第117話 新たに一人
「というわけで、その後は魔法で調べながらリベルの後を追いかけてきたってこと」
立ち話も退屈で無駄であるため、歩いてラスカンへと向かいながらクレアは話していた。
その話は他の人に聞かれるとまずいことであるから、しっかりと魔法で防音はしている。
クレアも変装して茶髪の少女になっている。
「というわけでって……それは抜け出してきた、のかな?いや、確かにその通りなんだろうけど、最後の方で戦いがあったから、どちらかと言うと追い出されたという方が正しいんじゃないの?」
「そこは細かい違いでしょ。実際、私は外に出ているんだから、私が抜けだしたって言ったら抜け出したってことなの」
「そういうもんかね」
「そういうもの」
リベルにはリベルの理論があるが、クレアの言う通り、クレアがそう思うならそうなのだろうと納得できる。クレアの言う通り、細かい違いでしかないのだから。
『それにしても、よく逃げられましたね。一応、シュトリーゼ王国の現役の隊長たちでしょ?』
「そうよ。さすがに私も危ないとは思ったけど、戦うんじゃなくて、ただ逃げるだけなら、無理をすればなんとかできたし、案外大丈夫だった。そりゃ、大変だったけど、結果的にこうして外に出て、そして合流できたのは良かったよ」
「そうかい」
『そう思うなら、それでいいんでしょう』
リベルとソフィーが頷く。
しかし、グレンが反応しないことにリベルは気になった。
「グレン、どうかした?」
「ん?あぁ、そうだな。ナッシュが言ってた国の中枢に入る以外のもう一つの目的。それが音楽を封じることだったのかも、と思っただけだ」
「あ……」
『そういえば……』
二人ともクレアの話に出てきたハルイドと謎の男との会話で出てきたことを思い出した。
「音楽を封じる、か。一体どうしてなんだろうね?」
「さてな。俺にはさっぱりわからん。まぁ、そいつらが英知の神託教団である可能性はかなり高いな。アグニに関する話をしていた時点で、かなり怪しい」
「そうだね。そう言えば、クレアは英知の神託教団について何か知ってる?」
「英知の神託教団?」
クレアは頭にハテナマークを浮かべていた。
「こりゃ知らんな。知ってたらこんな反応はしない」
「悪かったわね、知らなくて。それで?その英知の神託教団って何?」
クレアの質問に、リベルたち三人は顔を見合わせた。
そこで三人は困ったような顔をしていた。
「悪いね。生憎と、僕たちもあまりよく知らない。ただ、そういう教団があって、どうやら僕とそれなりに関わりがあるということくらいしかわからない」
「あぁ。男の言っていたあの方っていうのが、リベルって可能性は高いからね」
「そういう風に敬意を示す呼び方をされることになれないから実感はわかないけど……確かに僕に対してそんな風に敬意を示している奴はいるね」
『でも、ナッシュは違いましたね』
「普通は、年下の相手にはあんな態度だと思うけどね。僕としては、むしろ訳がわからないまま敬意を表される方が嫌だね」
「そんなのは今はどうでもいい。とにかく、俺たちでもあの教団のことはよくわかっていない」
脱線していたところをグレンが回収して、結論を述べた。
「へぇ。じゃあ、教団がリベルに敬意を抱いている理由とかに、心当たりはないの?」
「それは……まぁ、あるかな」
リベルがそう答えると、クレアが興味ありげに詰め寄ってきた。
「それって、どんな理由?」
効果音で、『パァー』とか出ていそうな笑顔で詰め寄る様は、実際に詰め寄られているリベルとしては、あまり気分が乗るようなものではなかった。
変装したクレアは美少女と言える部類には入ることは間違いなく、また、そんな少女に詰め寄られれば普通の男ならどぎまぎするところだが、生憎と、状況と雰囲気が違う。
あまり気分の良くない話題である教団に興味津々になってもらわれても、それはそれで面倒だった。
「理由、か。言ってわかるかな?」
「それはいってみないとわからないでしょ」
「それはそうか……」
「さぁさぁ」
急かすクレアが本当に面倒になってため息を吐くリエルはちらりと、グレンとソフィーを見るが、二人はどうもここに入ってくる様子はなさそうだ。
ソフィーは物体に触るには一つプロセスを踏まなくてはならないが、グレンの方はただ止めればいいだけのことなのに。
(結局、二人とも楽しんでないかな?これはこれでなんだかな~)
もう一度ため息を吐きたくなるのを堪えて、リベルはクレアの要望通りに応える。
「僕がどうやら、神の子、と言う存在だかららしいよ」
「神の子?それは一体何?」
予想通り、クレアも神の子という単語に疑問符を浮かべた。
それはこの場にいるリベルとグレンも通った道なので、こう疑問に思ってくれると、同族が増えたみたいで何だか気分が良かった。
もっとも、神の子という存在に関しては、大抵の人が疑問符を浮かべ、平然と納得するような人は例外的過ぎる。
リベルがソフィーへと目配せすると、自分の出番が来て、少し嬉しそうにしていた。
『私の方から説明させてもらいますね。私がこの中で神の子について一番詳しいので』
「え?どうして?」
『それは私が先代の神の子だからですよ。私は生きていた頃、神の子だったんです。だから、この中では一番詳しいんです』
「えっと……神の子が一体どんな存在なのかがわからないから、それを驚いていいのかがわからない」
もっともな意見に、ソフィーはにこりと笑みを浮かべた。
『でしょうね。だからこそ、私が説明するわけですし。では、まず神の子とは一体何なのか。それは<ハーモニクス>という神属性魔法を使えるもののことです』
「神属性!?何ですか、それ!?」
自身が魔法使いでもあるクレアは、同じ聞き慣れないものでも、神の子という言葉よりも神属性というもののほうに驚けるようだ。
『クレアは、魔法には火、水、雷、土、風、影、光、特異の八つの属性があることは知ってますよね?』
「それはもちろん。魔法使いなら当然のこと」
『そこにもう一つ、神属性と言うのが入ります。この属性の魔法は神の子しか使えません。ですから、<ハーモニクス>を使えることが、神の子の証となるのです』
「じゃあ、リベルはその<ハーモニクス>が使えるの?」
「そうだよ。使える」
「もしかして、アグニの時のあの虹色の光がそうなの?」
「たぶんそう。僕は詳しくは覚えていないけど……」
「へぇ。すごい魔法なんだね」
「そりゃどうも」
どうやら、神属性の魔法はそういうものだと納得したようだった。
「それで、結局、神の子って何なの?本当に神の子なの?」
クレアのその質問には、ソフィーは表情を曇らせた。
『ごめんなさい。それはわからないんです。子という表現にはいろいろな意味がありますから』
「例えば?」
『クレアが言ったように本当に子どもであることや、あるいは力を受け継いでいるということや。大雑把に言えば、子という表現は繋がりと言えるかもしれません』
ソフィーの言ったことに、クレアは首を傾げていた。
その気持ちはリベルにもよくわかった。
結局は、ソフィーは自分の考えを述べているだけで、何もわからないと言っているのだから。遠回しに別の表現にしただけなら、その言葉は直球よりもわかりづらいのは確かのことだろう。
「じゃあ、どうして教団は神の子を必要としているの?」
『それもわからないですね。実際に、リベルはどう思いますか?』
いきなり矢が飛んできたことでびっくりしたが、リベルはしっかりと答えた。
「そうだね。教団の詳しい思惑はわからないけど、どうやら神の子を試すような感じを受けるね。アグニの所に放りだしたのも、エクリア王国のことも、クレアが見た会話のことも考えると、神の子を成長させるというか、自分たちの望む方向にもっていきたいって感じなのかな?」
『確かに、クレアの見た会話からはそれが色濃くわかりますね。でも、神の子を試したり、成長させたりして、それで何になるんでしょうか?』
「おそらく、それが教団が神の子を必要としている理由に繋がるだろうね。今はわからないけど」
四人とも、考え込むようになってしまった。
しかし、今ある材料はほんの表層にすぎず、核心の部分まで見るにはどうあっても情報が足りない。
そんなとき、クレアが勢い良く手を上げた。
「私、このままあなたたちについて行く。そうすれば、何だか面白いことになりそうだし、シュトリーゼ王国のこともわかるかも」
「国というより、その国王だと思うけど……まぁ、いいよ。別に僕らに君を断る理由はないしね。ていうか、結構突然だったな」
「ワンテンポ遅いね」
「うん。それは僕もわかってた」
こうして、旅のメンバーに、勇者クレア=シュリンケルが入った。