第176話 再会と事情
クレアが向かうのは、エクリア王国を出て少しの場所。
リベルと再会し、他の仲間たちとあった場所。
そこに人間族の軍勢がいるということで、クレアは急いでいた。もたらされた情報から、彼らはもうラスカンに攻め入る気だということがわかる。
もう少しでも進軍してしまえば、獣人族との戦争が起きてしまうかもしれない。
(魔族の方はグレンが何とかするって言ってたけど、それはどうなんだろう?リベルは大して心配してなかったみたいだけど……いやいやいや。人の心配をしてる場合じゃない。私は私のやることをしっかりとやるんだ)
リベルたちと別れてもう数時間が経過していた。
こういう時クレアの転移は自分を転移させられないために、グレンのように一瞬でというわけにはいかない。
自分の力で何とかしたかったこともあり、ここまで走っているのだが、ようやく目的の集団が見えてきた。
「やっぱり、先頭はシュトリーゼかな。となると、再会もすぐ。向こうもこちら側に気付いたみたいだし」
遮蔽物が一切ない草原。クレアが気付いたのだから、監視係も当然気付いていることだろう。
このまま猛スピードで向かって行くとさすがに相手側に敵として認識されるかもしれないので、クレアは速度を落としてその集団へと向かった。
「あなたは……」
集団の先頭にいた兵士たちは当然、クレアの顔を知っていた。今は変装もしていないので、その赤い髪と赤い瞳を見間違えることはない。
「一体、どうしてこんなところに……。あなたは今、国家反逆罪で指名手配中だというのに……」
「そういうことになってるんだ。予想した通りだけど。まあ、そのことはひとまず置いておいて、話があるからここまで来たのよ。それくらいならいいでしょ?」
「で、ですが……」
「別に何かしようとしてるわけじゃないのよ。ただ話を聞きに来ただけ。どうせ、私程度の力なら、この軍勢を相手にすることなんてできないんだから」
「それは、確かにそうですが……」
クレアの場合、軍勢を相手にできないと言っても、それでもそれ相応のダメージが入る。それは戦争を前にして避けたい兵士たちは困っていた。
そこに、走り寄ってくる足音が聞こえた。
「クレア!」
振り向くと、そこには青い髪を揺らし、やつれた表情で向かってくるアスティリアの姿が見えた。
「アリスティア、いると思っー」
最後まで言い終わる前に、アスティリアはクレアを抱きしめ、クレアは言葉を失った。
「もう、今までどこに行ってたのよ。気付いたらいなくなってるし、指名手配されるし。心配したんだから、バカァ~」
涙で顔がぐちょぐちょになるのもお構いなしに、アスティリアは泣き続けた。クレアの服にも涙がにじむが、クレアとしてもそれを気にすることはなかった。ただ会えたことは、アスティリアと同じく嬉しいと感じた。
「久しぶりだな、クレア」
クレアはアスティリアに抱き着かれたままでその後ろを見ると、シリウスとメフィスト、ラインヴォルトがいた。
久しぶりに見るその顔は、少しやつれているようにも見えた。
シリウスは泣きついているアスティリアを見て苦笑すると、クレアに向けて真剣な表情をする。
「少し、話をしよう。奥のテントに来い」
「わかりました」
クレアのこの先のことを思うと緊張するが、それでもしっかりと返答した。
♢♢♢
シリウスの言う奥のテントまで着くと、中には四部隊の隊長とクレアだけとなった。
シリウスが言うには、シュトリーゼ王国用の作戦会議室、みたいなものらしい。全体の会議室は別であるとか。
最初に口を開いたのはラインヴォルトだった。
「いや~、しかしお前が国家反逆罪になった時は、俺たちもビビったもんだからな。昨日まではちゃんと話してたのに、次の日にはいつのまにかそうなってるんだもんな」
「あれ、やっぱり覚えていないんだ」
「は?」
「いや、私が王宮を抜け出した夜のこと、もしかして、全員覚えていないの?」
クレアが見渡すと、四人ともコクリと頷いた。
そのことは予想通りだったのだが、それが実際にわかると、クレアとしては悲しく思うところがあった。
「私、王宮を抜け出そうとしたら、あなたたち四人に襲われたんだけど……本当に覚えていないの?」
「はぁ?俺らが?」
「まさか、私たちがそんなことを……」
「クレア、それは本当なのか?」
全員が驚いた反応をしていた。
そのことから、確信できることはあった。
「やっぱり覚えていないんだね」
「ねぇ、クレア、あなたを襲った私たちが偽物という可能性はないのかしら?」
アスティリアが心配そうに尋ねる。
それはそうだろう。愛している我が子のような存在に手を上げたとなれば、それは彼女にとっては一大事だ。
だから、偽物という逃げ道が欲しかった。
しかし、クレアは首を横に振る。
「いいえ、それはないと思う。あの時の四人のスペックは、正直なところ私の想定していたあなたたち四人の力量よりも上だった。さすがに偽物であそこまでは無理だと思う」
「そう、なの……」
「だが、そうなると我々が何者かに操られてたと言うことになるのだが、我ら四人全員を操ることができるような魔法使いなど、そうそういない。少なくとも私は知らん。ラインヴォルトはどう思う?」
「そうだな。にわかには信じがたいが、疑うわけでもねぇ。実はクレアがいなくなっているのに気付いた朝、俺、体に妙な違和感があったんだ。自分の体に得体の知れない何かがあって、気持ち悪かったのを覚えてる。もしかすると、それが操られたということなのかもな。ゾッとすることだが」
「そうか……」
「……私としては、あなたたち四人を操った人に心当たりがあるわよ」
「ほ、本当なの、クレア!?」
「えぇ、本当。ついでに言えば、私が王宮を抜け出そうと思ったのもその人が理由だし」
クレアはそうして、あの日の夜に見聞きしたことをすべて話した。
国王であるハルイドが何者かと会話していて、その内容が物騒だったこと。アグニのことも含めて怪しかったこと。神の子という存在のこと。だから抜け出して、そこで四人に襲われ、何とか逃げたこと。そしてそれがハルイドの仕業かもしれないということ。
「まさか、国王がそんなことをするなんてな。クレア、お前はその神の子というのが何なのか知っているのか?」
「えぇ、知っているわ。というか、つい数時間くらい前まで一緒にいた。私は王宮を抜け出してから、彼の所に向かったのよ」
「彼、って言うのは、男ってことだよな?神のことって一体何者なんだ?」
全員の視線がクレアの集まる。
「メフィストは知らないけれど、あとの三人はもう彼に会っているわよ。私もその時はまだ彼がそんな存在だとは知らなかったんだけど、まぁ、何か特別な存在であることはわかっていたわね。実際、私を助けてくれたわけだし」
「助けた?それって最近のことなの?」
「最近と言えば最近ね。大きな出来事があったと思うけど……さっきの話にも出た、アグニ討伐、とか」
アグニ討伐と聞き、三人はすぐにその彼というのが誰か思い至った。
「あの時、現場に放り込まれた少年か。あの少年が、その神の子だと?一体、神の子とは何だ?それに、助けられたというのは?」
「神の子が一体何なのかは知らないわよ。彼、リベル自身もわかっていないみたいだったし。でも、特別な力は持っているようよ」
「特別な力、だと?それは一体どういうものなんだよ?」
「さぁ、私も詳しくは知らないわよ。彼自身もそこまでわかっていないみたいだし。まぁ、そんなことは今はどうでもいいのよ。私が話したいことはそんなことじゃない」
「クレア?」
戦い以外では今まで見たことがないほどに真剣な表情を見せるクレアにアスティリアは少し不安になった。
「どうして、こんな風に人間族が進軍しているのか。私はそれが知りたい」
クレアは本題に入った。