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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第1話 音楽が失われる世界

 ここは魔導大国、シュトリーゼ王国。人が住む国としては、大陸でもっとも大きい国だ。

 今世界は三つの大陸に分かれており、それぞれ人間族の住むトルード、獣人族の住むラスカン、そして魔族の住むイスリーノ。それぞれの大陸にはそれぞれの種族が住み、それぞれの大陸で繫栄してきた。

 とは言っても、それは互いに切磋琢磨して、という友好的な国同士のつながりではなく、もっと違う競争心のようなもので、他の大陸、他に国、他の種族の奴らには負けたくないという意識があったのだ。

 それは人で言うライバルと似たようなことなのかもしれないが、この三つの国は実際に仲が悪いのだ。

 いや、かろうじて人間族と獣人族は同盟とまでいかなくとも、暗黙の了解として共通の敵である魔族を敵視することで均衡を保ってきた。

 そのため、人間族と獣人族の大陸であるトルードとラスカンはある程度自由に出入りすることができる。大陸と大陸を繋ぐ橋に関所があり、そこで通行許可証を見せなければならないが、それを除けば本当に誰でも通れるのだ。

 ただ、それぞれの国の国民はお互いの種族をよく思っておらず、たびたび問題が発生しているのは事実だ。旅をしに来た者に暴力をふるうことはあり、また、若い女性を路地裏に連れ込んで好きなように弄ぶというのも、残念ながら存在するのだ。他種族であるから偏見が強く、その分悪いことをしているという感覚が薄れてしまっているのだろう。

 何度も非道なことが両大陸で行われ、今やそれを止める立場である兵士ですら加担する。そんな劣悪の一歩手前まで来てしまっている世界なのだ。

 そんな世界でも、夢を見る少年はいた。

 その夢は亡き父と母がいつも語っていた夢。成し遂げることが不可能とされるほどの、無謀な夢で、でも確かに叶えるべき夢だった。

 その少年、リベル=ハーモはいつもそれを願う。

 音楽で世界に平和を、笑顔を満たしたい。

 その思いを叶えるための道の途中にいる。


「ありがとうございましたっ」


 そう元気よく言い、リベルは店を出ていく客に頭を下げた。

 リベルは銀髪に碧眼の少年で、顔立ちは悪くはないが、イケメンとまでは言えない風貌だ。それでもその髪は人の注意を引き寄せるほどに綺麗なものだ。

 ここはシュトリーゼ王国のナルゼという町でリベル=ハーモが一年前、つまり十五歳の頃に始めた楽器専門店で、父と母が残した遺産のおかげで始めることができた。音楽を愛していた二人なら、このことを喜んでくれるだろうと思い、胸を張っていた。二人の夢を追うことができて、誇らしく思っていた。

 しかし。


「…………」


 リベルは先ほどまでの笑顔を崩し、客が預けていった『ヴァイオリン』という楽器を暗い表情で見つめた。その顔は悔しそうで、涙を堪えるように歯を食いしばり、そっとヴァイオリンを撫でる。それは愛おしいものに触れるような優しい手つきで、それだけで彼の愛が伝わってくるようだった。

 そのヴァイオリンはある名家に置いてあった昔のものだが、その身も弦も壊れかけのような感じではなく、古い感じが出ていながらもそれが趣のある情緒あふれる仕上がりだった。何度見ても、そのヴァイオリンは素晴らしいものだと、リベルは思う。

 このヴァイオリンは昨年、まったくの無名でありながらその名家に腕を見込まれたリベルが、専属で調律などの手入れをしていたものだ。そのたびにリベルは、ヴァイオリンに眠る人々の思いを感じ取ってきた。それは心地いいこともあったが、辛いこともあった。思い出というのは、楽器が奏でる音というのはその時々で変わってくる。

 しかし、それを含めての楽器なのだ。

 ただ音を出すだけでは人々に感動を与えるなどできるはずもない。音を奏でる人がいるからこそ、その人の思い、曲の思いを感じ取ることができるのだ。

 だからこそ素晴らしい演奏は人々の心をつかみ、人々を引き寄せる。

 それをとても強く実感していたのだ。

 だが、それがもうないとなれば、リベルの悲しみはひどいものだった。

 今日来た客は、リベルがヴァイオリンの手入れのために毎回足を運んでいた名家の主で、この店に直接来るのは初めて来たとき以来だった。

 今日の朝早くに来店したその人を見て、リベルはただ事ではないとわかった。その手にヴァイオリンを収めていたケースを握っているとあっては、リベルは身構えなければならなかった。

 それでもいつも通りの対応をするリベルだが、それでもその名家の主は何かを感じ取ったのだろう。非常に言いづらそうにしていたが、しばらくして意を決したように言った。


『この楽器を買い取ってくれないか?』


 その言葉はリベルが一番聞きたくない言葉で、最近そういう客が多いことから予想はしていた言葉だった。それでもリベルは、その言葉をこの人からは聞きたくなかった。


『君がこのヴァイオリンに良くしてくれていたことは、この私が一番よくわかっている。そんな君にこんなことをお願いするのは、とても酷なことかもしれん。だが、私はこうせざるを得ないのだ。せめて、引き取ってもらうなら君の所で、と思ってきた次第だ』


 リベルはその理由をよくわかっていた。そういう客は本当に多い。おかげで、当初楽器が少なかったこの店も置いてある楽器は増えたが、それは決してうれしいことではなかった。楽器を誰かが買う時、音楽がその人と周りの人たちへ伝わっていくのを感じたように、楽器が売られるとき、リベルは音楽がその人と周りの人たちから消えていくのを感じた。

 音楽を愛する者として、それはとてつもなく悲しいことだった。

 それでも商売だからと自分に言い聞かせ、自分の中の悲しみを押し殺して、自分の手に渡る楽器を持っていた。その重さはいつもよりも重いもので、自分の手に力が入っていないことがよくわかった。自分が想像以上のショックを受けていることが、楽器を握るたびにわかった。

 そして、今回も。


『わかりました。それでは買取金額を提示いたしますので、それを了承していただけるのでしたら、こちらの書類にサインをお願いします』


 そう言いながらカウンターの下から書類を出そうとするリベルを、名家の主は手で制した。


『いや、これは君に譲るという扱いにする。金は要らない』

『……よろしいんですか?』

『あぁ。君にはこの一年間、だいぶ世話になった。その感謝のしるしとして、だ。まぁ、楽器を手放そうとしている人間が、君のように音楽を愛している者にこのようあことをいうのは筋違いかもしれんが、それでもこれは感謝、あるいは謝罪と受け取ってくれ』

『そんな、謝罪なんて。あなたが悪いわけではないんですから』


 謝罪として頭を下げる名家の主に、リベルは慌てて声をかけた。そのようなことをされては、リベルだってつらくなってしまう。

 それでも真摯に頭を下げてくれている人に反対するのも気が引けた。

 結局、リベルは言う通りに友人として預かることを承諾した。つらい選択だったが、それが客の望みとあれば、しかも同じ音楽を愛する者としては断れなかった。

 店を去っていく後ろ姿も、どことなくつらそうだった。

 こんな状況になってしまうのは間違っている。それは強く思うのだが、打開策が見つからない。そもそも、まだ十代で世間もよく知らない若造が何を言っても、それがどれだけ高尚なことであっても耳を貸す者は少ないだろう。いや、それだけで済めばいいが、もしかしたら国家反逆罪で殺されてしまうかもしれない。

  リベルの同業者は国からの圧力に屈し、次々と店を畳んでいった。殺されるのは誰だって嫌だ。ただの一般人であるリベルには、生きていくので精一杯だった。だから、音楽を諦めた人たちを悪く言うことも、リベルは絶対にしなかった。

 それでも、悲しいものは悲しい。

 音楽にだって有用性はある。人の心に訴えかけ、感動を与えることができる。先ほどヴァイオリンを預けていった人もそれをわかっていた。

 しかし、国はそれを認めない。戦争に必要もない娯楽は、廃止すべきとなった。

 ここは魔導大国、シュトリーゼ王国。

 この世界は、音楽が失われる世界。

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