第197話 光の後、そして
ラスカンの王宮の一室。
そこでは、ベッドで眠るリベルを暗い面持ちでグレン、ソフィー、クレア、アンナが見ていた。
世界中が謎の音楽と光に包まれてから、もう五日が経った。三種族間における戦争は、謎の音楽によってどの種族のほとんどの者が戦意を失い、戦いが続けられるような状況ではなくなってしまった。
また、その際に英知の神託教団がその存在を世界に露わにし、この戦争が教団に仕組まれたものであるということを聞かされ、それぞれの種族では混乱が渦巻いている。さらに、様々な国の中枢人物が次々と姿を消したことも、混乱を大きくさせている要因の一つだ。
ハルイドやレヴィも姿を消し、もはや戦争などしている場合ではないのだ。
そういうこともあって、形上休戦状態になっている今は、グレンとクレアもラスカンに戻ってきている。そして、どうやらもうグレンとクレア、リベルが獣人族に変身していたこともバレていたようで、もう今は元の姿に戻っている。クレアは変装用の茶髪ではなく、本来の赤髪だ。
リベルたちのことは別に罪には問わないということで、ひとまずは見逃してもらっている。それはアンナの存在が大きいだろう。
本当の獣人族がリベルたちと仲間だというのだから、何も獣人族の敵と断ずることはできない。
そして、問題の眠っているリベルだが、これはリベルがマスターの音楽を打ち消す際に、最後の一撃を消した直後に急に倒れてしまったのだ。戻って来たソフィーでもこんなことになるのは予想していなかったらしく狼狽えていたのだが、そこに現れたレヴィによって王宮へと招かれたというわけだ。
レヴィはメルティを送り出した後、リベルの光を見てリベルの元まで来たらしい。その真意は話さないものの、レヴィのおかげでリベルはしっかりとしたところで休むことができた。
もっとも、レヴィがその後教団の一員と世間に知られたことで、リベルたちもその一因かもしれないという憶測が立ったわけだが、それを直接口にする者はいなかった。
それはリベルが謎の音楽を止めたことが功績となり、少しは信用されていたからだ。そうでなければ、すぐにでも追い出されていただろう。
そして、グレンとクレアも王宮に入ることを許され、今こうしてリベルの眠る部屋に全員が揃っているというわけだ。
アンナは心配そうにリベルのベッドにつきっきりだ。起きている間は、ほとんどそうしている。睡眠はとっているようだが、それでも無理は禁物だ。そう言われても、アンナはそこを動こうとしないのだから、仕方ないと誰もが思う。
ソフィーはリベルもそうだが、無理をするアンナも心配で一緒についている。
グレンとクレアはリベルが心配なのは同じだが、戦争に介入し、さらには教団のことも知っているとあって連日会議に呼び出されていた。今はその休憩といったところだ。
「なぁ、リベルのこの状態についてまだわからないのか?」
グレンが尋ねると、ソフィーは変わらず首を横に振る。
『原因は<ハーモニクス>で間違いないんでしょうけど、どうしたら回復するのかはわからないです』
「ったく、どうしてこうなったんだ?何でリベルがこんな風になる必要がある?こいつはただ普通に生きてきただけだろう」
『……それが、運命というものでしょうか』
「それくらいはわかってる。そして、リベルは自分でそれを選んだこともわかってる。あいつからしたら、俺がそのことを悔やむのは筋違いかもしれない。だが、それでも悔やまずにはいられない」
「それを言うなら、私だって同じこと」
クレアも、グレンと同じように悔やみ、そして顔を伏せる。
「私はリベルに問題ごとを持ってきてしまった。シュトリーゼ王国で不可解なことがあったからという理由で、私はリベルを頼った。何故かはわからないけど、頼ってしまった」
「そうだな。あいつは大して強くない……いや、全く強くないくせに、なぜか頼ることになるんだよな、毎回毎回」
『そうですね。どうしてか、大切なところはしっかりとやる人でしたね』
アグニ討伐の時も、オーリン村でも、エクリア王国でも、最後の最後に何かをしたのはリベルだった。強くないにもかかわらず、大切な時は必ず何かやってくれる。
そして、今回もそうだった。リベルが<ハーモニクス>を使って敵の攻撃を消してくれなければ、今頃どうなっていたのかわからない。グレンとクレアは他の人のような苦しみは感じなかったが、それでも見ているだけで苦しいものだとわかった。
そんな事態を防いだにもかかわらず、リベルはこうして眠ってしまい、まるで犠牲になったみたいだ。もともと戦争を止め、教団の思惑を止めることが目的だった。
グレンとクレアは戦争を防ぐために戦い、そして止めることができた。
しかし、教団の謎の音楽のせいでせっかく戦争を止めたことが無駄になるほどに負の感情が溢れた。そこでまた、最後にどうにかしたのはリベルだ。
結果的に最悪にまではならなかったものの、最善とは言えない状況になってしまった。教団もこの五日は何もしてくることがない。何かしら準備をしているのかもしれないが、今はその動きは外に漏れてくることはない。
だからこそ、こうして待機せざるを得ない。
アンナはずっとリベルの手を握りしめている。いつも離さないように。いつも通りに手を繋いで歩いたように、その手を握る。
その様子は、とても悲しそうだった。
「リベルさんは、どうしてこういう時は冷静に考えないんですかね」
『どういうことですか、アンナ』
「だって、完全に無理をしたんでしょう?無理をしたから、こんなことになったんでしょう?」
『そうかもしれませんが……それは助けたいと思ったからで』
「それはわかっています。でも、私はとても不安なんです。とても怖いんです」
アンナはリベルの眠るベッドに顔をうずくませる。
ずっと、アンナはリベルがこんなことをする必要があるのか、と考えてきた。リベルは普通の人間だ。少し変わっているところはあるかもしれないが、ただの人として生まれてきた。
それなのに、こんな大事に巻き込まれてしまっている。大きな力を持ってはいるが、それは使わない。自分の力すら恐れるほどのただの人だったのに、どうしてここまで背負わなくてはならないのか。
アンナは悲しく、そしてそんな境遇が恐ろしかった。このままでは、リベルがどうにかなってしまうのではないか、と。肉体的にも、精神的にもダメになってしまうのではないだろうか、と。
「私は、普通のいつも通りのリベルさんでいてほしい。何か大きなものを背負っていなくてもいいです。どこかの誰かに狙われる必要もないです。大きな力なんて持っていなくていいんです。当別な存在でなくていいんです。ただ、リベルさんが私の前に普通にいるだけで、それでいいんです。それなのに、何もかもがリベルさんに何かをしていく。そんなだから、リベルさんはこうして大変なことになってるんですよ。私はそんなのは嫌なんです」
アンナはその言葉を叫んだわけではない。ただ淡々と述べただけだ。それなのに、部屋にはその言葉が良く響き、そこにいる人の心にはダイレクトに伝わってきた。
この場にいる誰もが、リベルに特別な役割を求めてはいけない。そう思っている。それでも何かしら成し遂げてしまうから、特別に思えてしまう。それこそが、こんな状況を生んだのだ、とそれも悔やんでしまうのだ。
特別であることは、普通ではいられないということなのだから。少なくとも、グレン、クレア、ソフィーはそのことをよくわかっていた。