第158話 緊張の緩和法
「なんともまぁ、面倒なこと……いや、それ以上にすごいことになったものだね」
リベルはそう愚痴るのを、グレンは苦笑いで流す。
実際、リベルの言うようにグレンも面倒と思っている節があったのだ。
とはいえ、優勝の景品は受け取るのが、優勝者としての礼儀ということも、グレンにわかっているので、その辺りはしっかりとはするが。
「それにしても、僕たちまで大丈夫だなんて、懐が深いよね」
「あぁ、そうだな。何事も言ってみるもんだな」
「私も驚いたけど、いい機会ね」
「こんなの、他ではないですし」
『ま、私も少しくらいは堪能させてもらいましょうか』
各々が感想を持ちつつ、そのまま王宮へと通された。
案外あっさりと通れたことに、リベルたちはわかっていながらも驚く。
なにせ、ただの同伴者が入れるなど、予想すらしていなかった。期待はしていたが。
「まぁ、今回の主役はグレンだから、精々グレンの顔を立てることにするよ」
「お前、旅に出てから性格が大雑把になってきてないか?」
「え?そんなことないよ。ちゃんと、選んで大雑把にしてるから。しっかりとするときはしっかりするよ」
「つまり、それは俺に対してはしっかりしなくていいってことだな?」
「まぁ、そう言うこと」
「はぁ~」
性格が変わったと思ったら、やっぱり前と変わっていなかったことを思い知らされたグレン。
結局、大元は一切変わっていないということなのだ。
「それにしても、向こうとはつくりがちょっと……」
そう呟いたのクレア。
クレアはシュトリーゼの王宮と比べているのだろうが、そこと旁が違うのは致し方ないことだ。
人間族と獣人族では、元からして種族の違いからその建物に対するあらゆることが変わってくる。
そして、王宮ともなればその違いは如実。
同じ種族同士では同じような作りになったとしても、種族が違えば、それはもう文化が違う。文化が違えば住まいも違うのだ。
「そうだね。まぁ、いろんなところがあるからね」
『そう言えば、私の時と今では、改装とかされてますかね?されてますよね』
ソフィーが国王だったのは何百年も前のことだ。
いくら王宮が頑丈に作られているのだとしても、何百年もたてば改装はされるだろう。しかも、ソフィーの時はかなり急ごしらえの白だったらしく、その分老朽化も早いだろうと予想されていたらしい。
ただ、それはソフィーが生きている間には起きることはなかったらしい。
「そうね。何度かやったみたいよ。大幅な増築も一回あったようだし」
『おそらく、人数が増えてその分大きくしたんですね。城はその国の威厳みたいなところもあるから、国土が広がれば、その分城を大きくするのは当然かもしれませんね』
納得しながらも、ソフィーは少し寂しそうな表情をした。
それをクレアは、いち早く察した。
「だ、大丈夫よ。ちゃんと昔のを原型としているから、基本的な構造は変わっていないはずよ。何かの災害で崩れるようなこともなかったと聞くし、かなり良いものだったのね、元は」
『そ、そうね。そうよ。私がわざわざ設計して良いものに作ったんだから、そう簡単に壊れるわけないし、崩されることもないですよね』
「そうよ……って、城を設計したのはソフィーなの?」
驚きのことを言ったソフィーにクレアが慌てると、ソフィーはさも不思議そうな顔をした。
『そりゃそうでしょ。王様ってそういうものじゃないの?』
「それ、一体どこの王様像よ」
「それは、僕でも援護できないかな~」
ソフィーの考えの方がおかしいと、リベルでも思う。
普通、それは専門の人に任せるものだ。ソフィーが専門だったかと聞かれれば、おそらくそんなことはなかったのだろうから、完全に独学というか、趣味か気まぐれが入っている気がする。
『えぇ~、アンナは私の方に……』
「私はリベルさんたちに賛成です」
『そんな!?私が何年も教会の建物を研究して、それを元に最高の城を作ったっていうのに、それを……』
ソフィーが項垂れながらそう言ったことで、リベルは思い出した。
(そう言えば、ソフィーは教会の建物が好きなんだっけ。そこから構造でも学んだのかな?でもそうなると、やっぱり独学で、趣味も入ってるような)
そうリベルが思っていると、クレアが慰める。
「まぁ、結局ここまでちゃんと大丈夫だったんだから、それはそれでいいんじゃないかな?」
『……私の趣味が一部入ってるけど、良いの?』
「え、どこ?」
『城門と外観と内装と構造』
「それってほとんど全部じゃない!」
『……てへっ』
その瞬間、リベル、クレア、アンナは思った。
こんな人が初代国王だったんだ。
口に出すことはなかったが、心の中でのその言葉は、全く同じだった。そして向ける目も、少し呆れがこもっていた。
♢♢♢
兵士の案内で、ようやく謁見の間にまで到着した一行は、少し深呼吸をしてから、その中へと入っていった。
(これは、緊張度が普通じゃないかな。ここで魔法が解けてバレでもしたら、それだけで相当にまずいことになる。逃げ場だってほとんどないし、グレン頼みになること間違いなしだし……まぁ、もしもの時はどうやっても僕にできることはないんだから、ひとまずグレンに全責任を押し付けて、それで何とかしよう。……お、そう考えたら、少し落ち着いてきた)
とまぁ、リベルは独自の緊張ほぐしを行うことでどうにかなった。
グレンはいつも通りどうとでもなり、クレアは一応シュトリーゼではこういう所に出入りしていたようだし、ソフィーはそもそも幽霊で心配の必要はないし、一応、元国王だし。
ここでリベルと同じような立場になるのは、アンナだった。
アンナはひどく緊張していて、顔面蒼白だった。
「アンナ、大丈夫?」
「へ?だ、大丈夫、です。はい」
カクカク、とまるで人形のような動きをするアンナを見て、リベルはどうしたものかと考える。
(これ、確実に大丈夫じゃない奴だな。どうしよう。この様子だと、まともに動けるかどうか)
そもそも、ここに近づくにつれて、何やらアンナの歩行速度が落ちていたところはあった。
それが緊張のせいだということに気付いたのは、今だが。
(はぁ、こればっかりは、克服しろと言われてできることじゃないし。僕みたいに、線部を他の人に任せて緊張をほぐすっていうのは、たぶんアンナには無理だろうし。アンナは自分でできるだけ背負おうとするからなぁ。となると、思いつくことが全然ないけど……まぁ、あれくらいかな?)
リベルはアンナの目の前に手を差し出した。
「手、繋ごうか。そうすると落ち着くかもよ」
リベルが優しくそう言うと、アンナは一度見上げて、顔をほころばせると、無言でうなずいた。
恐る恐るリベルの手を握り、リベルも握り返す。
すると、最初は震えていた手だったが、次第に震えも収まってきて、自然状態になった。
「あ、何か大丈夫そうです」
アンナが自分でそう言うように、リベルから見ても顔色は良くなってきているし、強張りも良くなっている。
「そう。なら良かった」
そういうリベルも、何だか手を繋いでからは自然に落ち着けるようになっていた。
先ほどの責任の全押し付けによる緊張緩和は、どこか無理筋なところがあったのだろう。リベルとしても、今状態の方が落ち着いている。
(まさか、あまりないと思っていたこれがそうだとは。結構簡単な解決策だけど……まぁ、人が近くにいる分だけ落ち着くってことかな?どう考えたところで、結果的にそうなったんだから、原理とかは別にいいかな)
そうしてリベルは手を握ることによる緊張緩和の原理を考えるのを止めて、そのまま前を向く。
そして、目の前の扉が開いた。