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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第13話 信じているから。

 クレアたちは、目の前の化け物に対しての認識を改めなくてはならなかった。

 この計画が始まる前から警戒はしていたし、油断していたつもりはなかった。なにせ世界の敵である悪魔の竜なのだから、苦戦は免れないことは覚悟していた。

 しかし、これほどとは、明らかにクレアたちの予想をはるかに上回っていた。

 一週間かけて立てた計画がすべて馬鹿らしく思えるほどの、絶対的な暴力。

 クレアは自身の剣に魔力を注ぎ込んで攻撃力を上げて切り付け、シリウスはその大きな両手剣で力に物を言わせた攻撃を繰り返し、アスティリアは二人が戦いやすいように槍で牽制を入れながら近距離で援護、ラインヴォルトは全員のスペックを底上げする支援魔法をかけ続け、時々アグニに妨害魔法を仕掛ける。

 それが当初の計画だった。

 各々が全力を出して攻撃をし、この攻撃は一国の軍隊に匹敵するような攻撃力は持っているはずだ。

 持っているはずなのに。


 グアァァァァ!!!!!!


「くっ、やはり、硬い!」

「そうねぇ、ちょっと困っちゃうわねぇ」

「お前たち、ぼやいている暇があったら手を休めるな!」


 アグニは先ほどから威嚇の叫びしかしてこない。

 それは最初にリベルたちを吹き飛ばした攻撃だが、今戦っている人たちにとっては大した威力はない。それではもはや、攻撃とは言えない。

 クレアたちにとって唯一攻撃と呼べるものだったのは、リベルたちを吹き飛ばした後に、残ったクレアたち勇者と隊長三人以外の兵士を焼き殺した、一筋の炎だけだ。

 その時、アグニは叫びを出した時と同じように上体を反らしたが、違ったのは口の端から何か炎が漏れていたことだ。

 それにいち早く気付いたシリウスが全員に指示を出して退避するように言ったが、その場で行動できたのは、今残っている四人だけで、他の兵士は全滅した。

 アグニが口から噴き出した炎は、大地を焼き、火口から噴き出ていた溶岩すらも飲み込み、斜め上へと放たれたそれは轟音とともに遥か空へと消えていった。

 ちなみに、飛ばされても何とか火口の中には落ちなかったリベルは、ギリギリそのブレスには当たらず、幸運なことに皮膚の出ていた顔や手に火傷を負っただけだった。

 このような状況に投げ込まれたこと自体が、幸運とは言い難いかもしれないが。

 その火傷はラインヴォルトがすぐに治し、他の三人はアグニへの攻撃を開始したが、状況は芳しくはない。

 先ほどからずっと攻撃を仕掛けてはいても、アグニは攻撃をしてこない。

 するとしても、精々は体にたかるハエを払うように軽い様子だが、そのくせ威力は桁違いだった。

 アグニに相対している四人全員がこのアグニに対して共通の認識を持っていた。


 自分たちは遊ばれている、と。


 そもそも倒せるかどうかの話以前に、この竜に本気を出させるところまで追いつめられるのか、という疑問が浮かんでいた。

 先代の勇者は仲間を逃がして、たった一人でアグニが自爆するまで追いつめたというのだが、それを元にして考えると、先代の勇者が規格外なのか、このアグニが以前より強くなっているのかはわからなかったが、このままでは全滅は免れない。

 かといって逃げようとすればアグニの餌食になるだけで、進んでも地獄、引いても地獄という袋小路に閉じ込められてしまった。


「シリウスさん、これ、このままじゃまずいんじゃないんですか?」

「わかっている!だが、このまま続けるしかないだろ!他に何か思いつくか!」

「それは厳しいわよねぇ。そろそろ頭が働きにくくなってきたしねぇ」


 接近して戦う三人は、アグニの恐怖を最も間近で味わっている。

 誰よりもこの先の希望が見えてきていない。

 どうすれば勝てるのか、どうすれば生きて帰れるのか。

 おそらく、このまま逃げて帰っても責められかもしれない。

 なぜ、そのまま帰ってきたのか。何のための軍隊だ、勇者だ、と。

 しかし、アグニのスペックが予想以上で、王国最強のチームで挑んでも無理だったのなら、どうやっても無理なのだ。

 そうなってしまえば、アグニが人々を襲って国は滅んでしまうかもしれない。

 このアグニはもはや天災と変わらないのだ。

 災厄と言われるがゆえに、人の力ではどうやっても抗いきることなどできはしないのだ、と現実を思い知らされる。

 本気を出してすらいないアグニに苦戦するようでは、倒すことなどもってのほか。

 シリウスも強気な姿勢を見せてはいるが、すでに心はズタズタだった。


 もう諦めてしまおうか。


 ここまで頑張ったことに甘え、これ以上無理をするのが辛く、馬鹿らしくなってきてしまった。

 牽制をするアスティリアも、後ろで援護するラインヴォルトも、同じような表情をしている。

 シリウスも他の全員も動き続けるが、どうにも機械的で、心がついて行っていなかった。

 もう、限界だった。


 たった一人を除いては。


「うおぉぉぉぉおお!!!!」


 声をあげながら剣を振りかぶった勇者は、己の刃に心を乗せて、アグニの硬い鱗へと切り付ける。


「せいやぁぁぁ!!!!」


 型も何もないただ全力で剣を振り下ろすだけの無防備不格好な振りだが、その剣に込められる魔力は今までの比ではなく、膨大な魔力を纏った剣は、今まで傷を付けることのできなかった鱗を打ち、そして、切り裂いた。


 ギガァァァァアアアア!!!!!!


 クレアの付けた傷は深く、ここまで傷一つついてこなかった鱗が切り裂かれ、中の肉にまで届き、その傷口から鮮血を噴出した。

 場所はアグニの左前脚。

 竜という超巨大生物にしてみれば精々ちょっとした切り傷程度の傷だが、予想外の一撃で、アグニはたまらず叫び声をあげた。

 いくら悪魔の竜でも災厄でも、傷一つつかないなんてことはない。

 そのことに安堵したクレアだったが、次の瞬間に振るわれたアグニの左腕によって吹き飛ばされた。


「あぐっ!!?」


 その腕はクレアの腹を打ち、吹き飛ばされたクレアは何度も地面をバウンドしていき、アグニから大きく離されてしまう。リベルが受け止めてくれたことで、何とか止まった。


「かはっ、かはっ……」


 咄嗟に防御魔法である程度の力は殺したとはいえ、それでも完全には防御しきれず、生身で受けたら即死確定と思われるほどだった。

 今クレアがこうして意識を保っていられるのは、ひとえに今着ている鎧のおかげだった。

 今まで鎧は、着けているだけで面倒で邪魔な代物と思っていたが、この時初めてクレアは鎧を作ってくれた鍛冶屋に感謝していた。

 しかし、直後、クレアは口から鮮血を噴出した。アグニの攻撃は防御魔法でも鎧でも防ぎきれず、クレアの内臓にまでダメージを与えていた。

 クレアを抱えているリベルは困惑したが、ラインヴォルトはすぐさまクレアの治療を始める。


「クレアっ!?」

「大丈夫!?」


 シリウスとアスティリアが駆け寄ろうとするが、クレアはそれを手で止めた。

 そして言う。


「私たちは確かに、あの化け物より弱いかもしれない!でも、何もできないわけじゃない!こうして私の刃は届いた!確実に!それがたとえ小さくとも、この後も積み重ねていけば、諦めなければ、きっと何かが見えてくる!私たちは、それを掴むんだ!」


 クレアは伸ばしていた手をぎゅっと握りしめて、そう叫んだ。

 その声を聞いて、三人とも自らを恥じた。

 自分たちよりも若い一人の少女が、絶望を前にしてここまで言っている。

 それに対して、自分たちはなんだ、と。先に諦めて、こんな若い少女を一人で戦わせるのか、と。

 クレアはアグニの力がわかっていないわけじゃない。他の三人と同じように、理解しているし、恐怖もしている。

 それでも諦めないのは、勇者だからか。

 否。そんな理由ではない。

 ただ一つ。


 信じているから。


 どれだけ絶望的な状況でも、クレアは信じているのだ。

 だから諦めないし、負けを認めない。

 そのことがわかり、三人はこの状況で笑みを浮かべた。

 声は出さない。

 出さなくてもわかっていた。

 シリウスとアスティリアは武器を強く握りしめて向き直る。

 ラインヴォルトはクレアが自分でも回復魔法を使おうとするのを止め、ラインヴォルトの力だけでクレアを治療する。

 それぞれ、迷っていた道から元に戻ろうとしている。

 一つの旗を目指して。

 三人はお互い頷き合い、各々の役割を果たす。

 そして、アグニは、鋭い視線をクレアへと向けていた。

アグニ討伐、予想よりも長くなる予感です。

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