第172話 魔王の正体
アンナはリベルの言葉に目を丸くしていた。驚きのあまり、声も出ない様子だった。
「まぁ、そういうのはグレンは隠してきたからね。知らないのも無理はないし、知っているのは本当にごく一部の人たちだけなんだよ」
『ちなみに、私は以前から知っていましたよ。これでも生前は国王でしたから』
「へ、へぇ~、そうなんですか……」
二人の言っていることに、アンナはまだ頭の中がはっきりとしておらず、あいまいな答え方しかできない。
ただ、何だかとんでもないことだというのは十分に理解できている。
普通の人にとっての魔王の認識とは、そのまま魔族を統べる王という意味以外にも、最強の魔族だとか、他種族を滅ぼしかねない災厄の化身とか、世界全てを掌握しようと今は準備している策略家だとか、それはもうどうしようもないほどに言われ放題なのだ。
当の本人もそう言われていることは当然知っているものの、否定すれば自分が魔王であると言っているようなものだ。そう簡単に信じるとも思えないが、それでも人間族の一般人に扮している以上、そういう面倒ごとは避けたいグレンなのだ。
そのため、そういう噂に対する愚痴は、リベルが以前からずっと聞いて来ていて、その度に面白くて笑ってしまうくらいだった。
その噂に困っているグレンが目の前にいればなおさらだった。
「まぁ、それでもグレンは世間で噂になっているような憶測だらけの人物像とはかけ離れているよ。とはいえ、魔族を統べる王だとか、魔族最強だとかはある意味合ってる。本人は否定するだろうけど」
「……どうしてですか?」
「グレンが言うには、魔族というのは成長の幅が全然わからないそうだ。グレンが魔族の元から離れた時は確かにグレンが魔族最強だったみたいだけど、今は実際にところ本当にグレンが最強なのか、グレン自身にもわからないみたいなんだよね」
「それは謙遜でもなくて?」
グレンの強さなら、謙遜ということも十分にあると思ったアンナだったが、リベルはそれに対して首を横に振る。
「さぁ、どうだろうね。正直なところ、グレンくらいのレベルの強さなんて、僕みたいな素人にわかるもんでもないし、比較なんてわからないし、そもそも僕はグレン以外の魔族と会ったことはないんだよ。どうやら、魔王の直属の部下に六魔将っていう六人の魔族がいて、その中の誰かならグレンを越えるかも、って言ってたけど……僕としては、グレンが負けるところはあまり想像できないな」
『私も同感です。リベルの言うグレンは完全に私の知らないときですけど、それよりもはるか昔の時は、そりゃもうかなり暴力的だったんですよね。話で聞いた程度ですけど』
「あれ?そうなんだ」
『そりゃそうですよ。私の生きていた頃って、まだシュトリーゼ王国ができたばかりの頃ですよ。誰がそんなできて間もない発展途上国を狙うんですか。もっとご蟹狙う場所はありましたから、私は直接の面識はないです』
「なるほど」
グレンは人間族ではなく魔族。だからこそ長寿で、リベルの兄のような立場にあるものの、その実年齢は本人ですら把握していないらしい。数えるのが面倒だったとか。
そのため、グレンはオーリン村の村長とは面識があった。グレンの長い長い人生の中では比較的最近の時期になるのだが、それでも一度会っていたのだ。
村長は当然、グレンが魔王だということも知っている。
それと同時に、グレンがそれを隠したがっていることも知っていたために、誰にも話さなかったのだ。
そして、リベルたちも同じように話さず、結局今の今まで知らなかったのはクレアとアンナだ。
英知の神託教団の人たちは知っていて当然のような気はするが。
「それじゃ、グレンさんの言っていた封印っていうのは、本来の力を封じるためのもので、それは魔王本来の力ってことですか?」
「そうだね。その封印の解除というのは、他のどんな人の封印解除よりも大きな意味がある。どんなに力が強かろうとも、その解放された力が魔王と同等以上だという自信のある人はいないだろうね。その力にこの先届きうるのが、常に進化し続け、強くなり続けているクレアなんだけど、それでも数年やそこらでは実力は埋まらないくらいには差があるよ」
『私にはその強くなる度合いが良くわからないけど、それでも魔王にそう簡単に勝てるとも思えないわね』
「そう、ですね。それならある程度は安心かもですね」
アンナがホッとしたところだったが、リベルとしては全くホッとはしていない。
「まぁ、確かに僕はグレンがやられるとは思ってないけど、それでも簡単なことではないとは思ってるよ」
「え、どうしてですか?一応、魔族の中では最強なんですよね?」
「それはあくまで以前の話だ。今はどうかはわからない。しかも、相手のその六魔将とやらがどれだけ出ているのかもわからない」
「ですが、それでも」
「グレンは、その六魔将の誰かがグレンを越えているかもしれないと言っていた。ただ、この場合は越えているかは問題じゃない。グレンが認めるほどの、グレンに迫るほどの実力の持ち主がいるということなんだ。そうなると、グレンでも勝ち目があるとは思えない」
「え、でもやられないって……」
「……そうだね。そこは心配してない。単純な力比べならどうかはわからないけど、生憎と目的が相手の殲滅じゃないんだ。グレンなら何とかなる」
リベルは自信を感じさせる口調で、そう言った。
『リベルがそう言うのならそうなんでしょうね。どちらにしても、私たちは信じるしかできないけど。それよりも、今は戦力がどうこうよりも、目的の方が重要です』
「確かに、それはそうですね」
「でも、実際のところどうするかというのが問題だ。わからないことが多すぎるから、それに対処している暇はない。大まかの目的もまったくわからない。教団が一体、この戦争を通して何をしようとしているのか……あっ」
そこで、リベルは思い出して言葉が出る。
「今の、『あっ』というのは何ですか、リベルさん」
『まさか、心当たりでも?』
「あ、えっと、そう言えば言ってなかったなって。後回しにしようと思ってたんだけど、今でいいか」
リベルはそう観念して、さっきまでレヴィに会っていて、そのレヴィが教団の一員で、この戦争を誘導したうちの一人で、その彼女から得た情報を話した。
すると。
「リベルさんは、一体どんな危険なことをしたのかと思っていれば、そこまでとは……。連れ去られるのなら、まだ許されます。いえ、完全に許すつもりはないですが、もしそうだった場合は少しくらいは情状酌量の余地があります。ですが、あろうことかその人について行って、話をしたと。しかも一人で、自主的に。何考えてるんですか」
『大体、それなら普通に私たちも連れて行けばいいじゃない。逆に心配するでしょ。あからさまの怪しいとは思ったけど、まさかそんなことをしていたなんてね』
「予想はしてたけど、言葉が少しきつくない?」
「これくらいでいいです」
『そうです。これくらいでちょうどいいんです。少しは反省して、危ないことは避けてください』
「何だか随分とかほどな気がするけど……まぁ、ひとまず了解」
リベルには反論のしようがなく、もうそのまま注意を受け入れるしかなかった。
『それにしても、不安や恐怖をトリガー、ですか。要領はグレンのと同じみたいですが、それで一体何をするのかがわからないんですね』
「そう。そこが問題。ただ、教団が必要としているものが、不安や恐怖だということはわかった。それだけでも結構なことだと思う。つまるところ、その不安とかをなくしてしまえば、ある程度は妨害できるということだからね。教団側が何かしらの対応策を考えているだろうから、そう簡単にはいかないだろうけど、それでも方針はそこに向くと思う」
「そうですね」
『私も同感です』
「わかった。なら、重要なのはどうやってそれをやるか、か」
本当に、大事なのはそこで、問題なのもそこだった。