第168話 追跡するリベル
リベルはアンナとソフィーには首都のフィールの様子を探ってもらい、リベルは別行動することになった。
リベルが考えるに、それぞれの国に教団の人間が入っていると考えられるためにもちろんラスカンの中心にも入っていると思われる。
さらに、今回の戦争の起こりが教団の狙いとしてあるのなら、そこら辺を詳しく知りたいところだ。
とは言っても、いつでもどこでも会える、なんて都合の良いことにはならないことはわかっているため、リベルは自分たちの側から探すことにした。
正直なところ、リベルはその人に辺りはつけていた。
ただ、確証もなかったため、念のためアンナとソフィーを離し、一人で確認をしようと思っていた。
それが危険なことだということはわかっているし、それを知ったらグレンを中心にしていろいろと怒られることはわかっているのだが、それでも自分なら大丈夫な気がリベルにはしていた。
それは別に、自惚れということではない。
リベルは教団の計画に何らかの形で自分自身が必要なことを確信している。そのために強制的に連れ去るということも考えられなくはないが、そういう時は<ハーモニクス>を使えば十分に対抗できる。
だからこそ、他の人がいると、その人たちもリベルの<ハーモニクス>に巻き込まれてしまう可能性があることを考えると、アンナたちと離れたのは良かったと思っている。
赤の他人の通行客のことも含めて考えて、リベルは人通りの少ない通りを歩いている。
しかし、ただ歩いているのではなく、自慢の魔力探知で目星をつけたその人の魔力を探りながら。
幸いなことにその人も人気のないところへ向かっているようで、リベルが巻き込む危険性がグンと下がった。
ただ、それがリベルを誘い込むためのことと考えられなくはないところが、リベルが不快に感じるところだ。
こういう風な読み合いで出し抜かれるのは、リベルとしては甚だ不本意なところなのだが。
(まぁ、ここは仕方ないか)
しっかりと警戒して、そして対処すればそれで出し抜かれたことにはならないと納得し、自分の意志を決定する。
(この行き方……向こうも歩いているのかな?これは追いつけるかもね。警戒は必要だけど)
リベルは対象の居場所を確認すると同時に行き先を予測し、そこに向かって走っていく。
だんだん、火の光も届きにくくなってくるのを不思議に感じながらも、それが裏路地だということで納得し、リベルはそのまま目的にまで走る。
ただ、少し厄介な問題が発生した。
「はぁ、こういうのはごめんなんだけど……」
リベルのいく手を阻むように複数人の男たちが路地の脇から進み出てきた。
このままではそのまま正面から向かい合うことになるが、相手が穏やかの人たちではないことはリベルは十分に理解している。
かといって、リベルにはそれをどうこうできるだけの力は、<ハーモニクス>以外持っていない。しかも、相手が獣人族ともなれば、身体能力ではリベルとの間に目も当てられないような差が存在しているのだろう。
「……最近抑えが効きにくくなってるし……使い方を工夫すれば、何とか……」
リベルはずっと抑えてきた<ハーモニクス>をここで使うことに決めた。
(邪魔なのは……彼らの足元)
リベルは正面の男たちの足元の地面に向かって、<ハーモニクス>を発動させる。
「おい、兄ちゃん、ちょっと待、なっ!?」
「急に!」
「あぁぁぁ!」
男たちの足元の地面にぽっかりと穴が開き、急な出来事に反応できなかった彼らは、全員が呆気なくその下へと落ちて行ってしまった。深さはそれほどのものではなく、しかしそれでもリベル自身の安全を考えて彼らがそうそう上がってこれないように、大体十メートルほどの深さだ。
人間族では難しくとも、獣人族ならばその自慢の身体能力でもって、その高さも十分に対処でき、死ぬことはないだろう。
「それでは、失礼」
リベルは空いた穴を飛び越え、そのまま過ぎていく。
何やら後ろの穴から文句の声が聞こえるが、リベルはそれを無視した。先に道を塞いできたあちらの責任だ。
もっとも、彼らが本当は善良な市民だったら、という苦しい過程もなくはないが、それはやはり苦しいものだ。あんな所にいるのが、善良な市民というのはそうそうない。
後、雰囲気が明らかに害をなそうとする者のそれだった。
というわけで、リベルは自分の正当性を確認し、気にすることなく目当ての人を追いかける。
しかし、ここでリベルが予想していたことが起きた。
「あぁ、やっぱり気付くか。そりゃそうだよね」
リベルがあそこで<ハーモニクス>を使えば、目当ての人がそれに気付いて、自分を追いかけるリベルの存在も感知できるのだろうと予想していた。
それを予想したうえで<ハーモニクス>を使ったわけだが、それは別に良かった。
自分の中の認識を変えることで、<ハーモニクス>を制限できることがわかったのは、僥倖だと思っていたからだ。と言っても、それで何かをするのかどうかは今の所リベルの頭の中にはない。
だが、この先何があるかわからない。
今この瞬間の後ではなく、もっと大きな意味での、この先だ。
そこでせめて自分のことはできるだけ、自分で管理できるようになってなくてはならないと感じていた。
実際のところ、ここで逃がしてしまっても、目星自体はついているので、問題はあまりない。
しかし、一度始めた鬼ごっこだ。
せめて、捕まえるか取り逃がすか。
その二つのどちらかの結果が出るまでは、諦めるというのはリベルの性に合わなかった。
「なるほどね。そういう進路変更か」
リベルは対象が踵を返し、そのまま走り出したのに気付き、リベルもそれに合わせて方向転換する。
ここからは先の先を予想しても難しいところがある。
要は相手はリベルの動きを見てから反応しているので、リベルが対象に対処しようとしても、それから相手は動く。
その繰り返しでは、リベルには読むのは難しい。
ここで探査魔法を使うのは、やめておきたい。誰が発せられる魔力の波動を感知できるのかわからない以上、探査魔法というあからさまのものは避けたかった。
「まったく、やっぱり速いか。さすがは獣人族。身体能力が違うね」
相手はもうリベルの倍近い速度を出している。
その状況では、どうやっても抜かれる可能性が高いのだが、その対象はあろうことかある所で止まった。
「なるほど。散々遊んだ後は、待っててあげる、と。そういう趣向か」
リベルは相手の考えが気に食わないと思いつつも、それに従い、相手が待っている場所へと向かって行く。
そして、もう少しという所まで来たら走るのを止め、そこからは歩くことにした。
どうしてそうしたのかは、リベル自身正確にはわからないが、おそらくは見栄のようなものなのだろうと思っていた。ゆったりとしていると相手にも見せ、自分にも理解させ、自分を落ち着けようということかもしれない。
なんにせよ、リベルはそのまま歩いて行き、ようやくその対象の女性を視界に捉えた。
その姿を見て、リベルは苦笑した。
「この鬼ごっこは、あなたの勝ちですね」
「鬼ごっこというのは、捕まえた側が勝利でしょう?あなたは私を捕まえた。それであなたの勝ちでしょう?」
「それはどうでしょうか?あなたの方が自発的に止まっていたのですから、それは僕の勝ちとは言えません」
「そうかしら?私が諦めたということもあり得るけれど」
「それはまたおかしなことを言いますね。それに、何も僕が鬼とは決まっていませんよ。もしかしたら、あなたが鬼かもしれない。そうなると、この状況ではあなたの勝ちです」
「それはあなたが私の前に出たからでしょう?」
「あなたの言葉を借りるなら、それは僕が諦めたということもあるでしょうね」
「なるほどね。そう言い返すの。本当にいい性格をしているわ」
その女性は、リベルの言い様にクスリと笑みを浮かべた。
そんな様子がこの状況にそぐわないような気がしていたリベルは、苦笑いするしかない。
「そういうあなたも大概だとは思いますよ。獣王の長女、第一王女のレヴィ=ラスカンさん」
その女性、レヴィは前に会った時と同じような微笑みをリベルに向けた。