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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第三章 獣人界へ
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第128話 上空からダイブ

 大武闘大会まであと三日という所まで来て、ラスカンの賑わいはリベルたちの想像を越えるほどにまで発展していた。もっとも、グレンとクレアは町中ではなく訓練場にいることから、今現在リベルたちが感じている人混みの密度をはかり知ることはできないだろう。できるとしたら、精々が想像するくらいだろう。

 まぁ、二人とも同情をしてくれるくらいには人間味あふれる心を持っているので、リベルたちは大して気にしていないが。

 というか、気にしていられないほどに人混みがきついというのがある。


「うぎゅー」

「アンナ、手を放さないでね」

「は、はいー」


 ここ最近、外に出る時は本当にリベルがアンナの手を握る頻度が高まり、今では大して抵抗を感じなくなっていた。

 もともと、あまりなかったが、それがさらになくなったと言うべきか。

 とはいえ、リベルの性格上そこまでぐいぐい行くということはなく、人ごみに飲まれないように手を握っておくという、最初の目的と同じようなものだった。

 ただ、そうして二人が手を繋いでいると、やはり二人は兄妹に見えることから、所々で声をかけられることはある。

 主に美少女の部類に入るであろうアンナの方に。そしてついでに兄扱いにリベルへ。

 まぁ、そのおかげで物を安くしてもらえることがあるのでついで扱いされても気にしないし、アンナもリベルを兄とするのに満更でもないようだった。

 もっとも、リベルがそれに気付いていないことに、上空から二人について行くソフィーがため息を吐くという構図になるわけだが。

 そして元に戻って、今はリベルとアンナは大通りを進んでいるのだが、これがもうアンナが押しつぶされるのではないかというくらいに人が密集していた。

 おそらく、この場面を獣人差別主義者が見ようものなら、発狂でもするんじゃないかというくらい。そんな奴の存在をリベルは疑問に思うことしかできないのだが、世の中にはやはり様々な人間がいるのだ。

 差別というほどにならなくても、人間族が獣人族を下に見る傾向があるのは、ここにもリベルは疑問を感じる。

 その理由は何か。

 聞かれれば、リベルはたった一言で答えられる。


『だって同じ人だから』


 これだけだ。

 だが、差別する側としてはこの考えが納得されないというのも事実である。そうなると、やはり認められないものをすぐに認めることは難しいのだろう。

 本当にそういう人間は滅んでしまえばいいのに、とまでは思わなくとも、リベルはせめてこの世界から消えてくれればいいのにとすら思う程度だ。

 ここで、滅ぶと消えるの違いについて。

 滅ぶというのは、言葉通り存在が死滅でもしてくれれば万々歳、ということだ。

 それに対して消えるというのは、今後一切世界の情報から外れて、誰にも知られずだれにも認識されなければオッケーということだ。

 どちらも人としては死ぬことと変わりないところは、リベル自身も認識していることだが。

 とはいえ、それはあくまでリベルの希望であり、全世界に適用できないというのはわかっている。

 所詮は、リベルの考えは全世界の生きている者に石の中のたった一つに過ぎないのだから、願望を持つことはあっても、それは自分勝手に実現することはない。結局のところ、どれだけ腐っても差別している側の人たちも生きていることに変わりはないのだから。


「ちょっと、脇に逸れようか」

「はい……」


 この人混みに飲まれてから、アンナの口数が減っていた。

 それも当然で、アンナの身長では人ごみに入ろうものなら、その体の全てが人の塊に覆われてしまうのだから、苦しいということはあるのだろう。本人は大丈夫だというが、さすがに長時間そんなことをさせるわけにもいかず、こうしてたびたび休憩を挟んでいる。


「はぁ、さすがに人が多い」

「で、ですね……。私、これほどとは思ってなくて……すみません」


 アンナがこうして謝っているのには、一応理由がある。リベルがそれをアンナのせいにすることはないのだが、それでもアンナなりの理由がある。

 今日も予定通り訓練に向かってグレンとクレアに対して、リベルたちはどうしようかということで、アンナがラスカンを、しかも王都フィールで観光がしたいと言ったのだ。

 昨日はあまり外に出ることがなかったことから、アンナは観光をしたいのだった。獣人族とは言え、アンナはラスカンをあまり知らない。

 そう考えると、観光というのは良いことかもしれないという話になり、リベルたちはこうして王都フィールまで来て、そして人ごみに飲まれていたのだ。

 まぁ、アンナとしてはリベルと一緒に出掛けたいという最大の理由があったわけだが、王都の観光という名目は、その理由を後押しする要因となっていた。

 そういう裏事情も含めて、こんな人混みで苦しい想いさせたことに、アンナは謝罪したのだった。


「そこは別に気にしなくていいよ。どちらかと言うと、僕よりもアンナの方が大変そうだよ」

「私は……大丈夫です……」

「あぁ、別に我慢する必要はないよ。むしろ、積極的に辛かったら辛いって言ってくれていいよ。そうなったら、上空でぷかぷか浮いているだけで楽しているどっかの誰かさんが、良いことをしてくれるかもしれないし」


 リベルはそう言いながら、いまだに上空で停滞しているソフィーを見上げた。というか、停滞というよりももはやくつろいでいる。

 それほどまでに上空は気分が良いのかとリベルが少し興味を持つくらいだった。

 その様子をアンナも見上げると、ソフィーは顔を引きつらせた。

 なにせ、リベルは見上げながらアンナには見えない確度で悪い笑みを浮かべているし、アンナはアンナでソフィーに尋ねるように純粋な表情をしている。

 前者はソフィーの弱いところを突き、後者はソフィーの正面からグーパンチで打ち砕きに来た。

 この二つが揃えば、もう逆らう気が起きなくなったソフィーは、深々とため息を吐いて、さらに上空に上がった。

 それは別に逃げるためではなく、アンナの王都観光の手助けとしてのガイド代わりだ。魔法は今ソフィーも無暗に使うことで気付かれるのに気を使っているので使えないが、幽霊としての性質は最大限に使うべきということだ。

 例えば、さっきまで自分がやっていたように、上空を漂って人ごみを避ける、とか。

 そんなソフィーが折れてくれたことで、リベルとアンナはお互いニコリとした。

 まぁ、その種類は、リベルはしてやったりという感じで、アンナの方は純粋にうれしそうだった。リベルとしては、自分のことながらアンナには自分みたいにずる賢くなるのではなく、このまま純粋に育ってくれることを願うばかりだ。

 もっとも、それが叶うかは別問題。


『わかりましたよー(棒読み)』


 本当にわかったのか気になるところだったが、ソフィーがアンナの笑顔に負けたために調べたのだ。嘘なわけはないと信じ、リベルたちはソフィーの言うルート通ることにした。

 ソフィーのことだから、その先の安全確認もしているだろうと予想し、リベルたちは安心してソフィーについて行く。

 幸いなことに、ソフィーの選んだルートは人があまり多いというわけではなく、楽に通れる範疇だった。しかも、王都の名所にも一応向かえるということで、良いことではあった。

 実際、リベルもアンナも、もう人ごみの洗礼は受けたので、これ以上は無理をして体調を崩しかねないことを察していた。

 もう、何だか宗教の人とかに申し訳ないところではあるが、リベルは幽霊さまさまだった。

 そして、しばらくソフィーのおかげで楽に進んでいると、リベルは自分の感覚にピンとくるものがあって、足を止めた。


『どうしました、リベル?』

「リベルさん?」


 二人が問いかけるが、リベルは意識を集中させていて、二人の声が聞こえていない。

 リベルが今感じているのは、探査魔法に何かがかかるのと同じような感覚だった。何か反応があるものが引っ掛かったような。

 今は探査魔法を使っていないことは確定なので、リベルとしてはこの感覚になるのに思い当たるのは一つだけあった。


「僕の魔力探知に、何かが引っ掛かった」


 そう。リベルの魔力探知が、奇妙な反応を捉えたのだ。

 リベルはこの魔力探知は別に魔法とかではないので、オンオフができないのが面倒に思っている。魔法でないのに魔法と同等以上の性能というのは、特に魔法使いなんかが知れば悔しがるところだが、今はそれは置いておいて、リベルの探知に魔力が引っ掛かったのだ。

 それはどこか他の者とは違う魔力だった。

 魔法というわけではない。感じからすると獣人族で、魔法が使えないことは確定だ。

 では、なぜリベルが感知できたのか。

 リベルの魔力探知は特に意識しなければ、個人の魔力の特定はしづらい。何かしらの魔法を使っていれば別だが、今回はそうではない。

 ならばなぜ個人の魔力が特定できたのか、リベル自身にも不思議だった。


『それは、グレンやクレアでなくてですか?』

「そうだよ。二人じゃない。二人は今も訓練場で訓練中。たぶん頑張ってるんじゃないかな?あのレベルになると僕が気安く言えることじゃないけど、たぶんそうだと思う」

「じゃあ、誰ですか?」

「誰だろうね。少し気になるから、僕ちょっと行ってくる」


 そう言うと、リベルは踵を返して反応を感じる方向へと走っていく。


「じゃあ、私も」

『この流れは私もよね。ていうか、私はまだそんなに距離を開けられないから、ほとんど必然なんだけど……』


 二人もリベルの後を追い掛ける。今の場所は人通りが多くないために、リベルの姿を追いやすい。これが先ほどとまではいかなくとも相当に混んでいる場所だったら、二人とも相当遅れてしまっていて、アンナはリベルを簡単に追うことはできなくなっていただろう。

 そうして追いかけていると、ソフィーはあることに気付いた。


『少しづつ人気がなくなってきてるわね』


 ぼそりと言うと、アンナも辺りを見渡して人が先ほどよりもさらに減っていることに気付いた。

 アンナは早くリベルに追い付かねばと思い、人の間をすり抜けるようにリベルを追いかけた。

 そしてリベルがある所で立ち止まると、そこにはほとんど人がいなかった。ここがフィールから外れているのかはわからないが、それでも王都近くであることは確かだ。それなのにここまでさびれている場所があることにリベルは少し驚いた。

 後から追いついてきた二人も見渡して、人があまりいないことに気付いたようだ。


『こんなところにリベルの気になる魔力の人がいるんですか?』


 明らかに面倒そうな表情をするソフィー。

 まぁ、リベルもうすうす嫌な予感はしていて、来なければ良かったかなと今更ながらに思うのだが、もう遅い。


「……っ、上か」


 リベルの言葉で三人が見上げると、すぐ近くの建物の屋上から、一人の獣人族が飛び降りてくるのが見えた。


「「『はっ!?』」」


 一斉に叫んだ三人。飛び降りてきた方も驚いたようだった。

 リベルはその獣人族を見上げるが、不意に太陽に光が目に入ってその姿を見失った。

 そして次の瞬間、ドサッ、という音を立ててリベルの体が押し倒された。


『リベル!?』

「リベルさん!?」


 二人で悲鳴に近い声を上げるが、リベルは大丈夫だという意思表示で、片手を上げる。

 そして徐々に戻って来た視界に、自分の上に跨る一人の女性が見えた。

 髪色は茶でアンナと同じ猫耳を持っている。そして、その服装は、この辺りのさびれた雰囲気には明らかに会わない、どうみても豪華な服装だった。

 見た感じでは、年齢はリベルよりも少し上に見えた。

 そして美女。

 その姿と今の状況にしばらく思考停止していたリベルは、女性の言葉ではっとした。


「あの、大丈夫ですか?」


 それに対して、リベルは心の中で突っ込んだ。


(そう思うのなら、今すぐそこをどいてほしいんだけど……)


 そう思いながら、リベルはそっとため息を吐いた。

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