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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第15話 竜、堕つ

 アグニの炎は、兵士たちを一瞬で灰にし、形を残さずに消し去ってしまった。

 その暴力的なまでの熱量が、今クレアへと迫っている。


「このっ!!!」


 クレアは剣に溜めていた魔力を使い、目の前に剣をかざすことで強力な魔力の防護壁を作る。

 魔力がクレアを球状に包み込み、赤い炎の中を赤い球体が存在していた。

 それによって、炎を直接浴びることはなかった。

 ただ、咄嗟の機転で防御したものの、跳躍で飛んだクレアは放ち続けられる炎に押し戻されていってしまう。

 後方から魔力で押し上げることも考えたが、今は防御に全神経を使っていて、そんな余裕はない。もし、少しでも他の魔法に集中力を割いたら、クレアの体は燃え尽きるだろう。

 しかし、このまま防ぎ続けていても、おそらく墜落するか先に破られるか。

 クレアの旗色が悪かった。

 必死に防ぎつつも、この後どうすればいいかがわからないクレア。

 だが、直後に何か浮遊感がクレアの体を包んだ。

 アグニのブレスで押し返されていたはずなのに、いつの間にか空中で静止して均衡を保っている。

 クレアがちらりと地上を見ると、仰向けになったラインヴォルトが、にっと笑みを浮かべて小瓶をかざした。

 それは魔法を使うラインヴォルトが常に持ち歩いている、魔力回復薬だった。

 消費した魔力は普通は一日休めば自然回復するが、急を要する場合はそれでは間に合わない。

 ゆえに、今ある魔力を一定量回復させる薬が開発されていた。

 しかし、その薬は非常に危険で、一日に何度も飲むことはできない。一回飲むだけでもそうとう精神に負担がかかると聞く。

 そんなものを使って、ラインヴォルトはクレアを魔力で押し上げていた。

 そのことに、クレアは感謝し、目の前の炎の奔流へと目を向け直した。

 すると、クレアを包む魔力の球体が炎の中を突き進んでいく。

 膜がぎしぎしと音を立てて今にも崩壊しそうだった。一つでもひびが入れば、そこから炎が溢れ、壁は崩壊するだろう。

 クレアは神経を研ぎ澄まして、荒ぶる炎の中で精密な魔力制御をして攻撃に耐える。

 少しずつ、でも少しずつ加速しながら進んでいくクレアを、下にいる者たちは希望を込めて見つめる。

 その思いは、何となくだが、クレアにも伝わった。

 そして、それはクレアに勇気を与えた。

 ぎしぎしと不安定だった壁が落ち着きを取り戻し、アグニのブレスですら崩せないような強固なものとなる。

 クレアはそのまま上昇を続け、ついに、炎が噴き出されるアグニの口へと壁が激突した。

 あまりスピードが出ていたわけではないため、その激突でアグニにダメージはない。

 しかし、クレアの壁で口をふさがれ、自分の吹き出す炎がアグニの口の中で暴発した。


 ドガァァァン!!!


 いきなり起こる爆発にクレアは吹き飛ばされるが、壁を維持したままなのでダメージはない。


 ガァァアアアァァアアアア!!!!!!


 一方、さすがに鱗のない口の中に、自分の攻撃が入ると相当なダメージがあるのか、アグニは空中で頭部を振り回す。

 しかし、それはほんの数秒、まだ口の端からは焼かれたことで出た煙が出ていたが、その右目には今までで最高の怒りが込められていた。

 そして、自分にこんなことをした獲物に仕返しをするため、アグニは地上を見下ろす。

 見下ろして、その人を見つける、はずだった。

 地上にいるのは仰向けになる三人と、いかにも軟弱そうに立っているのが一人。

 一人足りない。

 赤毛の少女がいない。

 誰よりも勇ましい少女が見当たらなかった。

 アグニはしばらく空中に停滞して、少女を探したが、やはりいない。

 瞬間。

 アグニは弾かれたように自分のさらに上の上空を見上げた。

 それはただの野生の勘だったが、確かに感じた死の予感。

 そして、それは間違いではなく、これまでで最高の覇気を出す少女、クレアが落ちてきていた。

 クレアは上空から真っ逆さまに落ち、剣の柄を強く握りしめる。

 あの爆発の瞬間、クレアは防護壁をうまくコントロールして、自分の体が上空へと吹き飛ばされるようにしたのだ。

その際、爆発の衝撃は防護壁で防ぐことはできたが、そこで壁は消えてしまい、剣に込めるべき魔力が完全に無くなってしまった。

しかし、今のクレアはその程度のことは大した問題ではなかった。

この手に握る剣がひと振りでもあるならば、どうにかなる、と。

それはここで勇者として戦っている矜持。

ならばそれらクレアの思いをかき集めて、力に変える。

魔法でも、生命力を力に変えるものがあるのだ。

思いの力が通用しない道理などありはしないのだ。


「こぉぉぉぉぉぉいいぃぃ!!!!!」


 クレアが自分の内側に届かせるように叫ぶと、その体から赤い光が放たれ、クレアの持つ剣へと集約されていく。

 体の奥底から、本来もう少したりともないはずの魔力を引き出す。

 その量は尋常ではなく、いつものクレアが保有している魔力の数倍はあった。


 グアァァァァァァ!!!!!


 アグニが落下してくるクレアに対して、その右腕を振るう。

 それはクレアを吹き飛ばした時よりも格段に威力が高く、防御魔法を張れていたとしても死は免れない一撃だ。

 それでも、クレアは今更この程度のことでは怖れない。

 轟音を立てて薙ぎ払われる腕を、クレアは正確に見切り、ギリギリのところで回避する。

 しかし、アグニの爪がクレアの左腕に掠り、その勢いでクレアの左腕が吹き飛んだ。

 脳髄に走り抜ける激痛。

 視界に映る飛んでいく左腕。

 そして、左半身に感じる軽さ。

 だが、クレアの目はアグニの首筋、狙うべき場所へと向けられている。

 クレアは右手だけでは威力が出ないと判断し、アグニの首に届く直前で体を回転させる。

 ぐるぐると回る視界の中でもしっかりと目標を見失わないクレアは、最大の一撃を、アグニの首筋へと叩きこむ。

 その刃は、硬い鱗を難なく切り裂き、回転させた勢いのまま進んでいき、一瞬後に、アグニの巨大な首を切り落としていた。

 その時に、アグニは叫び声は上げなかった。


              ♢♢♢


 ズシーン!!


 途轍もない振動と音を出して落下したアグニの上に、クレアはゆっくりと舞い降りて立った。

 本当はアグニと一緒に自由落下するはずだったのだが、ラインヴォルトが最後に残った魔力でクレアの落下速度を緩めたのだ。

 クレアは死体の上から飛び降りて地面に着地しようとした。

 が、左腕がなくなったことでバランスが取れず、そのまま倒れてしまう。


「クレアッ!」


 全員が、隊長の三人だけでなくリベルも、倒れたクレアの元へと駆け寄る。

 シリウスはクレアが下りてくる前に回収したであろう腕をその手に持っていた。


「ははっ、腕がないと不便だなぁ」


 クレアが自嘲気味にそう笑うと、シリウスがその左腕を差し出した。


「おい、ちゃんと持ってきたぞ。ラインヴォルト、今すぐ回復を」

「無茶言うなよ。俺にはもう魔力は残ってねぇ。回復薬もあれ一個なんだぞ」

「このままじゃ、出血がどんどんひどくなるわぁ」


 おっとりとした様子で言うアスティリアだが、その顔は焦りで塗り潰されていた。

 事実、地面に広がる血は今なお、広がり続けている。


「大丈夫だよ。自分で治せる」


 クレアはシリウスから腕をもらうと、自分の左腕に合わせ、回復魔法を発動させた。

 アグニの首を落とした時の一撃で、全魔力を使ったつもりだったのだが、その後も何の原理か魔力が回復し続けている。

 それは日常的に行われる自然回復とは明らかに違う回復量だったが、それでも魔力が回復するのであれば一安心だった。

 体の一部の破損であったため、少し時間はかかったが、何とかクレアの左腕は元通りにくっ付き、感覚もどこもおかしなところは感じなかった。


「それにしても、よくアグニの炎の中で耐えられたな」


 アグニの体はもう生命活動を停止しているのか、傷が回復するような様子は見られなかったため、そこにある死体には恐怖は感じなかった。

 戦闘を振り返るようにシリウスがそう言うと、クレアはあの時のことを思い出して伝えた。


「あの時は、アグニのチャージが不十分だったんです。だから、ブレスを打つのが速かった。おそらくは、私が近づく前にやろうとしたんでしょうね」

「そういうことなのか。まぁ、その後に俺のアシストが一番だったけどな」


 ラインヴォルトがすぐさま調子に乗って自己評価するが、その顔にアスティリアがゆっくりと告げた。


「わかってる?帰ったら私と訓練、なのよぉ」

「そうだったぁ」


 思い出して蹲るラインヴォルトを見て、その場にいる者たちから笑いが起こる。

 戦闘が終わった緊張感からか、かなり緩くなっているようだ。

 笑いが落ち着いたシリウスは、その後に言った。


「まぁ、今回の討伐で死んだ奴もいる。俺たちだってボロボロだ」


 その言葉で、空気が一変した。

 重い、重い空気だった。


「けどな、守れたものは大きい。今回死んでいった奴らも、それを誇りに思ってくれるはずだ」


 クレア、アスティリア、ランヴォルトはそれに頷く。

 それを見てシリウスも頷くと、その目をリベルへと向けた。

 リベルはシリウスたちから少し離れた所で、アグニの死体を見ていた。


「おい、お前もこっちに来い」


 シリウスが呼びかけるが、リベルは反応しない。

 そのことを訝しげに思う皆。

 そして、リベルは、何かが違うと思った。


「まだ、終わってない?」


 リベルは直感でそう思っていた。

 根拠がないゆえの疑問形。

 それは他の四人にも聞こえていたが、戦士でもない人が言う言葉をそうやすやすと信じられるものではなく、お互いを見合っていた。

 そんな時。

 アグニの死体が炎に包まれた。

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