第140話 開いた実力差
鳥人は今の状態はまずいと判断し、すぐさま距離をとった。
いつものクレアなら逃げる相手に追い打ちをかけるところだが、今は自分のことに驚いていて、いつも通りのことができるほど冷静ではなかった。
そして、お互い一呼吸を置くことができた。
急に動きを止めた二人に、観客はざわめくが、それは仕方のないこと。
二人ともクレアの今の実力の再確認をしなくてはならないからだ。
鳥人としては、クレアが隠していた実力を出したと考えるだろうが、クレアはまったく意味がわからないと言った様子だ。
急に力が上がったことが不思議で仕方ない。
実際には、急に力が上がるのは初めてではなく、力が上がるのを実感するのが初めてなのだ。
だからこそ、クレアの困惑は大きい。
(一体、これはどういうこと?どうしてか、私に力が増した。今までも土壇場で何かしら力が上がることはあったけど、ここまでのはなかった。しかも、その力がどうにも体に馴染んでいる気がする。どこにも違和感がない)
普通は急激に力を付けると、それに体がついて行かないことが多々あるが、クレアの場合はそれがない。
それも当然で、いくら急激に力が増したと言っても、それはあくまで基礎的な部分の力が増したということ。一度壊れた体が修復されて強くなれば、そこに着いて行かないということは起こらない。
その壊れたという所がキモなのだが、それをクレアはわかっていない。
(この訳を聞いたら、誰か教えてくれるかな?)
そんな風に考えるクレアだが、すぐに気を取り直す。
体の方に違和感はないのだから、やろうと思えばすぐにその力を使いこなすことができる。要は新しい力を身に着けたのではなく、今まで持っていた力が底上げされたということなのだろう。
それなら、クレアでも制御可能だ。
そして、いまだなお鳥人の方の困惑が抜けきっていないのなら、それはもはや勝機。それを逃す手は、クレアにはなかった。
「ふっ!」
息を吐き出して一気に鳥人へと迫るクレアは、低い体勢から剣先を後ろに引き、その後一気に振り上げる。
その圧倒的な加速に目が追い付かなかった鳥人は、咄嗟に上体を反らすも眼前を一閃が通り抜けたのがわかった。
しかし、それは見えない。見えるのは、ただ振り上げられたクレアの剣だけ。
鳥人は再びバックステップで距離をとろうとするが、自分の力を自覚したクレアがそれを逃すはずがない。
「何!?」
鳥人が下がるよりも早く背中側に回り込み、その剣で無防備な背中を打ち付けた。
鳥人は反射的に背中の翼でガードしようとする。
鳥人にとって、翼とは種族の誇りとも言えるものだが、それ故にその翼は他の肉体よりも強靭に作られている。
だからこそ、鳥人は防御に使ったのだが、それは鳥人としての誇りを汚すことになりかねない。つまり、クレアの迫力が、鳥人に何が何でも防御しなくてはならないと感じさせたのだ。
「ぐはっ!」
鳥人の防御の翼に、クレアは剣を打ち付けると、鳥人は紙のように吹き飛ばされた。地面を何度も転がっていく様は、最初のクレアが鳥人から攻撃を受けた時と似たようなものだった。どちらも咄嗟に防御したという面でも同じだ。
それは傍目にはやり返しているように見え、観客たちはそれにも沸いた。
しかし、フィールド上の二人には、今は観客の騒ぎように付き合っている暇はない。
「予想以上に耐えるんだね。これでも結構強めにやったと思ったんだけど……」
鳥人が体を起こす姿を見て、クレアはぼそりとつぶやく。
だが、鳥人の姿は耐えた、というよりも、何とか凌いだとも言えるような姿だった。
防御に使った両方の翼は力なく折れ、体も転がった反動でボロボロ。クレアの一撃の強さがどれほどだったのかを感じさせる。
「そちらこそ、先ほどと動きが全く違う。力を温存していたのか?」
「そういうことではないんだけど……何だか、自分でもよくわからない内に強くなってたんだよね」
「何だと?そんなことが……」
「これが実際にあるんだよね。あなたの目の前に」
クレアはそう言って、剣の切っ先を鳥人へと向ける。
「棄権する気はない?悪いけど、今の私は、力の出し方はわかるんだけど、加減の仕方がいまいちよくわからないから、もしかしたら大怪我をするかもしれない」
クレアの言葉に、鳥人は苦笑いする。
「もうすでに大怪我なんだが」
「あ、それもそうか。えっと、じゃあ、もっと大怪我になっちゃうかも」
「それは勘弁だな」
鳥人は、満身創痍とも言える姿で、再び構えをとる。
その構えは、徒手空拳に詳しくないクレアでも何となくわかる構えで、それは攻めの構えだった。
今さっき圧倒的な力でボコボコにされたにもかかわらず、それを防御しようとはせず、逆に攻撃へと転じようというのだ。
そこに恐怖がないわけがないはずなのだが、それでもなお鳥人は責めるということなのだろう。
「本当に」
それでいいのか、と言おうとしたが、クレアはそこで口を閉じた。
これ以上言うのは、鳥人の覚悟を侮辱することに他ならないということを、クレアはわかったのだ。鳥人自身が納得してそれを選んでいるのなら、クレアがそれを止める理由はない。
それに、この試合はほとんど勝負が決まったようなものだが、それでもほとんど決まっているだけだ。確実に決まっているわけではない。
ならばこそ、ここで油断しては、負けることになりかねない。
いくら今の実力はクレアの方が上だとしても、実力が上のものが絶対に勝つなどということはあり得ない。それでは世界が面白くない。
弱い方が強い方をくらう。
それがあるからこそ世界は面白いのだし、だからこそ観客もそれを期待する。
なら、クレアはここで相手を気遣うような言葉を放つことは、絶対にしてはならないのだとわかる。
言葉をかけることは侮辱になり、さらに自分が油断していることの証明になる。
この二つで、クレアが口をつむぐ理由としては十分だ。
「いや、何でもない。なら、次で決めようか」
クレアは鳥人が、次で決めに来ているのだということがわかった。
長引いても自分が不利になるだけだということを鳥人もわかっているために、ここで耐えることは無意味。
なら、次の一撃に持てる力の全てをかけて、そして挑むしかない。
その意図をクレアも理解した。
だからこそ、ここで決めることをクレアも言う。
それはなぜか。
ただ一つ。
ここで逃げるのは、クレアの性に合わないから。
それだけなのだ。
ここは大武闘大会という、いわば祭りだ。引き下がらない理由は、それだけで事足りる。
「……ふうー……」
クレアは息を吐き出して、構える。
それは鳥人と同じように攻めの構え。
二人の間に緊張感が漂う。
それを感じたのか、観客たちもその一瞬を見逃すまいと、声がだんだんと引いていく。
そして無音。
その中でどれだけ時間が経っただろうか。
それを数えることもできないほどの息苦しさの中で、示し合わせるでもなく、両者は同時に動いた。
お互いが、相手へと一直線に駆けて行って、そして一撃を加える。
お互いが、ただ相手を倒し、自分が勝つためだけにその全力を尽くす。その姿はとても美しい。
これこそ、大武闘大会として、正しい姿だ。
この場の観客のほとんどがそう感じただろう。
だが、フィールドの二人にはそんなことは関係ない。
勝負は一瞬で着く。
お互いの距離が一瞬で近づいて行き、両者とも常人では死人不可能な速度で攻撃を繰り出し、そして脇を通り過ぎる。
その後、数秒の静寂の後、片方がゆったりと倒れた。
バタリ……。
それは静寂の会場には大きく響く。
そしてそれに気付いた審判がはっとして、決着がついたことに気が付いた。
「勝者、リートハルト!」
薄れゆく意識の中で、クレアは鳥人の名前、リートハルトをしっかりと記憶に刻んだ。
次に戦う時は、勝つために。
…………クレアが負けましたね。
でも、最初からクレアは決勝には残らない予定でした。
クレアVSグレンを予想していた方、予想通りにならなくて済みません。
たぶん、いつかやります。やると思います。
きっと……。(未定)