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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第10話 決戦前

 アグニ討伐計画の実行部隊には、勇者であるクレア、そして第一部隊隊長シリウス、第二部隊隊長アスティリア、魔法部隊隊長ラインヴォルト、さらにそれぞれ三つの部隊から数人ずつ兵士が出ている。

 他の兵士と第三部隊は王城に残って警備を続けている。

 討伐に行っている間はどうしても守りに穴ができがちだ。そこを攻め込まれでもしたひとたまりもないため、メフィストは残っているのだ。実力で言えば、ほとんど最強と言える彼ならば、問題ないだろうと選ばれた。

 今回の戦いにおいて、人数が多いのは得策ではない。

 多くの兵士を配置して戦術的に戦っていくという手もあるにはあるが、今回はそれが通じにくい。

 なにせ相手は悪魔と呼ばれた竜で、災厄の化身だ。

 生半可な力の兵士がいくら集まっても、アグニを前にすれば意味がない。

 ただ死体の山を築くだけで、悲しいことに何も意味をなさないだろう。

 だからこそ選ばれた少数精鋭で討伐するしかない。


「おいおい、クレア。そんな固い表情していたんじゃ、できるもんもできないぜ」


 馬に揺られながら坂道を上っているクレアに、隣に来たラインヴォルトが軽い調子で声をかける。

 これから危険な任務が始まるというのにいつもの調子でいる彼に、クレアは少しだけムッとした。いくらクレアでも、初めての任務は緊張するというのに、これでは自分の方が馬鹿なのではないかと思えてしまう。


「ラインヴォルトはいつも通り軽いのね」

「何か言い方に棘があるぞ」

「だってそうでしょ?これからやる任務は人類の命運を左右するのよ。もう少し緊張感を持った方がいいと思うわ」

「緊張しすぎて本来の実力が出せないのも、どうかと思うけどね。クレアは一応切り札なんだから、もっと自分の実力を出せるように努めないと」

「私はいつだってできるわよ。これまで超危険な魔物と戦うことだってあったんだから。今更こんなことで実力が出せなくなるわけじゃないわ」

「そんなに肩肘張ってさぁ、疲れるでしょ?もっと気楽にやればいいじゃん」

「あなたは気楽すぎでしょ」

「緊張しすぎて実力が出せなくなるよりはいいと思うけどね」

「気楽にやりすぎて力が抜けるよりはいいと思うけどね」

「おっ、言うじゃん。でも、俺にはそんなの関係ない。俺はいつでもベストコンディ……コンディ……そうだ!ベストコンペティション!」

「いや、違うでしょ。それを言うならベストコンディスション。間違えないでよね」


 後ろに並ぶ兵士たちは同時に心の中で突っ込んだ。


 それを言うなら、ベストコンディションだ、と。


 しかし、実力が優れていると言っても隊長よりは下。そんな兵士が隊長と勇者にダメ出しできるわけもなく、苦笑いした様子で黙っていた。


「二人とも、その言い方は違うようよ。後ろの子たちがそんな顔をしているわ」


 そんな兵士たちの心の葛藤を呆気なくばらしたアスティリアは、おっとりとし表情でクレアとラインヴォルトへ振り返った。


「そんな顔をしてるって、アスティリアさんはずっと前を向いてたじゃないですか。何でわかるんですか?」

「私の背中には、第三の目があるのよ。だから後ろまでバッチリ見えてるの」

「それはすごいですね」

「そうでしょう?私の自慢なのよ、この第三の目」

「おぉ、てことはアスティリアは、体が人間じゃないってことか?」


 先ほどまで穏やかな雰囲気だったアスティリアが、ラインヴォルトの言葉でその表情を氷へと変化させた。

 アスティリアの言っていたことは冗談だと、その場にいた兵士はもちろん、クレアにもわかった。

 しかし、ラインヴォルトだけはあろうことかそれを鵜呑みにしたのだ。

 そして、あの発言である。

 明らかに周囲の温度が下がったような感覚に陥るクレアとラインヴォルト、そして完全にとばっちりの兵士たち。

 その視線に貫かれているラインヴォルトは、全身からだらだらと汗を流し、さっきまでの軽い調子はどこへ行ったのかというほどの変わりようだった。


「ラインヴォルト、もう一回言ってくれない?」

「えっと、俺は別に何も……」


 必死に現状をどうにかしたいと思いながら、ラインヴォルトは必死にアスティリアの機嫌を損ねないように考えるが、いつもそこまで頭を使わない彼にはそのような芸当をすぐさま行うのは不可能に近かった。


「何も?違うでしょ?ちゃんと本当のことを言わなくちゃだめでしょ?私の体が何だって?もう一回言ってみて。さぁ、さんはい!」


 明るく言っているはずなのだが、それはまるで魔王の言葉のようで、言われているラインヴォルトだけでなく、その近くにいるクレアや兵士にも威圧感が伝わってきて顔を強張らせていた。

 当のラインヴォルトはその威圧感に飲まれ、その先にあるものに恐怖した。

 恐怖で体が震え、口を開こうにも言葉にならなかった。


「どうしたの?言えないの?違うでしょ?さっきはあんなにも簡単に言ってくれちゃったわよね、ラインヴォルト=マーキリアス?あなたはその軽い口をもう一度開いて、私が求めていることを言わなくてはならないはずよ。さぁ、さっきは何て言ったの?もう一回だけ私に聞こえるように言ってみて?大丈夫。この後どうせ怪我するんだから、腕や足の一本くらい潰れてても問題ないわよ。その後特典として、私の盾を死んでも続けるという栄誉を与えるから」


 その場にいる誰もが思った。

 ラインヴォルトがアスティリアに正直に言ってしまえば、その先は決まっている。


 はっきり言って死刑宣告のようなものだ。


 本当にそうなるかどうかはわからないが、最低でも半殺しは確定だろう。

 アスティリアが放つ冷気にその場の誰も動くことができず、この後どうあるのかハラハラしていたところ。


「そこまでにしておけ、アスティリア、戦いの前に兵を傷つけてはこちらが不利になる」


 シリウスから入った頼もしい援護に、アスティリア以外はほっとしたような表情を浮かべ、ラインヴォルトはもはや命の危機を乗り切ったようだった。

 一方のアスティリアが不満そうにしたのを見て、シリウスはふっと笑みを浮かべて助け舟を出した。

 アスティリアに。


「そう拗ねるな。ことが終わってからはどうしても構わん。どうせなら訓練扱いにして、お前の好きにすればいいだろう」


 シリウスは別にラインヴォルトの味方というわけではなく、あくまで全員のリーダーという立場で物事を言っただけなのだ。決して誰かに肩入れをしているというわけではない。ただ、より付き合いの長いアスティリアの方に軍配が上がるようだが。

 クレアは項垂れるラインヴォルトの肩に手を置いて、ゆっくりと頷いた。


「早く任務を終わらせよう。それで帰ったら訓練よ」

「……お前、楽しんでるだろ」


 暗に、早くお仕置きをくらえという追加攻撃をくらって、再びがっくりと項垂れるラインヴォルトだった。


              ♢♢♢


 ヒューレ火山は登れば上るほど気温が上がっていき、頂上付近ではもう真夏を通り越して灼熱に近かった。それをしっかりと鎧を着た状態では蒸し暑くてたまらなかった。

 ここよりもさらに暑い場所でアグニと戦わなければならないとなっては、全員の気分が落ちてしまうところだった。

 もちろん全員アグニを倒すという目的に闘志を燃やしているため、我慢してでもその先に進めるが、我慢できると問題ないは別問題で、少しでもコンディションが落ちるようなことがあってはならない。その低下が命取りとなるのだから。


「麗しの水精よ、我らに癒しをー」


 そうラインヴォルトが唱えると、全員の調子が元に戻り、暑さも大丈夫になった。

 ラインヴォルトは伊達に魔法部隊の隊長をやっているわけではなく、大雑把な性格をしておきながら、魔法の精密制御に関しては随一なのである。

 そのラインヴォルトの治癒魔法で調子が戻ったのを確認すると、シリウスは全員を見まわして最後の確認を取る。


「いいか、お前たち。ここからは死地だ。何が起こるか、それはその時になってみないとわからん。いろいろ想定はしたが、こちらを上回ってくることはまず間違いない。死人だって出る可能性は十分にある。だが、それを承知でここにいる連中はここまで来てる。お前たちには、覚悟があるはずだ。だからこそ、俺たちは迷わない。この先にいる化け物をぶっ倒して、人類の平和を勝ち取るぞ!」


 おぉー、という声が兵士たちから聞こえ、ラインヴォルトもそれに混ざって大声を上げ、アスティリアはその様子を見て微笑み、クレアは大声に気圧されつつも拳を高く上げた。

 それぞれの意志をを見たシリウスは、全員の先頭に立って止めていた足を再び動かしていく。

 その視線の先には、ヒューレ火山の頂上。

 暑さはラインヴォルトの魔法でどうにかなっているが、その熱は目に見えて明らかだった。

 頂上に炎のような明かりが見え、その周囲では陽炎のように空気が揺らめいている。

 その場にいる者たちは、ここが生物には生きていけない場所だということが、しっかりと見えていた。

 ここは暑いのではなく、熱い。

 ここ一帯がまるで別の世界のように常軌を逸していて、おそらくラインヴォルトの魔法がなければ立っていることもできなかっただろう。

 それほどなのだ。

 そして、だからこそ想像してしまう。

 悪魔と呼ばれた竜、炎魔竜アグニが一体どういうものなのかを、どういう存在なのかを。

 その想像の先に恐怖する。

 しかし、それでも足は止めずにひたすら頂上を目指し、竜が口を開けて待つ入口へと向かう。

 クレアも怖くないわけがない。

 初任務がこんなことになるなど、誰が予想できただろうか。

 ただ、それでもクレアは恐怖の中を進む。

 クレアには意志があり、勇者としての自負があり、そして仲間がいた。

 だから大丈夫だ。

 この恐れを乗り越えていくことができる。

 クレアは、みんなはそう信じて歩き続けていた。


 しかし、それからしばらくして知る。

 なぜ、先代の勇者が勝てなかったのかを、その身でもって。

次からがアグニとの戦いです。

しかし、自分で書いておきながら最初の戦いが最強クラスの奴ってどうなんでしょう?

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