第145話 敗北後のクレア
昨日と同じ場所で待ち続けるリベルたちに、今日はクレアが加わっていた。
どうやら、敗北したらその時点でお役御免ということで、速めに帰れるらしい。
それもまた、仕方のないこと。
そうして四人で待っている間は、何とも微妙な空気が流れていた。
その原因は、もちろんクレアが負けたこと。
リベルとアンナ、ソフィーは気にしていない。むしろ、気にする理由が思い当たらないくらいなのだが、本人はその限りではない。
もともと腕試しで参加することにした大会であるため、できることなら優勝を狙いたかったというのはわかる。
だが、それでも運というものが勝敗に大きく関わってくることを、クレアは知っているはずだ。
だが、それを正面から認めることがとてもつらいのだ。
だからこそ、クレアは今沈黙を保ち、リベルたちはそう簡単に口を開くことができなかった。
(まぁ、グレンが来たら、もっと微妙なことになるんだろうけどね。そこら辺はいい具合になってくれるといいな。立ち直る、と言うほど大げさではないけど、ちゃんと現状認識ができれば、それだけでいいと思うんだよね)
そんな風に冷静に考えるリベルの横で、アンナは心配そうにクレアとリベルを交互に見る。
それが何かを期待しているのだということを、リベルはうすうす勘付いているが、それでもここで動けるほどの人間ではない。
それに、戦闘に素人のリベルが口出ししたところで、一体何ができるのか、ということだ。
リベルは少し逃避の意味を込めて、宙に浮いているソフィーを見上げると、その姿は昨日と同じようになっていた。
(あ、これ面倒な奴だ。クレアほどではないけど。まぁ、その程度の具合も僕にわかることではないんだけど、こっちの方が個人的にはやめてほしいかな)
リベルはため息を吐くと、上空のソフィーに声をかける。
「あまり昨日みたいにならないでね。見聞きしてるこっちが面倒だから」
『…………大丈夫ですよ』
「今の間を流せと言いたいのかな?」
『大丈夫ですよ?』
「せめて、言うなら普通の言い方にしてくれないかな?」
『大丈夫だと思いますよ』
「不安要素が大きい」
『大丈夫だと信じてください』
「今までのことで信じられるか」
『大丈夫です(棒読み)』
「何か投げやりになってるな」
最後にリベルは再びため息を吐いたことで、ソフィーは苦笑して降下してきた。
『そんなに心配しなくても、場くらい弁えますよ』
「今までのが場を弁えていたとは思えないんだけど」
『見えなければ問題ありません』
「それが通用しちゃうのかな、これ?まぁ、弁えてくれているのならいいんだけど……って、ソフィー?」
ソフィーはすたすたと俯くクレアの元まで歩いて行き、その拳を握りしめた。
そして、その拳に魔力が纏ってあり、しっかりと物質化しているのがリベルにはわかった。
半ば放心状態のクレアは、まだ気づいていないのか、平然としていた。
「ちょ、何やるつもり?」
リベルがその先を予想しつつ問いかけると、ソフィーは振り返り、にっこりと微笑む。
『鉄拳指導』
「えっと、別に舌を出しても、言葉が言葉だからかわいいとは思えないんだけど……」
「えいっ」
「無視か」
リベルのツッコミをスルーして、ソフィーはその拳でクレアを殴った。
俯き気味だったクレアの額を強く殴ったのだ。
当然クレアはその衝撃で一気に後方へと倒れこんだ。
「え?」
クレアはその後すぐに立ち上がるが、衝撃のあった額をさすった。
「ねぇ、ソフィーは何がしたかったの?」
『言いましたよ、鉄拳指導、と』
「えっと、どこら辺が指導なのか聞いてもいいかな?」
『…………ひとまずそれは置いておいて』
「いいのかな?」
リベルが少し不安になるが、ソフィーがビシッとクレアを指差したことで、視線がクレアへと向く。
『でも、表情はしっかりと戻ったと思いますけど?』
「確かに、ね」
ソフィーの言う通り、よく見るとクレアは呆けたような表情をしているが、それでも先ほどのような暗い顔よりはましだった。
「まぁ、いきなり殴られればそうなるよね」
『いい方法でしょ?』
「それを認めるのは、少し危ない気がするから、この場は保留ということで」
『それは残念』
ソフィーが本当に残念そうな顔をして、リベルとアンナが苦笑いをしていると、そこに呆けたままのクレアが入ってきた。
「そろそろいいかな?」
「あ…………」
リベルが改めて見たら、呆けているなどどこに行ったのかというものだった。
「えっと、クレア。僕には責任はないと思うんだよね。悪いのはどう考えてもソフィーだからね」
『あ、リベルは責任転嫁するんですか?』
「責任転嫁の意味わかってる?」
「それは気にしてないから大丈夫だよ」
クレアはそう言って、いまだに額をさする。
それほど痛かったのか、とリベルは軽く戦慄した。やはり、先ほどいい方法と認めなくて良かったと思っている。
「確かにかなりイラッときたけど、でも、それは仕方のないことだから。ぼうっとしてた私が悪いし」
『ありがとうございます、クレア』
「……不本意ながら、ですけどね。感情面は別です」
『ごめんなさい!』
感謝から一転、謝罪への切り替えの早さにリベルが感心していると、クレアは首を横に振った。
「別にいいですよ。悪いのはやはり私ですからね」
「実害を与えたのはソフィーだから、そこまでしなくても……」
「ううん。非は認めるべきだからね。実際に、ソフィーのおかげで今は話せてるわけだし」
『そういうことですね』
自信ありげに言うソフィーの姿を半眼で見つめて、リベルはクレアに言った。
「まぁ、クレアがそういうのならいいとは思うけど……それより、大丈夫?」
「あぁ、リベルも気にするよね、さすがに」
「そうだね。場の空気が重くなるのは嫌だからね」
クレアのためではなく、あくまで自分のためだ、とリベルは言っている。
しかし、それを非難する人はここにはいなかった。
「そこでクレアさんのためとは言わないんですね。何だかリベルさんらしさがわかってきますよ」
『そうですね。今の発言にはそれがありますよね』
「私も、まぁ、そう言ってもらえて逆によかった、かな。何となくだけど」
好印象、というわけではないけれど、それをリベルの個性として認められているあたり、リベルはそれなりに認められているということなのだろう。
リベル自身もそう感じて、何だか恥ずかしくなる気分だった。
「とにかく、僕はそこまで気にすることじゃないと思うんだよ。仕方のないことだったわけだし。あれは相手を褒めるしかないよ。最後のあれ、たぶん知ってないと対処は難しいと思う。特にお互い接近戦なんだから、それだけ一瞬の判断が必要になるわけだしね。あのリートハルト、はその一瞬を潰していたよ。仕方ない」
『私も同意見です。あれは相手がすごかった、ということですね』
「私はよくわからないですけど、クレアさんは頑張ったと思いますよ」
「そう、かな?そうだといいけど……」
クレアはリベルたちのフォローに苦笑する。
「でも、負けちゃったわけだし」
「それもまた仕方ない。そして、また頑張る。そういうことでしょ?」
「え……」
クレアはリベルの言葉に、驚いた表情をする。
「負けたのは事実だから仕方ない。そうなったら、あとは頑張る。これだけでしょ。違う?」
「違ってはいないけど……。でも」
「無理があるかもね。それくらい僕だって十分わかってる。だからこそ、意識することで頑張ろうと思わないといけないんじゃないのかな?まぁ、外野だから言えることだけど」
「……なるほどね。こういうのがリベルらしい、か。よくわかるね」
「何に納得しているのかはよくわからないけど……別にいいか」
周りの人が次々に納得していくリベルらしさというものに、リベル自身は疑問なのだが、そこは考えても仕方のないことだと割り切っている。
「僕が言うのもなんだけど、クレアだってまだまだこれからでしょ。頑張ることこそ、必要だと思うけどね」
「そうだね。まったく……自分でもわかってたはずなんだけどなぁ。改めて思い知らされたっていう感じかな。ありがとう」
そう言って笑顔を浮かべるクレアは、満面の笑みだった。
その姿にうっすらとリベルには、本来の赤髪に赤目のクレア=シュリンケルが浮かんだ。
別に変身の魔法が解けているわけではなく、ただのリベルのイメージだ。
それが見えると、リベルはなぜかドキッとした。
「あ、うん。どういたしまして」
そのため、自分でもぎこちないものだと思ってしまうほどの返事になった。
意識することで、頑張ろうと思わないといけないんじゃないのかな?
本当に、リベルの言葉がブーメランで自分に返ってきます。
これを執筆直後、すこし胸が痛い。