第132話 開会式
観客の注目を浴びるその王の名前は、リベルでも知っていた。
獣王と呼ばれるレグリウス=ラスカンだ。獣人族最強の異名を持つその人は、その大きな体格でどっしりと佇んでいた。
(そう言えば、獣人族は獣王、魔族は魔王。じゃあ、人間族の長は何て言うんだろう?わからん……)
と、リベルがどうでも良いことを本気で考えていると、レグリウスがマイクを手に取り、話始める。
「諸君、此度はこの大武闘大会に集まってもらったことを感謝する。我は獣王、レグリウス=ラスカンである。此度の祝い事は、皆も知っていると思うが奴隷から解放された同志たちのために催された祝い事である。そして、その内の一つがこの大武闘大会。この大会は、事前に登録に来た者の中から選び抜かれた猛者たち、計十六名によって行われる大会である」
獣王の言葉に、リベルは心臓が飛び出そうになるくらいに驚いた。
(数は少ないって聞いていたけど、まさか十六人なんて……。相当な数、数百以上の人が希望に行っていてもおかしくはないはずなのに、そこからたったの十六人に絞られるなんて……。これは、相当頑張ってやらないと、いくらグレンでも厳しいかな?)
リベルはグレンに関してだけ考察する。クレアの方もできれば考察したかったところなのだが、生憎とリベルはクレアがどれほどなのかをまだ詳しくはわかっていないので、自分の心の中での勝手な推論でも、半端な考えはしたくなかった。
ただ、勝ってほしいとは思っているが。
「その十六名とは、この者たちだ」
獣王の声で一瞬演出が派手になり、闘技場の四方から四人ずつ参加選手が入場してきた。
それを興奮気味に観客たちは見るが、すぐに困惑の雰囲気が当たりに広がっていった。
そして、その理由はすぐにリベルにもわかった。
なにせ一目瞭然なのである。
「おい、女が参加してるぜ」
「まじか、あり得ねぇだろ」
「これ本当に審査したのかよ。おれでもダメだったのに」
「ここに出てるってことは通ったんだろ?」
「だが、そんなことよりも、あの子かわいいな」
「そうだな。お近づきにはなりたいが……」
「何だよ、勇気ねぇのかよ」
「うるせぇ」
とまぁ、こんな風に観客たちは、十六人の中でたった一人の女性参加者であるクレアに注目していた。
こういう大会に女性が参加しづらいというのは、リベルも納得できる。
実際のところ、戦いに関しては、とくに魔法を使えない獣人族同士の戦いでは、どうやっても肉体的に有利な男性の方が強いとされる。
そして、それは事実で、普通は力勝負に持ち込まれてしまうために女性が男性に勝つのは難しい。だからこそ大会に女性は参加しづらいし、今回のように審査というので落とされる。落とされるはずなのだが、それでもクレアは残っている。
これがどういう意味を持つのか、観客たちはすぐに理解できた。
つまり、クレアはそこら辺の男性よりは十分に強いということだ。
それがわかってか、歓声を上げる者と、押し黙ってしまう者で観客が割れている中、闘技場の中心に参加者が整列した。
それを見て、レグリウスが再び話し始める。
「今ここにいる十六名で、この大武闘大会で戦ってもらう。勝負形式はいたってシンプル。それはトーナメントだ。事前に参加者にはくじ引きをしてもらっている。それを元にして対戦表が組まれ、最後まで勝ち抜けば優勝だ。全部で十六名だから、四回勝てば優勝だな。優勝者には、我が王宮へと招待させてもらおう」
優勝賞品を口にしたところで、観客がまた沸いた。
リベルの周囲でも喚き散らして歓声を上げているが、残念ながらリベルはそんなテンションではないので黙ったまま。
ただ、今のこの観客が喚き散らしている状況というものが新鮮で、そしてとても面白く楽しいと思えた。
そうすると、自然と笑みがこぼれてしまう。
「ふふっ……」
その笑いをアンナが見ていて、そのままじっと笑顔でリベルの方を見ていることに気付いたリベルは、気まずくなって闘技場の方へ意識を向けた。
反対側ではソフィーも自分の方を見ていることは気付いていたが、リベルは気にしないようにした。
「参加者の諸君、我は此度の大会に諸君らが参加してくれたことを嬉しく思う。また、それ以外にも参加を希望してくれたものにもまた感謝しよう。誰もが腕を試そうと、己の力を見せつけようとここに集っていることだろう。そして、その最たるものこそが優勝というただ一つの頂に立つことを許される。そのことをわかってもらいたい。生半可な戦いも、納得のいかない戦いも、くだらない戦いも、そのすべてがいらん!ただただ強くあり、そのために戦い、そして己が真の強さをつかみ取ってこそ強者たる資格がある!ゆえに、我は参加者の諸君に望む!この大会でもって、己の全てを出し切、そしてその先にある頂へと至ってもらいたい!以上だ!」
それと同時に、観客からはここまでで特大の歓声が飛び出た。
それは獣王のあいさつへの歓声というよりも、どちらかと言うとこれから始まる大会に向けての興奮なのだろうと思う。おそらく、獣王もそれがわかっていることだろう。
ただ、後半少しずつボルテージが上がっているのがわかっていたので、こうして開会式に駆り出されて話をしなくてはならない立場であっても、やはり戦いが待ち遠しいのだろう。
リベルは獣王の急いた気持ちが、そのまま観客へと飛び火し、いい方向へと向かっていったのではないかと思えた。
(あれが、獣人族最強、ね。グレンとどっちが強いのかな?今はともかく、制限を解除した状態なら、いい勝負ができるのかな?僕が獣王の強さをまじかに走らないからこそだと思うけど、しかも身内贔屓というのもあるけど、それでもやっぱり、僕はグレンの方が強いと思えるかな。機体的な成分も含めてね……)
そう思いながらレグリウスを分析するリベルの周りでは、もうお互いがお互いで興奮を向上させ合っているかのように、その歓声が増していく。
その様子を、リベルは耳が痛くなりそうな歓声を聞く。これこそ会場が揺れるとでも言うのか、というほどで、リベルの鼓膜を叩く音はかつてないほどだった。
しかも、これがまだ始まったばかりで、大会が進んでいくにつれてさらに大きくなっていくのだろうと思うと、その時の歓声は本当に耳が痛くなるかもしれないとリベルは思った。
しかし、それでもリベルの表情は、歓声を不愉快とは思っていなかった。
思えるはずがなかった。この歓声は、とても激しいものであると同時に、とても勇ましく、とても暖かい感性なのだから。これを聞いてリベルは悪い気分になるとは自分でも全く思えなかった。それ以上に、リベルはこの歓声に、リベルらしくなくにやにやが止まらなかった。
まるで面白いものを見つけたかのような。いや。実際に面白く、この雰囲気に当てられているということなのだろう。
リベルが横を見てみると、アンナも他の観客と同様に叫んでいる。
その姿は本当にいいものだった。
それでまた、リベルは笑みを止められない。
(これが、大会中ずっとか……。みんな、よくそれで体力が持つな。興奮状態になって、疲れとかを感じなくなってるのか?あ、いや、違うな。人間は興奮所帯になると、疲れを気持ちいいものと判断して、さらに発散したくなるんだったかな。それでやりすぎて潰れるなんてことが起きるかもなぁ~。まぁ、盛り上がってるのなら僕にはそういう人たちのことはどうでもいいけどね)
そう思って、リベルは闘技場にいる十六人のうちの二人を視界に収める。
どちらも緊張はしているようだが、変に体が固まっているというようなことはないようだ。
リベルも、さすがにこの二人にそんなことは起こりえないだろうと最初からわかっていた。だから、そこまで心配はしていない。
それでも、エールは送る。
(二人とも、頑張ってね)
無言で、ただ祈るように。