第174話 魔族軍の目的
「今回の作戦における目的は、たとえ魔王様であったとしても、止めることはできないかと存じます」
「ほう?俺では止められないとなると、このまま力づくということになるが、いいか?」
グレンは脅しのために魔力を少しばかり放出する。
すると、六魔将以外の兵士たちは軒並み体が震え、まともにその場にいることすらできなくなる。六魔将の三人も、このプレッシャーの中では、満足に動くことができない。
「それで、この俺と真っ向からやるのか?いくらお前たちでも、それは厳しいだろ?」
「確かにその通りでございます。ですが、それでも止められるわけにはいかないのです」
「そこまで言うのか……イレイヌ、カラルティ」
名前を呼ばれた二人は顔をゆっくりと上げる。
「お前たちも同じ考えか?このまま下がるということはないのか?」
「は、ははは、はい。ま、魔王様には、も、申し訳、ありませんが、そそ、それでも無理なので、ございます」
しどろもどろになりながらも言うカラルティに、それに同調するように無言でうなずくイレイヌ。
(この二人までこう言うとはな。それほどということか)
エンバーはともかく、カラルティとイレイヌはグレンが魔王だったときから知っている優秀な人材だ。グレンがいた頃はまだ六魔将ではなかったが、いつかその地位に上るだろうことはグレンは予想していた。
つまるところ、グレンはこの二人を信用しているのだが、それでもグレンに反対するのなら、それなりの理由があるのだろう。
「お前たちは一体、何をしようとしている?」
「それは、一つはもうすでに達成しております」
エンバーが答えることに、グレンは首を傾げる。
「一つはって、それは何だ?」
「人間族の国で確認されました魔王様の魔力を辿り、魔王様を見つけることです」
「あ、それで達成か。でも、その目的はあくまでついでみたいなものじゃないのか?」
「そ、そんな。魔王様をついでなど」
「そんなに慌てなくてもいい。考えればわかることだ」
慌てるエンバーを手で制して、グレンは考えを言う。
「こういう捜索にここまでの数を投入するとは思えない。こんなことをするんだったら、もっと早くしているはずだ。このタイミングでは遅い。おそらく、魔王探しはついでで、実際はヤルコフ辺りが探してるのか?」
「魔王様が、あのような雑魚のことを」
「まぁ、あいつは単体では弱いな。それは確かだ。魔族にしては身体能力は圧倒的に劣るからな。人間族と一対一で戦ったところで、勝てる可能性は高くないだろうな」
「はい。ですからあのようなものは六魔将にはふさわしくはないのです」
エンバーの言葉に、グレンは驚いた。
「へぇ、あいつ六魔将になってたのか。地位は上がると思ってたが、六魔将まで行くとはな。なかなかに頑張ったのか。まぁ、あいつの実力という所か」
「魔王様はあのような雑魚を買っているのですか!」
「そりゃ、あいつは強くないけど、でも別に弱いわけじゃないからな。お前はヤルコフが戦う所を見たことはあるか?」
「いえ、ありません。あの者はずっと偵察や潜入ばかりで、戦うなど全く……」
「それがあいつのスタイルだからな。ただ、だからこそ強いということもある」
「魔王様は一体何を知っているのですか?」
「これ以上の説明は面倒くさい。そこら辺のことは、イレイヌかカラルティにでも聞け。こいつらなら知ってるはずだ。それよりも、だ」
グレンはずれて言っていた話の流れを元に戻す。
「それで、魔王の捜索はお前らの本来の目的ではなかったはずだ。では、お前たちの本来の目的は何だったんだ?俺としてはそれが聞きたい。それくらい魔王なら聞く権利はあるだろう?」
「魔王様は、それを聞いたら止めますか?」
「俺が聞いたら止めるようなことなのか、それは?」
グレンの眼光がエンバーの目を射抜くと、エンバーは体の内側から恐怖がこみ上げてくるのがわかった。
これほどのものは、今までエンバーは味わったことがなかった。
「ま、魔王様は、魔族に付いているのですか?それとも、それ以外の種族にでも?」
「いや、まったく。どの種族にも付いていない。あえて言うのなら、個人に付いてる」
「個人ですか?そのものは一体何者ですか!?」
魔王が個人に肩入れをするなどと言うことは、エンバーのみならず、他の魔族にとっても驚きのことだった。
それは魔王という魔族最強とすら言われる存在を、国が、でも種族が、でもなく、たったの一人が手にするということなのだ。
「お前ら、そいつのことを知ったらどうするつもりだ?さすがにそいつに手を出されると、こっちとしても優しい対応はできないぞ。あいつは、俺の弟みたいなものだからな」
「弟、ですか……」
「弟と言っても、血が繋がってるわけじゃない。純粋な人間族だ。だが、俺はそいつが生まれた時から知っていて、一緒の時間を過ごしてきた。今俺が動いているのは、そいつのためというのと、ついでに昔の仲間にあいさつでもしておこうかな、と」
「魔王様は、戻ってくる気はないのですか?」
グレンはこれまでに何度も自分が戻るのかどうかということを考えてきた。
魔王としていた以上、戻るのが筋というものだということはわかっている。
しかし、それでもグレンにとっては、もう魔族は優先すべきことではなくなっている。だから、グレンの答えはいつも決まっていた。
「戻る気はさらさらないな。俺は俺のやりたいように生きていく。その一つが、弟のためにこうやってお前たちを止めるということなんだ」
「……その弟は、一体何者ですか!魔族最強と言われたあなたを、どうやってそこまで従わせられるのですか!」
「別に従ってるわけじゃねぇよ。言っただろうが、弟だって。弟のために何かするのは、何か変なことか?」
「そんなことではありません。あなたにはそれだけの力があります。では、その人間族にはあなたを上回る力はあるのですか!」
「いや、ないな」
グレンは考えるまでもなく即答した。
グレンはこれでも最強だと言われていたのだから、それなりに力には敏感だが、それでもリベルは全く強くない。おそらく、ここにいる兵士たち戦えば、たとえ相手が一人でも負けるかもしれない。
それは圧倒的な戦闘経験の無さからくるものだ。
「あいつは弱いぞ。この上なく。よくここまで生き延びたな、と思うくらい。俺を含めて、仲間に恵まれているってことだな。あぁ、でも、魔力感知の感覚では、俺なんかよりは上だな。逆に言えば、それしかすごいのはないんだが」
「なら、どうして……」
「言っただろうが。あいつは弟だと。そして弟のために行動すると決めた以上、俺はそれをたがえない。約束もあるからな。だから、戻る気は全くない」
「そう、ですか……」
エンバーやほかの魔族たちが、はっきりと否定したグレンの言葉に項垂れていると、グレンは声をかける。
「それで、結局のところ、お前たちの目的は何なんだ?それを聞いてないんだが」
「……おそらく、魔王様は止めると思われます。その弟という人を守るのがあなたの使命だというのなら、おそらくは止めることになると思います」
「どういうことだ?」
「戦争をしようとしているのですから、その目的など、我らにとっては一つしかないではありませんか。イスリーノにいたことのある魔王様なら、それくらいはご存じのはずでしょう?」
「おい、まさか……」
「そのまさかでございます」
エンバーは深く頭を垂れたまま、グレンに告げる。
「我々の目的は、他種族の領土を奪うことです。我らイスリーノの地よりも恵まれた血を手に入れるために、我らは進軍してるのです」
それは戦争するには、至極当然のような理由だった。
グレンはイスリーノの厳しさを知っている。だからこそ、魔族はそれだけ強いのだが、人は生きていくうえで厳しすぎる環境ではいつかまいってしまう。
しかも、魔族は寿命が長い。何百年もあの土地に住み続けるのが辛いものもいるのだろう。グレンはずっと外に出ていたために、そのことを忘れてしまっていたのだ。