第161話 魔族との因縁
「そう大したことじゃない」
そう話し始めるグレン。
「一度リベルには、もしかすると戦争が始まるかも、なんて言ったが、これまでの動きから考えて、その戦争というのが、どうもそれぞれの国の本意ではないような気がしている」
「本意、だと?」
「あぁ、そうだ」
「だが、ならなぜ攻めてくる?いや、こちらの攻めてくると決まったわけではないが、それでも魔族と人間族が大規模な軍事的な動きを見せているのは明らかだろう?」
レグリウスの言うことはその通りだ。
今は本意よりも、ただ動いているというその事実を見て、対処しなくては手遅れとなる可能性がある。それを考えると、本意がどこにあるとかいうのは、今この場では大した意味を持たない。
たとえ、攻める意思がないにしても、それでももし本当に攻めてきたら、そして対処しなかったせいで多くの人々が死ぬことになったらと思うと、今すぐにでも動きたいレグリウスの気持ちは、この場の全員が理解していた。
そして、それはグレンも同じこと。今すべきことが何かをわかっている。優先すべきことが何かもわかっている。
だからこそ、グレンとしては、自分自身の考えに従ってもらおうなどと思っておらず、その考えを話すだけだ。
そこから判断するのは、グレンの役目ではなく、どうあってもレグリウスの役目だ。
「確かに、二種族が動いているのはそうかもしれない。まぁ、魔族の方はいまいちよくわからないが、人間族の、しかもシュトリーゼ王国に関しては、前々からそんな気はしていた。それは別に、その国の国王が何かの目的があって攻めているとかがわかったわけじゃないが、少し前から軍事的な方面への働きかけが増えていたのは、俺が調べた」
グレンの言葉に、クレアは驚いた。
なぜなら、そのつい最近までクレアはその王宮の中にいたというのに、それでも気付かなかった。戦争へと至る道を見逃していたという話は、クレアに驚きを与える。
しかし、状況的に見れば、グレンの話していることが嘘だと断ずることはできず、むしろ実際に動いている以上、信憑性が増していると言える。
「その調べた結果、そしてここまで旅をしてきて思ったことだが、どうもあの国はおかしいということだ」
「おかしい?どういうことだ?」
「他の奴らがどうかは知らんが、まず国王が変だ。かなり怪しい行動をしていて、英知の神託教団という組織の一員である可能性が高い」
英知の神託教団、という言葉は、この国の中枢にいる人にも聞き覚えがないらしく、その名前に納得しているようなそぶりを見せる人は一人もおらず、皆同様に困惑の色を示している。
そのことからも、教団の隠匿性が凄まじいということわかる。裏でこそこそ動いているにしても、かなり大事な部分に関わっているくせに、その尻尾を掴ませていない。
「英知の神託教団とは、ゼネウスという神を崇めている、ある意味宗教集団だ。そして、様々な国の中枢に潜り込んでいる可能性が高い。つい最近崩壊したエクリア王国でも、その軍の部隊長の一人がその教団の一員だったし、シュトリーゼの国王もその可能性が高い。これまでも、こそこそと何かしらのことをやってきてはいるから、何かの目的があるのだろうとは思うが、それは全くわからない。わかっているのは、そいつらが厄介だということ。そして、今回の種族の動きに何かしら関与していることが考えられるということだ」
「……荒唐無稽で、にわかには信じがたいことだが……そうであったとしても、だからと言ってこちらが何もしないというのはあり得ないな。攻め込まれる可能性があるにもかかわらず、その国は傀儡だから仕方ない、と割り切ることはできん。こちらとて、民の命を背負っているのだ」
レグリウスの体から放たれる気。
それがリベルにも目に見えるようで、静かな闘気を身に纏っていた。肌を強く打つような空気は、相当な威圧感をその場にいる者に与える。
「その通りだ。だから、そちらが軍を動かすというのなら、俺たちは止めるつもりはないし、そもそもその権利もない。そちらの自由にしてくれ」
「……お前ほどの実力者なら、こちらに加わってほしいのだがな」
「生憎とそれはできない。俺にも一応やることができてしまったんでな」
「やること、だと?」
レグリウスは疑問の声を上げるが、リベルとソフィーはグレンの言いたいことが初めからわかっていた。そうなるだろうということは、軍が動いているという話を聞いた時から、予想していた。
そして、二人ともそんなグレンを止めるべきではないとわかっている。
だから、ただ見守るだけだ。それ以上はしない。
手助けすら、グレンのやろうとしていることの邪魔となるだろう。たとえそれが本当に助けることになるのだとしても、それをグレンが望まないことくらい、二人は察することができている。
「あぁ、そうだ。やることだ。しかも、かなり重要なことだ」
「それは、我々の行動を邪魔しないものだろうな?」
「さて、それは実際に起きてみないとわからないが、まぁ、そちらの軍と関わるようなことではないはずだ。それが迷惑にならないかと聞かれればわからないが、それでも直接的には関わらない。それだけは確実だ」
「せめて、何をしようとしているのか。それだけでも聞かせてくれないか?」
レグリウスの問いかけに、グレンは一つ息を吐く。
グレンとしては、こんな大舞台になるとは思っていなかったことなのだ。少しばかり緊張することではある。
(さすがにしびれを切らしたか、それとも何かしらの理由があるのか。それは聞いてみないとわからないが、まぁ、でも、会うのはそれなりに命懸けになるな)
グレンはそう自覚する。
「……俺は、魔族側と少し因縁がある。だから、そっちに向かうことになる。だから、お前たちに手は貸せないな」
「まさかとは思うが、魔族側に付く、と言うわけではないだろうな?」
「それは本当にまさかだな。そもそも、俺は別に三種族のどこにも付く気はないからな。俺としては、ただ仲間のために、という奴だな」
「仲間のために、か……」
レグリウスは、グレンの後ろのリベルたちを視界に収める。
グレンがそこまで思う者たちがこういう人たちなのか、と思う。その内実はよくわからないし、どういった仲間なのかも判断はできないが、グレンの言い様から察するに、仲間のために、という部分には嘘はないように聞こえていた。
「なるほどな。そうか。ならばそうするがいい」
「陛下、何を仰るのですか!」
家臣の一人がレグリウスに異議を申し立てる。
それも当然。グレンという戦力、さらにクレアもいる以上、戦争に参加させればかなりの戦力になるのは間違いない。実力至上主義であるレグリウスが、まさかそんな二人を見逃すなど予想できていなかったのだろう。
「何を、と言うがな、こいつらは協力するつもりはないのだろう?ならば引き留めても無駄だ」
「しかし、それでは」
「なら、どうやって引き留める?そもそも、この者たちは軍に所属していない。そんな民たちを戦争に参加させることなどできん。実力至上主義を掲げるからこそ、それはできんのだ」
「……そんなことが……」
「止められないのだよ。止めようとすれば、必ず抵抗する。そうなれば、こちらの戦力は大幅にダウンすることになるのは確実だ。捉えることなど、至難の業だろう」
「たかだか大会の優勝者に、陛下や三天獣が後れを取るということが」
「あるかもしれんな」
家臣の言葉に食い気味で、レグリウスは自分の考えを言った。
「そこのグレンは、どうやら実力を隠しているようだしな。大会を優勝した時、あれは全力ではないのだろう。本気なら、三天獣と互角以上に戦えるに違いない。そんな相手を引き留めるためには、一体どれだけの戦力を使うのかわからん」
「それほど、ですか……」
「そう見ているぞ」
獣王が困難だと認め、実力も認めたために、家臣はそこで下がった。
それを確認すると、レグリウスは再びグレンに向き直る。
「さて、戦争には参加しなくてもよい。だが、邪魔だけはしてくれるなよ」
「あぁ、それくらいは弁えているさ」
グレンはそう言いながらも、絶対に邪魔しないなどということはないのだろうと、確信してしまっていた。