第191話 最後の日
「まぁ、でもメルティにはあまり関係ないことよね。こんなこと知っても、あまり意味はないと思うけど、今更ながら」
「今更なことは確かだけど、全てが無駄というわけではないわよ。そこから見えてくるものは少なからずあるはずなんだから」
「それは大した向上心ね。でも、私は教団の一員よ。計画が止められないようにするのよ」
「リベルさんは何か動いているみたいですが、それは教団側としては無視していいの?」
メルティの方にも、リベルが何かしらの行動を起こして人々の不安や恐怖を払拭する手立てを考えていることは知っている。
それはレヴィも教団もよくわかっているはずだ。以前聞いた会話では、いくら止めようとしても無駄だといっていたが、どうして無駄となるのかがメルティにはわからない。
そんなメルティにレヴィはそっと微笑む。
「大丈夫よ。最後には私たちの思い描く通りになるから」
「その自信は一体どこから来るのよ……」
「さぁ、どこからかしらね。簡単に言えば、こちらには一応切り札みたいなのがあるから、いくら不安や恐怖を取り除いたとしても無駄なのよ。そのための準備をこれまでしてきたわけだしね」
「準備?」
「そう。あぁ、でも、これ以上はその時になってからのお楽しみ、ということで」
「お楽しみ、ね。ここであなたを捕まえて、拷問して吐かせるというのは?」
メルティがそう言っても、レヴィは平然としていた。
「それは無理よね。私たちがそれぞれの国の中枢にまで入っているのは、こういう時の対策でもある。それくらいなら、あなたはわかっていると思うけど」
「そうね。今あなたを捕まえれば、おそらくどこかからかあなたがこの戦争を引き起こしたという情報が、意図的に伝わるようにでもなっているんでしょう。それで、人々は、特に獣人族たちは混乱する。それだけで不安や恐怖は増し、あなたたち教団の計画は順調に進む。つまり、いざという時にばれて捕まっても、それはむしろ教団の計画を加速させるだけで、食い止めるためには、あなたたちを捕まえるわけにはいかない」
「そう。よくできました」
パチパチ、と手を叩くレヴィにメルティは悔しそうな顔をする。
「あなたはとても頭がいいけれど、こういう時頭が良過ぎるからわかってしまうのよね。今この状況では、教団に好き勝手にやらせるしかないってことが。私たちが人々の負の感情を使って何をしたいのかがわかれば、それに対応することで妨害ができるかもしれないけれど、私たちを捕まえることができない以上、それを知るのは難しい。それでも時間の勝負で強引にでも私を捕らえて情報を吐かせ、教団が計画を進める前にそれを止めることができればいいけれど、それまでに止められなければ、人々の負の感情が高まった状態で計画が進行する。ハイリスクハイリターンというわけね。だから、あなたはこの状況では動けない。お父様なら、そのリスクを冒してでも動くかもしれないけれど、あなたは何もかも安全にこなしたい人だからね。あなたは今は動けない。でしょ?」
レヴィの言うことに、メルティは返す言葉がなかった。さすがにずっと一緒に過ごしてきた姉妹だけに、レヴィはメルティのことをよくわかっている。
メルティは物事は安全に進め、ハイリスクな選択は取りたくない。
それで今までは回っていたのだが、こういう戦時の場合は、レグリウスのような豪快にリスクを顧みずに、その上結果をつかみ取ることができるくらいの方がいいのだ。むしろ、それくらいの方が称賛の嵐はあるというものだ。
しかし、メルティにはそれができないのだから、そこだけはレグリウスがメルティに勝っている部分と言える。
「と、いうわけで私はこれでかなり自由に動けるわけだけどね。実際のところ、私は教団の目的を果たすためならどうなってもいいくらいには思っているのよ。それで救えるものもあるのだから、私はそれでいいのよね。だから、やろうと思えば自分からそのことを公表するという自爆覚悟の手段がある。そして、その時に自害でもすれば世界は混乱。そしてあなたたちは情報を知ることができないまま、その日を迎える。といっても、もともとそうなるとは思うんだけど」
「そんなの、わからないでしょ」
「いえ、それがわかるのよ。メルティ、あなたはとても賢い子だけれど、今回に限っては私たちの方が上手よ。なにせ、今から対策をしようにも、もう手遅れなんですもの。神の子も人々の不安を消そうと躍起になっているけど、それでも足りない。たとえそれを成し遂げたとしても、最後の最後で私たちの方が上回る。その時、神の子は絶望してしまうのかしらね」
レヴィはそう言って笑みを浮かべる。
その笑みは、少しメルティは気味が悪いと思った。
「どうして、無駄というのかしら。あなたたちに起死回生の一手があるのはわかるけど、それすらどうにかできる可能性はないの?」
「そうね。そもそも、こんな状況に陥っている時点で、もう詰んでいるのと同じなのよ。挽回しているように見えて、それは実はうつろな挽回。虚構で幻で、どこまでも実体のない虚しいものなのよ」
「なら、何もせずに受け入れろと?」
「そこまでは言わないわよ。抵抗してくれて構わない。もしかしたら、抵抗することで何かしらの道が開けるのかも。教団側としては、もし止められるようなことがあれば、それはそれで構わないと思っているくらいだしね」
レヴィの言うことに、メルティは苛立ちを感じていた。
どうしても、何を聞いても躱されているようで、つかめている実感がないのだ。
「……じゃあ、教団は今回の計画に関してはどうでもいいと思っているのかしら?」
「どうでもいいとは思っていないわよ。でも、これは止められるのなら、まだ希望があるんじゃないか、ということね。それならまだ、その人たちに託してもいいかもしれない、ということよ。でも、こうして戦争が起き始めている以上、託せるとは思えないけど」
「託す託さないって、一体何を言いたいの?」
人に託す、などという言い方は、まるで神様のようだった。
しかし、それに対してレヴィは何も答えてくれずに、そっと笑みを浮かべるだけ。それだけ重要なことだから言えないのだろうが、先ほどまでの饒舌ぶりから一転しての沈黙は、メルティのペースを崩していた。
「まぁ、そこら辺のことは実際になってみればわかるから、体験してみてね」
「それが嫌だから、止めたいんだけど」
「止めた場合にも、体験できるかもしれないよ。ほら、託すって言ったし」
「あんたたちは本当に、何がしたいの?戦争を道具にして、もっと大きなことをしようとしているのはわかるけど、そのためだけに傷付く人もいるのよ」
今のところは、グレンとクレアのおかげであまり被害は出ていないが、それでも二人がいなければ大問題だった。レヴィの言う人々を助けたいという思いに、それは反しているように思う。
「そうね。でも、私たちの計画では魔王と勇者が戦争を物理的に止めることは予想していたことなのよ。むしろ、だからこそ計画通りと言える。私たちは別に無駄に犠牲を出すつもりはないから、あの二人の活躍には感謝しているところはある。それでもある程度の圧力は掛けておきたいから、無理矢理にでも戦争を進めようとする人はいるけれど、それでも最後の目的に達するまでは可能な限り死ぬ人は少ない方がいい。そちらの方が大きな効果が期待できるしね」
「大きな効果って、不安や恐怖の負の感情のこと?」
「それを含めての、計画の最終段階の話。もうそこに入り始めているんだけどね。だから、誰にも止められないのよ。早ければ、明日だから」
レヴィの最後の発言に、メルティは驚きを隠すことができなかった。