第183話 森の中で
森林へ軍が入ってくるのを確認すると、グレンの予想通り三つに分かれて行動した。
それは六魔将一人をリーダーとした形だ。
これが操る側の意志なのか、魔族の本能的な判断かはわからないが、それでも予想通りなのはグレンには好都合だった。
「さて、ひとまずカラルティから仕留めに行かないとな。あいつも少ししたら来るだろ」
グレンはカラルティの部隊の近くへと転移をした。
それでも百メートル上は距離をとっているので、カラルティの魔法の圏外だ。。
「まったく、敵に回すとここまで厄介だとは……。こういう状況だとよく実感するな。まぁ、それだけ優秀ということなんだろうけど……」
カラルティは基本的に弱点は少ない部類になる。
元々魔法を無効化することを主体とする戦いであるため、否応なく相手に接近する。そのために格闘術は人一倍に磨いている。いつものしどろもどろとした様子からは想像しづらいが。
なので、接近戦ではかなり不利。大して遠距離火力なら仕留められる可能性は上がるものの、集団戦となれば周囲の援護でその部分は対処可能となる。
ましてや、こんな森林で障害物ばかりの所で遠距離火力をしようにも、グレンとしては大規模な火力が打てない。
だから、遠距離でも援護がある状態のカラルティに勝つのは至難の業だ。
だが、それはあくまでその集団の中に六魔将がいる場合の話だ。
他の魔族では、残念ながらグレンと打ち合うには役不足というものだ。
それに、グレンは何も大規模火力を得意としているわけではなく、一通り何でもできるタイプだ。だから、わざわざ大規模な攻撃をせずとも構わない。
「ま、こんなところに入ってしまえば、こっちのものだな。この発想は魔族にはあまりないからな」
グレンは自身の魔力を凝縮させ、指先に集める。
そして、それをカラルティへと向けて、発射する。
それはただの高密度な魔力の塊。特に魔法ということではなく、魔力を集めたものに過ぎない。それでもカラルティなら無効化できることはグレンは知っている。
重要なのは、これが遮蔽物に隠れながら放たれたということ。
特に大きな予備動作も必要とせず、姿を見られず気配を悟られないまま放てる。
それがカラルティに対してどれだけの有利性を持つか。それは明らかだ。
魔力弾は真っ直ぐにカラルティへと向かって行き、誰にも悟られることなく、カラルティの頭に直撃。
それによって発生した振動に頭を揺さぶられ、カラルティは呆気なく倒れた。
「よし、第一関門突破」
頭を揺らしただけで殺してはいない。
ただ手ごたえはしっかりとあったため、そう簡単には起きられないはずだ。
「あとは、こいつらは片づければいいだけか」
カラルティがいなくなっても大して変化はなく進み続ける魔族たち。
いくら軍に所属する魔族であったとしても、グレンからしてみれば大した障害ではない。
「さてと、ちゃっちゃと止めますか。さっきと同じようにやればそれで済むか。小芸でも与えればそれでいだろうし。大地よー」
魔族の足元に地面が急に陥没し、彼らは一斉にその穴に落ちる。そして、落ちてきたところを、穴の底から土の鉄槌で衝撃を与える。
これであちらこちらに吹き飛ぶが、十分だろう。
一応探査魔法で確認すると、全員が動きを止めていた。
威力は加減したため、死んではいないはずだ。もっとも、普通の人間族なら死んでいてもおかしくないほどの威力なのだが。耐えられたのは魔族の尋常ならざるその耐久力のおかげと言える。
「じゃあ、次はエンバーかな。あいつ、色々と面倒そうだな。火とか使わないでくれるとありがたいんだが……こういう時はカラルティの能力の便利さがわかるな。やっぱり、味方にいてほしいな」
すぐに今それを考えても仕方ないと思うと、グレンは今度はエンバーの元へと転移する。
カラルティの時は特別だったが、エンバーの場合は別にそんなこそこそとする必要がない。
六魔将三人を同時に相手にするのが大変なだけであって、エンバーなら別に問題はなかった。
だから、わざわざエンバーの正面に転移した。
「大地よー」
そして、転移直後の急襲。
方法は先ほどカラルティの舞台にしたのと同じこと。落とし穴で落とし、その後殴りつける。
これで兵士たちは全員がノックアウトにはなる。
ただ。
「そう簡単にいかないのか。やっぱ、六魔将は面倒くさい」
エンバーだけは兵士たちとは違って尋常ならざる反応を見せ、最初の落とし穴を上空にジャンプすることで躱して見せ、その後吹き飛んできた兵士たちを足場にすることで落とし穴から逃れた。
今は穴の縁に立ってグレンと向かい合っている。
「もう一度同じことをしても、同じように躱されるだろうな。なら、別の手だな。それに、これもいい機会か」
グレンはここ最近土属性の魔法を使うことが多かったため、他の属性に関してはあまり練習はしていなかった。だからこそ、六魔将ならば練習相手としては十分だ。
もっとも、火属性を試すことはできないが、それは別に構わないだろう。
本当に使っていないものを中心にして、同時にグレンの知らない六魔将の実力の底を測ろうと思った。
「というわけで、だ。水よー」
すると、どこからともなく現れた水はグレンの周囲を漂い始めた。
「さて、対処はどうするかな」
グレンは水をコントロールすると、鞭のようにしならせてエンバーへと攻撃する。しかし、その鞭はただの水の鞭ではなく、切断力は通常の剣をはるかに上回る。
エンバーはそれを迎え撃つことはなく回避を選ぶ。
すると水の鞭は地面に鋭い斬撃を残した。
「なるほど、あまり感覚は鈍っていないかな。まぁ、魔力操作の感覚は覚えているから、そのおかげかな」
グレンは次々と鞭を振るい、それはエンバーを中心に縦横無尽に振るわれる。
エンバーはそれらを躱していくものの、少しずつ攻撃が掠り始めていた。
「六魔将なら、そう簡単にいってほしくないんだがな」
グレンはこれまでよりもはるかに密度の高い攻撃を仕掛けると、今度こそエンバーが躱しきれなくなってきた。
そして、本当に直撃すると思われたその瞬間。
「!?」
エンバーが手元で爆発を起こし、空中で方向転換したのだ。
攻撃を器用に躱したエンバーはその後も、手元の爆発をうまく使ってグレンの攻撃を躱し続けた。
「なるほど、火というよりは爆発系か。本人もそこまで馬鹿じゃないのかな。本来の状態で戦ったらどうなるかは面白そうだが……まぁ、いいか。次だ。影よー」
グレンは水を解除し、次の魔法に移る。
すると、グレンの足元の影が大きく広がる。
エンバーはそれを避けるように大きく後ろに下がった。
「ま、普通はそういう対応だよな。それが正解なんだが」
今伸ばした影は普通の影ではなく、そこに入ってしまえば飲み込まれてしまうというもの。躱さなくてはいけないものだ。
「このくらいはどうでもないだろうから、次、行こうか」
今度はグレンは広げた陰から、何体もの鎧を着た騎士を出した。
その姿は全身真っ黒で、まさしく影の騎士だった。
それが全部で十体。
「これにはどう対処する?」
グレンはそれぞれの騎士に指示を出して、エンバーと戦わせる。
その速度はグレンやクレアには遠く及ぶべくもないが、数を使えるというのは戦場によってはアドバンテージだ。
グレンがここで操作できる数には限りがあるものの、魔力を使えば自動で決まった行動をする騎士なら一万くらいは出せる。
もっとも、それは以前の魔王だったときの話で、今はどうなっているのかはわからないが。
「まぁ、数に関しては追々調べるとして、今はこっちの性能確認だな」
グレンは騎士の操作に意識を集中させた。