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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第16話 一人だけ

 アグニの死体から突然火が噴き出したことで、クレアたちは驚きに包まれる。

 まだ、何かが起こるのか。

 そう危惧していた。

 もしかしたら、竜というのは死んだらその身は炎に焼かれてしまい、これはただそれだけではないのか、とも考えられたが、そんな都合の良い考えはできなかった。

 結局、先代の勇者はアグニの自爆に巻き込まれてしまったのだから。


「っ!!」


 いち早く気付いたクレアは、赤熱するアグニの死体のそばにいるリベルを、首根っこを摑まえて自分たちの所に連れてくる。

 そして、クレアは回復した魔力を最大限に使って、炎の中を進んでいた時よりも強固な壁を作った。

 それが一歩でも遅かったら、全員黒焦げだった。


 ドガァァァアアアアアアァ!!!!!


 アグニの口の中で炎が爆発した時よりも激しい爆発が起こり、辺り一帯を爆炎が吹き飛ばしていく。


「くぅぅ……!」


 クレアが必死な表所で結界を維持して、皆を守る。

 ラインヴォルトも手伝いたかったが、もう魔力が空で見ていることしかできなかった。

 他の三人も、ただクレアが守ってくれている姿を見るだけだ。

 爆炎はヒューレ火山の頂上全体に広がり、さらにその外にまで噴き出していった。

 その爆心地の近くのクレアの壁も、アグニのブレスとは比べ物にならない威力の炎に、少しずつ堪えられなくなってきていた。

 まずピシッ、という音が聞こえ、その音は徐々にはっきりと、そして連続して聞こえるようになり、目の前の壁にひびが入っていく。

 その先は、誰でも想像できてしまった。


「ごめん……」


 悔しそうな表情をするクレアの手元で、ヒビが広がっていった壁は、全てが崩壊した。

 そして全員が、噴き出す炎へと飲まれた。

 クレアは耐えることができなかった自分を恥じた。あの状況では自分しか動けなかったのに、守り切ることができなかった。

勇者なのに。

 クレアはそう思っているが、実際にはそれを責める者など誰一人としているはずがなかった。

 クレアがいなければ、炎が直接全員の体を打っていただろうし、即死は免れなかった。

 クレアがいなければ、防御姿勢を取る暇すらなかった。

 生き残るためにした最善の方法を責めるような人は、ここにはいなかった。

 だからこそかもしれない。

 あの爆発を受けてもなお、爆炎が止んだ後、五人とも意識を保っていた。

 クレアがだいぶ爆発を防いでくれていたおかげで、くらった威力は意識を刈り取るほどのものでもなかった。


「おい、大丈夫か?」


 シリウスがゆっくりと体を起こして呼び掛ける。


「大丈夫よぉ」

「俺も問題ないぜ」

「私も」


 アスティリア、ラインヴォルト、クレアがそれぞれ起き上がって返事をする。


「そこの奴も、大丈夫か?」


 最後にシリウスは、倒れるリベルへと声をかけるが、リベルも起き上がって無事を伝えた。


「大丈夫です」


 その言葉に誰もが安堵した。

 あの爆発に飲まれて一人も死ななかったのは、奇跡に近い。

 しかし、安心したのも束の間、強力な熱気が肌を撫でた。

 その熱の発生源へと目を向けると、燃えていたアグニの体はなくなり、そこにはただの炎で構成された竜が出現していた。


「馬鹿なっ!」

「私が倒したはずじゃ……」

「嘘、だろ?」

「まずいわねぇ」


 目の前にあるのは絶望だった。

 アグニという脅威を倒したばっかりなのに、新たに出現した脅威。


 冗談じゃない。


 クレアたちはすでに満身創痍で、もはや戦うのも厳しい。

 ましてや、いかにも超強敵というオーラを出している炎の竜に、どうやって対抗すればいいのか。


(いや……)


 クレアは周りを見渡して、一つの決断をする。

 その場で立ち上がり、地面から剣を持ち上げる。

 そして、回復した魔力で、魔法を使った。


「世界へ踏み込みし、為政者が告げる、我の望むままにー」


 その魔法に気付いたのは、ラインヴォルトだけだった。

 魔法部隊の隊長という地位にいて、魔法に精通している彼だからこそわかったこと。


「おい、クレア、お前!」

「あぁ、ラインヴォルトはわかるんだね」

「お前、本気か!」

「えぇ、こうするしかない」

「じゃあ、この化け物は放っておくってことか!」


 怒鳴り声をあげるラインヴォルトに、クレアは穏やかな表情で頭を振る。


「いいえ、私がいるから、大丈夫」

「……お前、まさか……」

「おい、ラインヴォルト、クレアは何をしようとしているんだ!?」

「それはー」

「さようなら」


 シリウスの問いにラインヴォルトが言葉にする前に、クレアは魔法を発動させて、全員を王城前へと転移させた。

 自分一人を残して。


「これで良かったのよ。どうせ、今のあの人たちじゃどうにもならないんだし、結局は足手纏いだわ」


 クレアは口ではそう言うが、内心ではそんな考えはしていなかった。

 転移魔法はそこそこの量の魔力を使用するもので、そうホイホイと使えるほど、クレアの魔力量は多くない。

 今はなぜか急速に魔力が回復しているが、それでも完全回復までは少し時間がかかる。

 体の調子が万全でなくとも、魔力が完全の状態であった方が、この炎の竜と戦うには良かったのは考えるまでもない。

 それなのに彼らを転移させたのは、やはり、死なせたくはなかったということは、これも考えるまでもなかった。


「まぁ、これを貸しにして、今度何かやってもらおうかなぁ。私がやってほしいことを何でもやってくれる、みたいな?それはいいかもなぁ。あ、でも、その前に、怒られそうだなぁ」


 これが無事終わって王城に戻ったら、自分が目一杯叱られている姿が目に浮かんだ。


「それぐらいは覚悟の上って感じだね。うん。それに見合う働きもするし、何かもらうわけだし。大丈夫大丈夫。後々の幸せを考えたら、そんな一時の苦しい時間なんて簡単に耐えられるよ。そう思えば、こうしたのも案外いい判断だったかもね。本当に、いい、判断……」


 クレアは消え入りそうな声で呟くと、炎の竜へと歩いていく。

 うつむきながら歩くクレアの足元に、いくつかの雫が落ち、それらは熱で蒸発する。

 落ちていく雫を見ながら、クレアは一歩一歩炎に近づく。

 そのたびに肌に感じる熱が少しずつ上昇しているのを感じ、雫の熱がわからなくなってきた。

 わかるのは、目の端から流れ落ちる雫ということだけ。

 もう熱は感じない。

 それでも、クレアにはわかっていた。

 これは、クレアが最善だと思ってやったこと。そこに何かの作戦なるものがあったわけではなく、ただ、そうしたかった。

 それはあまりにも身勝手な最善だが、クレアはそれで満足だった。


「自己満足?うん、それでいい。それでいいんだ」


 クレアにとってはそれでよかった。

 だからこそ、今ここで剣を握っている。

 クレアは炎からある程度の距離離れた所で立ち止まる。

 近づけば、蒸発してしまう。頂上に上がる前にラインヴォルトがかけてくれた魔法はすでに解けてしまっていたのだ。支援魔法もなしで行くにはきつすぎた。


「麗しの水精よ、我に癒しをー」


 クレアの体を魔力が包み、暑さへの耐性ができた。

 そして、クレアは剣を構える。

 こんな炎の塊に、物理攻撃が通用するとは思えないが、それでも戦士として、勇者として自分を奮い立たせるためには必要なことだった。

 しかし、その直後に予想外のことが起きた。


「あの~」


 後ろからかけられた声に、クレアはゾッとした。

 ありえない。全員王城前へと送り返したはずだ。

ちゃんと確認して、四人全員が対象になるようにした。

ミスはしていない。していないはずなのに。

クレアがそっと振り返ると、そこには銀髪碧眼の少年、リベルがいた。


「もしかして、僕何かまずいかな?」


 まずいなんてものではなかった。

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