第180話 二人で共に
やはり大勢の人を連れる軍と、個人で行動するクレアとアスティリアでは速度が違い、何とかラスカンとの間に割り込むことができた。
そして、クレアがその様子を見た瞬間、以前のアスティリアたちのことを思い出した。
「ねぇ、この人たちおかしくない?」
その違和感は彼女も感じたようで、クレアに同意を求めてきた。
「そうね。前のあなたたちもこんなだったんだけど」
「そう。それはあまり気分が良くないわね」
二人の見るその先で、軍の人々の目はうつろ。正確な動作をする、まるで人形のようだった。
「これは、話を聞いてくれる感じではないわね。どう考えても、無理矢理止めなくてはならないタイプの相手」
「そうだね。たぶん強さとしては私たちと比べれば大したことない。以前アスティリアたちと戦った時はかなり苦戦したけど、今なら大丈夫な気がする」
「本当にごめんね。記憶にないのが申し訳ないわ」
「それはもういいよ。今は目の前のこと」
こうしている間にも、着々と距離を詰めてきている兵士たち。クレアたちのも気づいて臨戦態勢になっているようだ。
「さて、これは死なせるわけにはいかないのが面倒なところね。個別でやりましょう」
「そうね。この数相手に立った二人で陣形組んでも大して意味ないしね」
クレアは魔法で自身とアスティリアに補助魔法をかけた。
速度上昇、腕力上昇、思考速度上昇、さらに自動回復。
同時に四つの補助を行う。それは王国でもラインヴォルトしかできない技だ。
「あなた、成長したのね」
「まぁ、これでもいろいろと学ぶことがあったからね。それに、皆と再会できたからか、何だか調子が良い」
「そう。ありがとう」
二人はお互いを見合って一つ頷く。
そして、一気に目の前の軍にそれぞれ飛び込んでいった。
♢♢♢
周りの兵士たちを吹き飛ばしながら突っ込むと、クレアの方からはすぐにアスティリアの姿は見えなくなってしまった。
ただ、何人もの人たちが宙に飛ばされていくのがわかるから、そこにいるのは確実だ。
今は向こうの心配よりも、自分のことに集中するべきだ。
「じゃあ、無茶でもやってみせようかな」
クレアは剣を魔力で包み込むことで、切れ味を落とした。
魔力で覆うのは補助魔法でもなんでもなく、新たに魔力で刃を覆うことで切れ味のまったくない刃としたのだ。つまり、今はクレアの剣は単なる打撃武器だ。これなら相手を殺さずに無力化するのがやりやすくなった。
「はあぁぁ!!」
周囲から押し寄せてくる桁違いの数を相手に、クレアは奮戦する。間の距離がなくなって数で抑え込まれることになればクレアの負け。
そうならないように何度も魔力を周囲に放出して周囲の敵を吹き飛ばす。
距離を詰められるたびに使うので、大体五秒に一回は使う。それだけで何十人と吹き飛ばせるわけだが、その分魔力を多く使う。
補助魔法も並行しているため、時間との勝負だ。
「覚悟はしていたけど、やっぱ数が多い!これじゃ、キリがない!」
そう言いながらも、何かしらの打開策があるわけでもない。殺すわけにはいかない以上、こればかりは地道に対処するしかない。
クレアは我ながら頭の悪いことをしているなと思った。
クレアは確かに魔法は使えるものの、自身やアスティリアにかけているような補助系に魔法が得意で、何か広範囲に攻撃をするような魔法使いらしい魔法はあまり得意ではない。
今ここにグレンでもいれば、グレンの得意な<ナイトメア>で一瞬だった。
そう考えると、<ナイトメア>とは何とも悪質な魔法である。
しかし、今それを考えても仕方がない。ただ目の前の相手を無力化するだけ。
「まだまだぁー!」
クレアは戦場で、人を殺さぬ剣を振るう。
戦争を起こさないために戦う。
♢♢♢
一方のアスティリアといえば、だ。
クレアのような魔力の放出ができないため、全て体術や武術でどうにかするしかないわけなのだが、彼女の周囲には常に一定以上の空間が開いていた。
クレアのように魔力では先を覆うことはできないアスティリアは、布を厚く巻くことで打撃武器としていた。
彼女はそれを振り回すことで周囲から押し寄せる相手を吹き飛ばし続けていた。そんなむちゃくちゃは、クレアから補助魔法を受けているのもあるが、元々のアスティリアの身体能力の高さもあった。
三百年前には勇者に次ぐ実力とさえ言われたアスティリアだ。今ではその実力をさらに伸ばし、当時とは比べるべくもないほどに強くなっている。それは同じ勇者であるクレアとともに戦うことができるほどには、
今のクレアは先代の勇者と比べればまだ発展途上と言える。まだまだこんなものではなく、もっとすさまじい力を持っている。
だから、クレアが本来の力を発揮するようになってしまえば、もしかしたら自分をいらなくなってしまうのではないか、という不安もないわけではない。
それでも、アスティリアは今はこうして共に戦えていることを幸せに感じていた。あの時はできなかったことが、今できているのだと思うと、不思議と体の底から力が湧いてきた。
ブオッ!
槍を振るうたびに起こる風は、まるでアスティリアを中心に起こる竜巻のよう。
荒れ狂う風に阻まれ次々とやられていく兵士たち。
魔法使いが起こしてもおかしくないほどの風を、槍と自身の身体能力でもって起こしている。
兵士たちはそれでもアスティリアに向かってくる。何度仲間が風に飛ばされようとも、恐れることなく襲い掛かってくる。
それは操られている人形だからこそ可能なことだ。
「まったく、キリがない。けど、クレアのために!頑張らないと!」
気迫のこもった一撃で、またしても吹き飛ばされていく。
これが本物の戦場で、相手も正気のある敵だった場合。
アスティリアの周囲には赤い風が吹き荒れ、兵士たちは恐れをなしていたに違いない。いかに数の優位があるとはいえ、劣勢をものともしないその光景には恐怖するしかない。
明らかに人間の域を越えた実力に、大軍がこぞって逃げ出すだろう。
だが、今回はそれがない。
厄介極まりないことだが、それでもやり遂げなければならない、とアスティリアは心に決める。
これはクレアの望みで、クレアがなすべきこととしていることなのだから、それに協力するのは当然のことだ。
クレアに国家反逆罪という罪を負わせてしまったことに対する、ささやかな償いだ。
「だから、邪魔しないでもらいたいのよ!」
またしても兵士が吹き飛ばされ、また新たに兵士が攻めてくる。
兵士たちが逃げることがないから厄介とはいえ、その行動があまりにも決まり切っていて、ただ敵に向かうだけなことがせめてもの救いだ。これでからめ手など使ってくるのなら、よほど絶望的だ。おそらく、殺さずに無力化することは不可能に近かっただろう。
だからこそ、そこに微かな救いがあると信じて、今はただなすべきことを成すだけだ。
クレアが世界のためという、壮大な目的を成すべきこととしているのに対して、アスティリアはただ傲慢に自分のため、クレアのため。そうして個人のためを優先している。
だが、それでもいい。
こうして共に戦うことで、クレアと目的を共有している気がしている。共有して、それを応援しようと思う。応援したいから、自分も頑張れる。
達成できるかわからない無茶苦茶な目的でも、それを信じ、支えることこそ、なすべきことだとアスティリアは思うのだ。
「あの子の邪魔は、絶対にさせない!」
それだけが、今のアスティリアを動かすただ一つのことだった。