第152話 エキシビションマッチ
リートハルトとルートの戦いの興奮が冷めやらぬまま、グレンの試合となった。
相手は熊人のレニオン。
準決勝に残っているだけあって、普通に考えれば強敵の一部に入るのだが、どうにもリベルには、そのレニオンが憐れに思えてならない。
他の観客からしたら、二人とも闘志満々で面白そうな戦いを期待してしまうのかもしれないが、リベルからしたらもう勝負が確定的に明らかに決まってしまっているのは、試合が始まる前より明らかだった。
ソフィーとクレアは、これまでのグレンの様子と、今のグレンが違うということは何となくわかるようだ。アンナはそこまで付き合いは長くないし、戦闘経験も全然なのでわからないだろう。
この場では、リベル、ソフィー、クレアが勝負の結果がもう見えてしまっている。
なぜなら、それはグレンの気合の入り方がいつも以上に尋常ではないからだった。
両者とも、前の試合に感化されたのか覇気は十分に伝わってくるのだが、だからこそグレンとの力の差がわかる人にはわかるのだ。
クレアは純粋に戦士として纏う空気の差から判断しているのだろう。その一方で、リベルとソフィーはグレンは気合が入っている。ただその事実だけで、その先を察したのだ。
リベルはそれだけの長い時間を過ごしてきたし、ソフィーもどうやら知っているようなので、予想できてしまうのだ。
だからこそ、かわいそうだとは思い、レニオンとか言う相手を憐れには思うが、リベルたちは確信した。
グレンの勝利を。
そこからはスムーズだった。
簡単に言えば、試合開始、そしてレニオンが気合を入れて接近するも、捕らえきれないほどの速度で迫ったグレンが、一瞬で殴り倒れ伏した。レニオンの様子から何度も殴られたことは想像できたが、生憎とリベルの目ではとらえきれず、クレアに確認したところ、どうやら獣は確実に殴ったらしいがそれでも自信がないという。
リベルはそこでため息を吐いた。
一体どれほどの気合を入れたら、準決勝を瞬殺できるのだろうか、とひどく思った。もう少し盛り上げてもよかったのでは、と思わなくもないが、それはもう怒ってしまったことなので、今さらという感じがしたし、グレンからしたらもう抑えきれなかったのだろうと推測できる。
結局のところ、リベルにはそこまで理解できることではなかったが。
グレンの試合の結果に、観客たちが唖然とする中、二試合目は呆気なく終了し、一応、エキシビションマッチとなった。
それも当然のごとく、注目の集まることだ。
しかも、今回は急遽催された大会ということもあり、エキシビションに登場する二人は発表されていない。だから、観客たちは期待を込めてフィールドを眺めているのだ。
「それでは、今大会のエキシビションマッチ、その出場者の二名を発表いたしましょう!それでは、まず一人目。三天獣の一人、ユン=ヘリオン選手!」
その瞬間、フィールド上に姿を見せた獣人族に、観客から歓声が上がった。それはこれまでの試合の日にはならないほどに熱狂的で、リベルでも他の試合の参加者がかわいそうになる所だった。
しかし、それよりもリベルは気になる所があった。
「ねぇ、三天獣って何?」
「……それ、本気で言ってるの?」
「冗談だと思う?」
リベルがそう返すと、クレアは天を仰いだ。
「あぁ、そうだったわね。そんな気はする。それにしても、三天獣を知らないなんて普通はあり得ないんだけど」
「それは武人だからとかじゃないの?」
「そうでなくても、普通は知ってるでしょ。さすがに想定外なんだけど。アンナは知ってるわよね」
話を振られたアンナは、特に驚くことはなく、さも当然のように頷いた。
いや、実際に当然のことなのだろう。リベルの方が変わっているということだ。
「もちろん、知っています。有名ですからね」
「へ、へぇ」
『ちなみに、私でも知っています。私の時代でも、三天獣という名前自体はありましたからね』
「そ、そうなんだ~」
リベルは汗がだらだらと流れているような錯覚を覚え、なんだかまずい気がした。
「リベルが知らないのは想定外だったけど……まぁ、教えるわよ。簡単だしね。獣王が獣人族の中で最強と言われているのは知っているわよね?」
「まぁ、それくらいは……」
「その獣王に直接使える三人の最高クラスの獣人族が三天獣。いわゆる、軍の部隊長っていう所だね」
「なるほどね。そういう立ち位置か。それなら……相当に強いというわけか」
「相当、という言葉で片付けられるかどうかは疑問だけどね」
リベルはフィールドの中央に向かって歩くユンを観察した。
三天獣というからには、かなりの強さであるのは間違いない。
ユンは中年は越えているように見え、虎人だ。リベルには獣人族の正確な年齢判断がうまくできないが、おそらく獣王のレグリウスよりも年は上なのかもしれない。
そんな高齢の人が三天獣としてそこにいるのだから、まだまだ衰えないということか。
「そして、そのユン選手の対戦相手!こちらも驚きです。我がラスカンの王子、獣王レグリウス=ラスカンの長男の、ジーク=ラスカン選手です!」
そして、ユンとは反対側から登場するもう一人の男。
こちらはかなり若く、まだ二十歳そこそこにしか見えない。王子がこのようなところに出てくるのは、観客にとっては相当予想外だったようで、一度戸惑ったようだったが、すぐに歓声が膨らんだ。
困惑はよそに、なにせ王子、つまり次期獣王と言われるジークが戦うというのだからそれは興味を引くだろう。
しかも、その相手が三天獣の一人ということなのだから、とても面白い組み合わせだ。
「ねぇ、クレアはこの試合、どっちが勝つと思う?」
「エキシビションマッチだから、そこまで勝ち負けは関係ないと思うんだけど」
「それをわかってて言ってるんだよ」
「わかっているのなら、わかってるんじゃないの?さすがに勝ち目は薄いと思うよ」
「それはやっぱり、王子の方だよね」
「当然でしょ?三天獣もそこまで甘くないだろうし」
「そうなるか。そう言えば、ソフィーが生きていた頃から三天獣はあったんだよね?」
リベルはソフィーの言っていたことを思い出し、ソフィーに尋ねる。
『はい。当時から、三天獣というのはかなり強かったと思います。直接戦うということはありませんでしたが、当時の三天獣の中に一人とんでもないのがいたのは覚えていますね』
「へぇ、それは興味が出てくる。一体どんな?」
『はっきりってしまえば、竜人です』
「……それって、獣人族なんだ。リュウが獣扱いとは、想定外」
『カテゴリーでそうなっているんですから、そうなんですよ。それで、その竜人はとんでもなく強くてですね、他の獣人族とは一線を画していましたよ。なにせ、口から火を吐きますからね。力も相当強かったですし』
「なるほど。それは強い」
リベルはその竜人の姿を想像するだけで、鳥肌が立ってきた。
『その竜人がかなり特殊だったのは否めませんが、それでも三天獣です。あのユンという人もかなりの強さであることはわかります。あの王子では勝てませんね』
「やっぱりそうなんだ」
『でも、クレアが言っていたようにエキシビションマッチです。勝ち負けではなく、王子としては挑戦という意味合いが強いですね』
「なるほど、それがあるか」
ジークを一人の挑戦者として捉えると、この試合も面白く見ることができるかもしれない、とリベルは期待できた。
その期待は結局のところリベルの心の内側から出てくるものであるから、心持ち次第で大きく変わってくるのだった。