第131話 浮かれる観客
ルヴィに会ってからは特に何かが起こるでもなく、リベルたちは普通に観光気分、グレンたちは大武闘大会に備えての訓練という流れができていた。
そこに特別なことはなく当たり前のように過ぎていくことに、リベルはここまでの旅で初めて安らぎに近いものを得られていた。
こうやっていつも通りの日々を過ごすのは、目まぐるしく変わっていく日々を過ごしている中でたまにあると、そのありがたみというものを実感できた。
まるで日常の一コマのような生活が過ぎていく中で、リベルたちはじっくりと町を堪能し、昨日には大武闘大会に気持ちが向いていた。
グレンとクレアは何だか興奮気味だったが、リベルはそれをとやかく言うことはなく、ずっと押し黙っていた。実を言うと、リベルはそんな風にしていつも通りを振る舞っていても、心の中では少なからず興奮していたのだ。それを悟られまいとしての行動だ。
特にグレンには、以前のアグニ討伐の祭りに興味を示さなかったこともあり、リベルは少し気恥ずかしいのだ。もっとも、そのくらいの考えはグレンには意味がなく、あっさりと看破はされるのだが、ここはリベルのために一応黙って何も言わなかった。
そして今日となり、獣人族たちが待ちに待った大武闘大会が行われることとなったのだ。
場所は王宮の近くにある闘技場。聞いた話によるとこの国で一番大きな闘技場らしく、大きなイベントはたいていそこで行われるということだ。そこの使用には王族の認可も必要ということで、なかなか中で見ることができないらしい。
そのせいもあってか、イベントごとがあると毎回多くの観客が詰めかけ、巨大な闘技場で収容人数が多いにもかかわらず、立ち見の観客が大勢現れ、さらには外にあぶれてしまう人もたくさんいるとか。そうなったら本当に悲しいことだな、とリベルは人後のように同情はしていた。
ちなみに、出場者の関係者という扱いで普通よりはいい席をとることができるようで、リベルとアンナは闘技場の席の前の方に座ることができた。ソフィーはいつものように宙に浮いてみる、と思っていたのだが、予想外にソフィーはそこまで上空には上がらずに、リベルたちとほとんど同じような目線で位置していた。
具体的に言うと、リベルの顔の横で寝っ転がっているのだ。もちろん空中で。
実際の人であったら確実に後ろの観客の迷惑なのだが、やはりここでも幽霊の便利さというものが現れていることにリベルは戦慄した。
他の人の邪魔になっていないのならそれでいいか、と自分で納得し、リベルはもうすぐ開会式が行われる闘技場へと目を向けていた。
ここでグレンとクレアが戦い、そしてそれをリベルが見物する。しかも、その戦いが殺し合いではなく娯楽の範疇であると考えると、少し面白く思える部分はあった。
何となく、傍観している自分が滑稽に思えてしまった。冷静に考えてみると滑稽などではなく、一観客なのだが、それでも一度思ってしまったものは仕方がなかった。
やはり滑稽に思えてしまう。
ただ、一度戦いが始まってそれにのめりこめば、そんな考えはすぐに吹き飛んでしまうのだろうと思えた。
考え方を変えてみると、この大会では今までのように命がけの戦いとは違って、少しは安心してみることができる分、グレンとクレアの力量というのがどういうものなのかを見る絶好の機会なのでは、とも考えられた。
これも上から目線ではあるが、そう考えると、滑稽というのもそれでいいのかもしれないと思えた。
アンナは闘技場というその場の雰囲気に感動しているようで、あちらこちらを見渡しながら目を輝かせていた。確かにこういう人が一つの熱気を放っているという状況は、なかなかお目にかかることのできないものだ。
存分に雰囲気を楽しめればいいな、とリベルが思っていると、ソフィーが話しかけてきた。
『何だか、浮かれてますね』
リベルがちらりとその顔を見ると、どこか冷めたような様子で闘技場を見つめていた。
その姿に一瞬ぞくりと背筋が凍るような感覚があったが、すぐに気を取り直し、ソフィーへは視線を向けずに答える。
(何か、気に食わないかな、これ?僕はそこまで嫌いにはなれないけど)
『私も、別にこの大会が嫌いだとか言っているんじゃないですよ。祭りっていうのは、別にやってもいいですし。それに私は元国王ですよ。その時に様々な行事を行いました。否定するつもりは毛頭ありませんよ』
(ふーん、まぁ、別にいいけどさ)
祭りに対するテンションなんて人それぞれなのは決まり切っていること。
それならわざわざ人に対して何かを言う必要性をリベルは感じなかった。ソフィーの態度が他の人に迷惑がかかるものならともかくとして、それは絶対にないことは当然だ。
なら、リベルに彼女に何かを言う気は起きない。
ただ、相当人の方は別のようで、追及してこないことに肩透かしを食らったようだ。
『あれ、何も言わないんですね?少しくらい反論を言うものと思っていましたけど』
(別にいいよ。僕はそこまで他人のために何かをする気はないから)
『何だか話が大きくなっていますけど、まぁ、良いです』
ソフィーはそこでため息を吐いた。
普通のため息なのだが、何分リベルの顔の真横でやっているので、そのため息が普通よりも大きく聞こえ、リベルは何だか無視できなかった。
(じゃあ、僕に何か聞いてほしかった?例えば、どうして浮かれているのに否定的なのか)
『良い手の平返しですね』
(誉め言葉になっていないような気がする)
ソフィーは人々が浮かれることを否定した。
そしてあくまで大会をすること自体は否定しなかった。
結局のところ、大会を否定していないと見せかけて、大会に熱狂する人を否定すれば、それは結果的に大会を否定することになるのだが。
その辺のことをわかって言っているのだとしたら、ソフィーは相当に面倒な言い方をしている。まるでリベルのように。
リベルは、こんなので本当に国王なんて努められたのかと不安になった。
『問題ないですよ。周りには支えてくれる人がいましたから』
(あれ、聞こえてた?)
『聞こえますよ。今思考を切っていなかったので、こっちに駄々洩れです』
どうやらリベルの考えは普通にソフィーに聞こえていたようだ。
そしてその返しが少し強めに言っているのは、リベルは気にしないことにした。人の些細な変化は気にしていては切りがないとして。
『まぁ、それ位ならいいですけど……。それで、浮かれていること、でしたよね』
(まぁ、そうだけど、なんだか予想がついちゃったんだよね)
『でしょうね。普通に関わっていますからね』
(その反応だと、僕の予想通りな気がするんだけど……)
最近関わったことと言えば、本当に一つくらいしかない。
『エクリア王国、ですね』
(何だか国って面倒なんだね。改めてそこを治める人ってのはすごいよ)
『一応私も元国王ですが……』
ソフィーが期待を込めた表情でリベルを見つめるが、これをリベルは一瞥するだけにとどめた。
(あ、うん。そうだね)
『何か雑です』
(…………そのエクリア王国だけど、人質がいなくなれば、普通は反撃するよね)
『スルーしましたね。まぁ、いいですけど。……そうですね、普通はそうです。というか、そうしなければ示しがつかないというものです。やはりそこは一国を治める王としては、民の期待には応えるべきだと思いますよ。なにせ、民があってこその王ですから』
(それはそうだけどさ……そこは先を見据えた平和的な解決とかはできなかったりするのかな?あ、無理だな)
『こっちが答える前に、自分で結論を出さないでください』
ソフィーの文句に、リベルは苦笑いする。
リベルとしては、やってしまったものはしょうがないということだ。こういう普通の会話では、そういうアクシデントほどではない誤差は起きておかないとつまらない。
もっとも、今後の国についての会話が普通の会話と言えるかどうかは意見がわかれるところだが。
『まぁ、そうですね。リベルは自分で納得してますが、本当に人にはプライドがありますからね。いくら何でも平和的に解決するのは難しいでしょうね。理由の一つとしては、それではわだかまりは決して解消されないということ。そしてもう一つは、無理矢理にでも押さえつけるのなら、力というわかりやすい形で押さえつけた方が納得しやすい』
(いかにも物騒だけどね。結局のところ、最初の頃に根付いた風習は、解消されるまでは相当な時間がかかるということかな?)
『それはわかり切っていることです。それでもその現状をただ受け入れるだけ、というのは理解はできても、納得はしがたいものですけど』
(生きていて考えを持っていれば、そういうことが普通になるよね。……あ、そろそろ始まるみたいだね)
闘技場で何やら演出が始まったことで、リベルはいよいよ開会式なのだとわかった。
それがわかってか、ソフィーも口をつむぐ。
アンナはその演出にいろいろと魅せられているようで、顔をあちらこちらに向けている。
それは普段はおとなしい子がこうして目をかがやせている姿を見るのは、非常に喜ばしかった。
『あ、誰か出てきましたよ』
ソフィーがそう言う誰かはリベルにも見えていた。目線の高さが大体同じなのだから、それも当然。
その人は闘技場の観客席の貴賓席から、立ちあがった。
茶髪で大柄な男。その姿は獅子とも言える王の風格のようなものがあった。
直観ではあるが、そう思えた。