第113話 ジ・アーク
クレアは到着した一つの店を前にして、がっくりときていた。
「来たは良いものの、これじゃあどうしようもないかな」
男から聞いたリベルの楽器店に来てみたが、中は空で、店先には休業の張り紙があった。
「せっかくここまで来たのに、これじゃあ逆戻りになっちゃったかな。この後どうしようかな?」
町の人にはあまりリベルのことを聞かない方が良いと言われていたため、リベルの行方を尋ねようにもどうしようもない。とはいえ、ここまで来てここで諦めるのは、クレアには癪に障った。
もうどうしていいかわからず、クレアは自分の髪をくしゃくしゃにかき回した。
「ん~~~~~!」
その行動は周りの人から見たら奇怪なものだったが、クレアはそれを気にしなかった。ただ、今はそうしたいと思ったからそうしただけだった。
それで何か考えが出るかどうかなんてわからないが、それでも何かしないとどうすればいいのかが全く見当もつかない。
思いつくことよりも、考えられるようになる方が大事だ。
「あ、こういう時こそだ」
クレアは思いついた手段を実行すべく、店に向かって掌を向けた。
そして一つ深呼吸すると、クレアは詠唱を始める。
「時の観測者よ、我を方舟に乗せ、真実を我にー」
リベルの楽器店にのみ絞って発動したその魔法は、クレアがオリジナルで作った魔法だ。
その名は<ジ・アーク>。
一定範囲内の場所で起こったこと、あるいは物の過去を見ることができる魔法だ。それは探査魔法の応用で、クレアが偶然発見したのだ。この魔法はその場所で何が起こったのかを、クレアにありのまま教える。だからこそ、そこで起きたことの真実だ。
この魔法は流れ込んでくる過去の情報量に、普通の人では処理しきれなくなって、数秒しか持たない。軍の中でもクレアしか使えず、ラインボルトでさえ使えない。<ジ・アーク>に関しては、魔力制御力ももちろんだが、それ以上に使用者の情報処理能力が重要だ。
「ふ~ん、そうなんだ」
アグニ討伐の直後からの情報を読み解いていくクレアには、その時の映像が鮮明に見えている。
<ジ・アーク>は探査魔法の応用ではあり、過去を見ることはできるが、過去に何があったかということがわかるだけで、その行動を起こしたのが誰なのかということまではわからない。そのため、クレアの見る映像の中に知らない人が出てきた場合、それが誰なのかはわからないのだ。
今クレアには、リベルと一緒にグレンが見えているが、それはただの男としかわからない。
それでも、過去を見ていき、クレアはリベルたちがどうしたのかを見た。
「旅に出たんだね。だからこんなに中が空っぽで、休業中になってるんだね」
結局リベルに会えなかったことを残念に思うクレアだったが、今回はそれもしょうがないと思った。
「これ以上追いかけて、旅の邪魔をするのは申し訳ないかな。名前がわかっただけでもよしとしましょう。また会う機会があればいいけど」
クレアは魔法を解いて一つ息を吐いた。
「さすがにこれは長時間はできないわね。頭がおかしくなる」
うぅ、と呻きながらも歩き出したクレアは、元来た方向に戻っていた。
これ以上探すことには意味はない。リベルの邪魔になることはもちろんだが、それ以上にクレアはシュトリーゼ王国の勇者なのだ。あまり勝手な行動はしてはいけないとされている。
一応、その決まりはたびたび破って王宮方抜け出すことはあったが、それでも決まりは守らなくてはならない。
「さてと、まだ昼過ぎよね。このまま宿を探して泊まろうにも暇だし、かと言って王都まで行ってくれる馬車なんてそう簡単には捕まらない。それじゃあ、どうするか、ね」
クレアは残った最後の選択肢にしようと、にたりとした。
「何時間かはかかるけど、日が落ちるまでには帰れるでしょ」
クレアはそう決心すると、変身魔法の応用で自分の姿を隠した。
今からやることは、いくら変装していても、絶対に目立つ行為であるため、できるだけ悟られたくはない。最悪の場合、王宮に連絡が行ってこっぴどく叱られてしまうのが目に見えていた。
「叱られるのはごめんだからね。それじゃあ、とっとと行きますか」
クレアはその瞬間に、一気に踏み込み、高くジャンプして、家の屋根へと飛び移った。そしてそのまま屋根伝いに走っていく。
しかし、そのスピードは尋常ではなく、一陣の風が引き抜けるようだった。もし町中をその速さで通っていたら、けが人が出ていてもおかしくなかった。
「さてと、このまま王都まで帰ろうかな」
超高速で移動し続けて、およそ数時間での到着となる移動。規格外の行動がここにあった。
♢♢♢
「はぁ~」
部屋着になって自室の机に突っ伏し、ため息を吐くクレアは疲れ切った様子だった。
クレアの予想通りに日が暮れる前に帰ってこれたクレアは、王宮に戻った直後に真っ先にアスティリアに呼び止められてしまった。
クレアが今疲れているのは、長い距離を一気に駆け抜けてきたからではなく、アスティリアにいろいろと言われたからである。
どうしてそこまで勘が鋭いのかと聞きたくなるくらいに、アスティリアはクレアのことをお見通しだった。
もっとも、クレアがどこへ誰を探しに行ったのかまではわかっていなかったようだが、誰かを探しに行ったということだけはわかっていたようだ。
それだけでも十分にわかっていると言えるその洞察力に、クレアはひどく疲れた。
誰にも言っていないというのに、どうしてかアスティリアには知られてしまう。どこかでクレアの心の中を覗いたり、盗み見ているのではないかと思ってしまう。これが年長者の経験か、とでも言ったらアスティリアはさらに起こりそうだったので、それ以上は言わずにしっかりとお仕置きを受けてきた。
「まったく、あそこまで言わなくてもいいじゃない。勇者勇者って、そんなに大事かな?」
クレアは自分みたいな小娘が国の象徴としてなることはできないと思っている。象徴としてふさわしいのは、シリウスのような歴戦猛者という存在だ。クレアはあくまで力があるだけで、強いわけではない。
力とは、使う技量があってこそ、初めて活かすことができ、本当の意味での力となるのだ。クレアにはまだそれが足りない。
「本当に、これでいいのかな~」
最近の癖で、暇があるとリベルのことを考えてしまっていた。
特に、アグニを倒した時の謎の光はとても神々しく、まさに奇跡の光と言えた。あれこそ、象徴ともなりえると思えた。アグニはクレアが倒したことになっているが、実際にはその光が倒したのだから。
そのことをクレアだけが知っている。他の人には教えていない。
このことをクレアはリベルのためだと言い聞かせているが、そう思えば思うほどに手柄を得てしまっていることが後ろめたくなってしまうのは、クレアが困ってしまうことだ。
もっとも、それも仕方のないこととして割り切るしかないのが、面倒なところなのだが。
「私、ここまで彼のことを結構考えてたけど、すっぱりと諦められるのかな?一応、もう探さないって決めたけど……」
不意に、クレアはナルゼでリベルの話を聞いた男が言っていたことを思い出して、机に顔を伏せた。
顔の温度が上がるのを自分で自覚しながらも、それを打ち消すかのように額をぐりぐりと机にこすりつける。
孫度にくしゃくしゃになる赤い髪が視界に入り、少し邪魔に思えてしまった。
「はぁ、あの人が変なことを言ったせいで……まぁ、忘れればいいだけのことなんだけど」
少しずつ落ち着いてきたクレアは体を起こすと、立ち上がった。
「今日は疲れたし、もう寝ようか……ん?」
ベッドに入ろうしたところで、クレアは不思議な気配を感じた。それは魔力の気配。
ただの魔力なら、クレアは気にしない。魔力が王宮内にあることなど、日常茶飯事だ。特にラインヴォルトが魔法の研究をしているので、魔力はしょっちゅう放出される。
しかし、今クレアが感じた魔力は日常的に感じている魔力とは全くの別物だった。
これが侵入者の魔力だというのなら、話は簡単だ。
クレアが直々に倒してしまえばそれで済む。
だが、そうでもない。
確証はないが、一瞬だけ感じた感覚にクレアは間違いないと確信できた。
クレアが感じた魔力は、どこかリベルの魔力の感じと似ていた。
もう少し、クレアの事情は続きそうです。
最初の頃から考えていたので、結構慎重にやりたいところです。