第123話 大武闘大会へ
今回はいつもの倍近い量です。
他の方々が毎話これくらい、またはこれ以上執筆していると思うと、ただただ尊敬です。
少し遅めのお盆の特別量、という感じですかね。
「大武闘大会?」
全員で宿に戻った後、一回の食堂に全員で集まった時に、グレンが意を決したように話し出した。
その言葉に真っ先に反応したのはクレアだった。
「武闘ってことは、戦うってことで間違いない?」
身を乗り出してグレンに詰め寄るクレアの様子から、どれほど興味を持っているのかが容易に想像できた。勇者という戦闘者としての血がどうしてもうずくのだろう。
一方、ソフィーも戦えるという意味では同じだが、グレンとクレアとは別でそこまで戦闘というものに興味はなく、もちろんリベルとアンナはそもそも戦うこと自体があまり好きではない。
この場合の戦うとは、クレアの興味の示した武闘という意味であって、リベルはもっと大きな、相手と事を構えるという意味での戦うというのはあまり気にしない。エクリア王国でのナッシュとのことは、あれは例外中の例外だ。ナッシュ自身に聞きたいことがあったということと、戦力的な意味で、リベルが動くべきだったということの二つが理由だ。それでも前者の方が比率は高いわけだが。
リベルの事を構えるのは構わないが、敵と武力でもって戦うのは好まない心情は、不満を買うことが多いだろう。なにせ、肝心なところは人任せであると言える。それでもグレンたちがそんなリベルを否定しないのは、そんなリベルを認めているに他ならないのだが、その話はまた別で。
とにかく、グレンとクレアが興味を持っている大武闘大会。
どうやら、エクリア王国の崩壊による獣人族解放のお祝いを兼ねた催しものだそうだ。
リベルも思い出すと、町中で何度もその宣伝は見かけていた。
しかし、自分たちには関係のないことだろうと無視していたので、わざわざグレンが言ってきたことに驚いていた。
まぁ、リベルの一存でこの場の全てが決定するわけではないので、グレンがどんなことを思っていようとリベルはどうでもいいと思っているのだが、それでも驚くものは驚いた。
しかも、グレンはそれに参加すると言うのだ。またしても驚きの発言で、リベルはさすがに硬直してしまった。
そんな中でのクレアの興味津々な様子。これはまた頭の痛いことになりそうで、リベルは少し憂鬱になる所だった。
もっとも、ここでもリベルの自分の意見でこの場の全てを決定しないという心持ちから、自分はグレンの言うことに反対はしないのだろうと、リベルは自分で自分のことを諦めていた。
「それで、その大武闘大会? はいつ行われるの?」
「リベルにしては珍しく、積極的だな。お前ならこんな話は無視するところだろ?実際、お前はクレアとは違って興味なさそうだし」
勢いで身を乗り出したことを反省して座り直そうとしていたところに比較に出されたクレアは、少しビクリとしていた。
しかし、リベルとグレンにはそんなのはどうでもよく、これからする話も、結果から見ればどうでも良いことなのかもしれなかった。
ただ、それでも今その時の二人は、話すべきことなのだと思った。
リベルとしてはアンナのことでショックが抜けきらないうちに何かを起こすのは、あまり良いことではないと思っていたのが前提にある。
とはいえ、アンナは一度思い切り泣いていくらかすっきりとしたような顔をしているのは良いことだと思う。
今まで長いこと泣くことを許されなかったうえでの涙だ。そこには計り知れない価値があり、思いがあり、重みがある。
その直後と言ってもいい時にこれだ。リベルも少しは意見したくなる。
「それは、まぁ、興味がないと言えばないね。大体、僕が参加するように見える?ロクに戦えない僕が?」
「違いないな。それでも何か言いたいんだろ?わからなくもないが、ここで言わなきゃならないことでもあるしな。早いに越したことはないし、逆にこういうお祭りごとで気分が紛らわせられるということもあるんじゃないか?人ってのは、生まれてこの方、祭りには興味を惹かれることが多い」
「お前が言うと、説得力が増すんだよね。本当に面倒」
リベルがグレンの説得力に呆れ、ため息を吐いているところに、グレンの危機感知センサーが反応し、顔を汗が伝った。
「おい、ちょっと待て、リベル。お前、もしかして、本気で俺に勝ちに来てるか?」
グレンの言う勝つというのは、リベルが得意としている口八丁だった。それでグレンを言いくるめようというつもりなら、グレンはかなり焦る所だ。
普段ならともかく、グレンはそういう時のリベルの有無を言わさない雰囲気に苦手意識があり、勝てるイメージがわかない。
もしこんなところでリベルがそれを発揮して、リベルの言う楽しい暇つぶしでも始まろうものなら、グレンの言い出した大武闘大会は参加できなくなるかもしれなかった。
そうならないとしても、リベルはグレン自身を楽しみの出しにするという可能性もあるので、その面でもグレンはリベルに対して最大級に警戒するところである。
しかし、グレンのそんな考えは杞憂なのか、リベルは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにグレンの心情を察して、いきなり笑い出した。
まさか笑われるとは思っていなかったグレンを含め、その場の全員がリベルの行動に疑問符を浮かべた。
『リベル、どうしました?頭おかしくなりました?』
ソフィーのその言い様に、アンナはクスリ笑みを浮かべた。その様子を笑いながらも横目で見たリベルは、グレンの言った大武闘大会よりも明らかにこちらの方が優先順位は高いだろうと思えてしまった。
そこからしばらく笑い続け、いくらかして笑いを止めると、リベルは目の端の涙を拭った。ついでに笑い過ぎて痛くなったお腹もさすってようやく痛みが引いてくると、しばらくの間ポカンとしていた全員にさすがに申し訳なく思った。
「ごめんごめん、グレンが見当違いのことを言うものだから、つい、ね」
「見当違い?てことは、お前は俺に反対しないのか?」
「そうしてもよかったんだけど、まぁ、表情とか様子を見る限り、僕の杞憂かなって思ったんだよ」
その杞憂というのがアンナのことだというのに気付いたのは、その場にいるアンナ以外の面々だった。アンナはと言うと、少しぼうっとしていて会話にあまり注意を払っていないが、時々ソフィーの発言に笑みを浮かべたように反応してくれるので、リベルの言う通り気を使い過ぎる方が逆に悪いということもあった。
今回の大武闘大会もグレンの言う通りの祭りごとだ。気分転換という意味では、なかなかにいいものと思えなくもなかった。
ただ、アンナの問題がひとまず解決すると、今度はリベルは自分の事の方に注意が生き始めた。
もともと人混みがあまり得意ではないリベルには、そんな祭りごとは面倒なものの一つだ。実際、リベルはナルゼに住んでいて頃も、たびたびあったお祭りもことごとく参加しなかった。
それは疲れるだけだと思っていたのと、面倒だと思っていたの二つが要因だ。
そんなリベルが、さらに人ごみの密度が上がることが容易に想像できる祭りに参加するというのに、リベルは今更ながらに気が付いた。
参加と言っても、人ごみの中を歩いて楽しむだけのことなのだろうが、それがただ一つの問題と言えるのがリベル自身も嫌なところである。
リベルがちらりとアンナの方を見ると、アンナも視線に気付いたのかリベルを見上げ、視線が交わった。
アンナは小首をかしげて目線でリベルに「何ですか?」と問いかけると、リベルはしばらく押し黙って、そして諦めたように目を閉じて笑みを浮かべた。
アンナがそんなリベルにまた小首をかしげるが、リベルは微笑みかけることで返答とし、グレンに向き直った。
大体、最初から嫌だというつもりがなかったはずだし、アンナが大丈夫ならリベルが面倒だという理由だけで拒否するのは筋違いというものだ。
「別に、大武闘大会のことはいいよ。よく考えると、最初から僕の意見何て大して重要なものでもないし、ここ最近考えていたことと何だか無関係とは思えないし」
最後の方でにたりと少し性格の悪い笑みを浮かべたのには、グレンの苦手センサーがビンビンに反応していたが、それは理由としては言うべきことだろうと諦めた。
勝てない勝負に無謀に特攻をかますのは、今は良くない。それに、グレンとしても言っておくべきことだったので、リベルにその機会を作ってもらったという風に解釈すれば嫌な予感がしたが、ただのいい機会と思えばそれだけで良かった。
「……リベルの言う通り、ここ最近考えてたな。俺の今の力量について」
アンナは元よりそんなに会話には参加していないため良いのだが、、クレアはそのグレンの言った意味がわからなかった。
「リベルとソフィーは知っていると思うが、俺は本来の力を封印という形で押さえてる。今の俺の力は、全盛期の一割くらいという感じだ」
「え?本当に?それだけの力で……一割?」
案の定、クレアは混乱するばかりだった。
まぁ、このメンバーのほとんどがかなり規格外な部分がある面々が割合的に多いので、今さらという感じだが、これまでの道中でグレンの力量の高さに感心していたクレアには驚くべきことだった。
つまり、今まで感じたグレンの強さは全盛期の十分の一でしかなく、その十分の一の力でエクリア王国の強者たちと戦い、そして勝ったのだから。
「リベルとソフィーはそのことを知ってた。この二人は俺がどういう奴か知っているから、そのせいもあるがな」
「どんなやつ?グレンって、一体何者なの?」
「それは今は言えない。それは勘弁してくれ。信用の面では、リベルたちが信用してくれているということで勘弁してくれ」
「自分のことを信用しているってのを自分で言うなんてね。まぁ、その言葉に間違いはなく、僕は信用しているから、別にいいんだけど」
『私もその実力だけは信じています』
「おい、だけはやめてくれ。今は信用の話をしてるんだから、少しは俺の人格をだな……」
『まだであって数週間です。人格をどう信じろと?』
「いや、そこはリベルの記憶を見てるんだからさ」
『それとこれとは関係ありませんよ』
「いや、十分にー」
パンッ、パンッ。
二人の言い争いが本格的になりそうになったことをリベルは察し、そうなる前に手を打った。両手を叩いた音で二人の話を途切れさせると、リベルは二人にジト目を送った。
「二人とも、話がずれそう。今話してたのは、グレンがここ最近考えてたことでしょ?」
「あ、あぁ。そうだな」
『それではご自由に』
「なっ、そっちが勝手に」
「はいはい。そんなの僕にとってはどうでもいいから。僕以外でなくてもどうでもいいと思うから、そんな会話は今は必要ない。むしろ本題を見失う。はい、グレンどうぞ」
「流れ作業でもって来たな。まぁ、良いけど」
一息に言ってグレンにバトン戻してリベルは、さすがに苦しかったのか、深呼吸をしていた。
それを見てグレンは、やらなければいいのに、と内心で思って苦笑いしつつ、話を再開する。
「俺は今のこの力が十分の一だってことは言ったが、それでも何とかエクリア王国の連中には勝てた」
「それ自体が本当にあり得なんだけど……まぁ、いいか。いくら言っても仕方ないし」
「だが、戦っていて俺は何度か危ない時があった。それはその前も一緒だ。ここに来る前に黒蛇と戦った時も、リベルがいなければどうにかなっていた。俺ではどうしようもなかった」
「だったら、その封印を解除してしまえばいいでしょ。今が十分の一だっていうのなら、さらに引き出せばそれでいいんじゃ……」
クレアの言うことはもっともだ。しかし、そんなに単純でないからこそ、リベルは十分の一の力のまま苦戦したのだ。
いや、単純でないとは言い切れない。
単純であるがゆえに複雑、ということか。
「俺がさらにここから封印を解除するには、必要なことがある。それは大気中の魔力濃度が通常よりもはるかに高いところでないといけないし、俺自身も相当に集中状態でないと、封印解除はできない」
つまり、グレンが以前一度目の封印解除ができたのは、洞窟内の魔力濃度が高かったがゆえのこと。そうでなくては、まず準備段階から無理なのだ。
「魔力濃度が高いって、どのくらい?」
「どのくらい、か。正確にいうのが難しいな。だが、そこらで魔法戦をドンパチやって魔力濃度が一時的に上がっても、それは意味がない」
「少人数じゃダメ?てことは、何人ぐらい?」
グレンは少し考え込む。
具体的にそこまで考え込んだことはなかった。封印解除するときは、感覚的に今ならできるとわかるが、そうでないときに聞かれると、非常に困る。
感覚で理解している部分を言葉で表現するというのは、とても難しい。
グレンはようやく何か例が浮かんだのか、口に出した。
「大体、何万単位の人間が魔力を放出すれば、そんぐらいにはなると思う」
「な、何万!?それって、戦争レベルじゃない」
「まぁ、優秀な魔法使いが多く言えばその分必要な奴も減るがな。それに元から魔力濃度の高い場所もあるが……まぁ、一般的にはそんぐらいだ。お前の戦争レベルっていう例えも悪くない。俺がイメージしたのもそれだからな」
「それはつまり、グレンは戦争が起きないと封印を解除できず、強くもならないってこと?それはあまりにも……」
「あぁ、ヒドイな。自分でも思う。元から魔力濃度の高い場所に行くという手もなくはないが、そんなところ、特に今の俺が封印解除できそうなところが世界のどこにあるのかなんて、正直な話まったく分からん。このご時世だと、戦争が起きる可能性の方が高い」
グレンの話から、クレアはグレンの思考を読んだ。
それはクレアとしてはあまり認めたくないことだった。
「つまり、あなたは戦争を望んでいるということ?」
「いや、違う」
しかし、クレアの考えは一瞬で砕かれた。
クレアが意外そうな表情をしていると、グレンは心外とでもいい竹な表所で苦笑いしていた。
「戦争なんて、そうそう起きない方がいいに決まっている。あんなのは経験しない方が断然いい。人殺すとかの問題じゃなく、あれは間違いなく国を殺しかねないからな」
「国を……殺す……」
クレアは戦争の経験がない。ゆえにグレンの言葉を言葉としてしか理解できず、その中身まではわからない。
そんな時、黙っていたソフィーが口を挟んだ。
『戦争というのはね、どうあっても正当化はできない。正しくないことなの。それが例え国のためと言っても、戦争はどんなことがあっても、もっとも非効率的な交渉手段なのよ』
ソフィーは実際に国王をやった身だ。しかも、その領土を争いによって得ている。その痛みはよくわかっているのだろう。
それはクレアには重く聞こえた。
「そんなやってはいけない戦争は起きてはいけない。そんなのは俺だってよくわかってる。だが、この先、このままでどうにかなる保証はない」
「どうにか?」
クレアの問いかけに、グレンが答える前にリベルが答えた。それは、間違いなくリベルがこの中で最大の関係者だから。
「英知の神託教団、だね」
「そうだ。あいつらの戦力がどうなっているのかはわからないが、敵対する以上は戦わなくてはいけない時が来る。そして、その内の一人のナッシュは、エクリア王国では俺が戦った奴らと同じく部隊長だった。間違いなく、あいつら以上に強いはずだ。警戒せずにはいられない」
「でも、封印は解除できない。するわけにはいかないんでしょ?」
「そうだな。だからこそ、大武闘大会だ。これで元の力を上げる」
「あ、そうか」
どうやらクレアは納得したようだ。
封印を解除して強く慣れないなら、鍛えて強くなるしかない。そもそも、封印解除とかいう手段が普通ではないので、それを基準にして考えた結果、普通に鍛えるという考えがクレアの頭から消えていた。
それに気付いたクレアは、今更ながらに恥ずかしくなってきた。
もっとも、リベルはそんなことは気にしないが。
「じゃあ、グレンはそれに参加ってことでいいのかな?目的は訓練、でいいかな?」
「あぁ、そうだ。お前は……参加するわけねぇか」
リベルを見て、参加の有無を問うのが無駄だというのが瞬時に分かったグレンに、リベルはさすがと微笑みかける。
そんな時、落ち込みから短い時間で復帰したクレアが手を上げた。
「私も参加する。グレンと同じで訓練する」
「お、そうか。じゃあ、参加するのは俺とクレアってことでいいな?」
「確認するまでもなく、どう考えてもお前たちしかいないでしょ、そんなのに参加するのは」
「だな。じゃあ、そういうことにしとくか。締め切りは今日の夕方までだから、急がないとな」
「それは本当に急がないとだね。そんじゃ行ってきなよ、クレアも」
「そうだな」
「わかった」
グレンとクレアが立ち上がってその場を後にしようとした。
しかし、そこでリベルは一つ思い出して、グレンに聞く。
「そう言えば、大会ってことは優勝者を決めるわけでしょ?景品とかってどうなってるの?」
こういう大会系にはつきものの景品。しかも、獣人族が帰ってきたことを祝うのだから、それなりに豪華な景品なのだろう。
リベルはその景品に目がくらむようなことはないが、それでも気になるものは気になる。
すると、グレンが一度天を仰ぐようにしてから、面倒くさそうに言った。
「景品は、王宮でのおもてなし、だとさ」
「わお」
リベルもついそう言ってしまうほどに驚きだった。そして、同時にグレンがどうして天を仰いで、面倒に思っているのかがわかった。
そのことに、リベルは申し訳なく思いながらも、哀れに持ってしまった。
「それは、参加者は多そうだね」
「本当にそうだ」
そう会話する横で、景品の話を聞かされたクレアが直立で硬直していたのには、しばらくしてから気付いてもらえた。