名前も知らない人と打ち解けて笑顔、子どもと一緒に過ごして笑顔、祝い事をみんなで分かち合って笑顔。
これらの笑顔に嘘は何一つないことを、リベルとグレンはわかっていた。
こんなお祭りで笑顔になる人たちに、嘘があるわけがない。純粋に楽しんでいる人たちばかりで、純粋に喜んでいる人たちばかりだ。
こんなに人が集まっているのだから、どこかしらでトラブルは必ず起きていることだろう。それは人である以上、絶対に起こりうる不協和音だが、それでも最終的には楽しむことだろう。それは間違いない。
この祭りには、目移りするほどにたくさんの楽しいことが詰まっているはずだ。
そんなものたちの中に埋もれてしまえば、誰もが笑顔になるということに違いない。
それはどこの国でも変わらず、そしてどこの種族でも変わらないことだろう。
同じこの世界に生きる者ならば、通じ合うものはきっとある。
そして、その先にもっと大きな、こういう景色を見ることができるはずだ。
「なんでかなぁ。今のこの時なら、なんとなく誰もが手に手を取り合うことができそうな気がするんだよね」
「それは儚い期待だな。こんな光景は誰もが望むことだ。本当に争いを望む奴なんていない。それでも、今のこの世界じゃお前の期待は儚すぎる。実現しようとするその第一歩が、おそらく誰からも潰されるだろうな」
「それは怖いね。そんな争いのど真ん中で調和を保つなんてことは、一体誰ができるもんかね?」
リベルは自分のそんな姿を想像することすらできない。
グレンの言う通り、それはとても儚いものなのだ。
リベルも、それはわかっている。
「そういう人は、きっと誰から非難されても夢の実現を諦めずに立ち続けられる人なんだろうね。そんな人、いるかな?」
「いないだろうな」
グレンの答えは即答だった。
それはリベルも予想していたことだ。
そんなことは無理だ、と自分でわかってはいたが、それでも誰かできるのではないかと思ってしまう。
そんなリベルに、グレンが続ける。
「お前の父親も母親も、そんな奴じゃなかった。そんな紛争の中心に立っていて平気でいられるような人間じゃなかった。だがな、それでもあいつらは二人だった。一人じゃなく、二人。たったプラス一人だが、それはとてつもなく大きかったんだろうな」
「……一人じゃなく、二人、ね。悲しみも喜びも、苦しさも嬉しさも分かち合おうっていう感じかな?」
「分かち合おうとしていたんじゃねぇ」
リベルの解釈に、グレンは首を横に振った。
そして、言い直す。
「人は元から、やろうとしなくても分かち合える生き物なんだ」
分かち合おう、ではなく、自然に分かち合える。
それが当然。
それは根拠などなくとも、実に正論のような気がした。
「分かち合える、か。それでお父さんとお母さんはそうしていたわけか。何か、使命的なものを感じていたのかな?」
「違うんじゃないか?おそらくはお前と同じだ」
「僕は何も言ってないけど?」
「もう言ってるのと同じだろ。お前と同じように、ただそうしたかったから、だと思うぞ」
「そう、だろうね。僕もそんな感じがする」
リベルとグレンは、外へ向けていた顔をそれぞれお互いへと向けた。
「お前は、確かあの二人の夢を自分の夢にすると言っていたな?」
「君も確か、二人の夢を叶えたいって、言ってたよね」
「それは今でも変わってないよな?」
「長年抱いていた夢には飽きました、なんてつまらない奴じゃないよね、君は?」
「その覚悟があるんだろう?」
「君にはやり遂げようという思いはあるんでしょ?」
お互いがお互いの質問に答えないやり取りだが、それでも二人はわかっている。
その答えは何なのか。
答えを口にせずともわかっている。
あえて言うならば、返す質問こそが答え。
そこからわかることがあれば、それだけで二人の考えが同じであることを示す。
そして、二人とも同じ結論へと至る。
自分と同じ、相手の答えに。
「お父さんとお母さんの夢、音楽で世界を幸せにしたい。それを僕らが完成させる」
「どこまでやれるかはわからんがな。だが、あの二人の遺志を継ぐというのは、何だか悪い気はしない」
「うん」
二人はお互いの考えを理解し、その先を見る。
言葉にせずともいい。
それでも、リベルはそれを示した。
誓いのように。
「これから、音楽と世界のための、旅に出ようか」
ようやく、ようやく旅立つ時が来ました。
アグニ討伐という一つ目の山場を越えて、ついに来ました。
これからの二人の旅の無事をお祈りください。
筆者が色々と困難へと導いてしまいますが。




