第102話 魔法と武術
グレンは軽く体を引いてグラムを躱すと、グラムの腹に剣を当てた。
さっきと同じなら、そのまま弾いただろうが、今度は、当てたままグラムの行き先を誘導する。
それは決してグラムの勢いを殺すようなものではないため、勢いそのまま、グレンの誘導する方向へとグラムは流れていく。
狭い空間の、岩壁に。
スッと、大した音もせずに岩壁を切り裂いたグラム。
岩壁には、天井にできたのと同じ赤い線が生まれた。
しかし、その先は天井とは違っていた。
ドガァァン!
赤熱した線から、岩壁が爆発した。
突然の爆発に驚く、ヘルヴィとエドモンドを無視して、グレンは砕けた岩壁の穴から外に出た。
「やっぱりな」
そうして出た先は、先ほどよりも広く作られた空間だった。
地下であることに変わりはないが、明らかに規模が違っていた。
単純に使える面積で言えば、三倍以上はあるだろう。
先ほどはただの通路だったが、おそらくそこは荷物運搬用の通路として使われ、幅を広くとってあるのだ。
そんな通路に、グレンを追ってヘルヴィとエドモンドが乗り込んできた。
「なるほどな。こっちでなら、俺たちとやりやすいってことか?」
「広さを使えるのは、あたしたちも一緒なんだが?」
「確かに、そうだな。だが、俺は純粋な近接格闘タイプではないよ。本職はどちらかと言うと魔法使いだからな。あんな狭いところよりも、こっちの方がよっぽどやりやすいってことだ」
グレンが最初に炎の魔法を放ったのは、壁を破壊してこちら側に来るためだった。
魔剣グラムのことを知っていたグレンは、当然、グラムが炎属性の魔法を吸収して力を高めることも知っていた。
それなのに、あえてその吸収される炎の魔法を放ったのかと言うと、グラムの力を高め、本来なら切り痕が残るだけの所に、過剰なエネルギーを与えることで爆発を起こしたかったのだ。
ただ単に魔法で破壊するだけでは、芸がない。
それに、相手の意表を突くことで、相手の対応をワンテンポ遅らせたかった。
そして、実際に二人の対応は遅れた。
それゆえに、グレンはこうして万全で向かい合うことができている。
「それじゃ、そろそろ全力で行くぞ」
「やれるものならやってみろ」
「あたしとグラムの前に立つなら、当然、切られてもらうぞ」
三人同時に飛び出した。
全員がほぼ同じ速度。
このままでは、完全に二対一となる。いくらグレンでも、二対一に追い込まれるのはよろしくない。
しかし、グレンにはまだ手がある。
相手二人にはなくて、グレンにだけあるものだ。
「<アクセル>」
その瞬間、地面蹴った直後の加速が何倍にも跳ね上がり、一瞬で二人の眼前まで迫る。
急激なグレンの加速に、二人とも目が追い付かない。
そんな二人に、グレンは右左、と一回ずつ剣を振るう。
二人の間を駆け抜けて止まったグレンは、手に帰って来ていた感触に驚いた。
「やっぱり、一筋縄ではいかないか」
振り返ると、二人とも体の前に剣を構えた間、グレンの方を振り返っていた。
グレンの手には、まだ加速状態で剣に帰ってきた硬い感触が残っていた。
あの急激な加速を前にして、二人とも目は追いついていなかった。
しかし、体の本能の部分はそれに咄嗟に反応し、自分の身を守った。
こういう所に、その人の強さというものを見ることができる気がして、グレンは驚きの半面、嬉しくも思えた。
全力全快とは程遠いとはいえ、加速に体がついてくるのは、それは強さの証に他ならなかった。
「じゃあ、次はどうする?」
グレンがそう言うと、二人とも今まで以上に気を引き締めているようで、グレンの身を刺す視線と殺気がグレンの気分を少し不快にさせる。
だが、その不快ささえも戦いの在り方だと思い、グレンは吹っ切れて一気に加速した。
さっき発動した<アクセル>は、一定時間の間、肉体の動きを加速させるもので、その一定時間というのはまだ切れていない。
ゆえに、まだ加速は可能なのだが、今度はさすがに二人とも驚くことはなかった。
おそらく、加速してくるなら、それを念頭において戦えばいいということなのだろう。
グレンもそう考える。
だからこそ、このまま速さに頼り切った攻撃では負ける可能性は高い。
ある一つの強さとは、他の強さと組み合わせてこそ、その真価を発揮すると言っていい。
ただ速いだけでは、騎士としても魔法使いとしても二流。
一流なら、それを活かさずして何とする。
「雷よー」
狭い空間で使った時よりもさらに広い範囲に、そして強力な雷が巡る。
ヘルヴィはそれらをステップで躱していき、エドモンドはそのまま剣を構えた状態でグレンを待ち受ける。
たとえ威力を増しても、ミスリルがある限り、エドモンドにはこの手の魔法は通用しない。
風を起こすような、もともとそこにあるようなものを使わなくては、ミスリルを攻略するのは難しい。
それが普通の考えだ。
だからこそ、エドモンドは同じ場所に留まって避けようとはしないのだが、そこには一つだけ間違いがある。
ミスリルは確かに魔法を弾くが、リベルの使う<ハーモニクス>とは全く違うのだ。
<ハーモニクス>が消失させるのに対して、ミスリルはあくまで弾く。
この違いが重要だ。
「何!?」
さっきまでの雷ならミスリルで弾いても何ともなかっただろう。
他の魔法使いが使っても、大抵の場合は弾いてそれだけで終わる。
だが、グレンはそんな弱々しい魔法使いではない。
今度の雷の威力は、桁違いだ。
その桁違いな威力をミスリルは、弾く。
弾くだけで、衝撃までは消しきれない。
エドモンドは雷を鎧で、剣で弾くが、その威力に押され、徐々に後退していった。
「くそっ!」
体にダメージはない。
それでも、このまま攻撃を受け続けて交代するのは、精神的に負荷がかかる。
そう判断したエドモンドは、ヘルヴィと同じように雷を避けることにした。
そして、二人は分断された。
「まずは、お前からだ」
雷の中を加速状態で突っ込んできたグレンは、エドモンドに突きを繰り出す。
エドモンドはグレンの攻撃を躱そうとするが、同時に雷も躱さなくてはならない。
その二択をエドモンドは一瞬で判断して、グレンの突きを剣で弾いた。
その瞬間、エドモンドの鎧に雷が当たり、その衝撃でよろめいた。
そのよろめきを狙って、グレンはエドモンドの体に蹴りを繰り出す。
グレンがこの瞬間を狙ってくることは、エドモンドにも予想できる。
空いている左腕でその蹴りをガードすると、力強くグレンを押し返した。
「おっと……」
今度は逆によろめいたグレンに向かって一歩踏み込むエドモンドは、全身に雷の衝撃を受けながら、グレンへ剣を振るう。
しかし、そう簡単に甘くない。
「大地よー」
一歩踏み込むのと同時に、グレンの足元から柱が飛び出て、エドモンドの鎧を打った。
そこは、グレンがへこませ、日々を入れた所。
他よりも、体に衝撃が伝わりやすい場所だ。
「ぐふっ!」
うめき声をあげて吹き飛ぶエドモンドに、グレンは追い打ちをかけに行く。
「<アクセル>」
まだ一定時間に達していない<アクセル>だったが、重ね掛けすることで、さらに加速を得る。
足に力をこめ、目線の先のエドモンドを見据えると、一気に飛び出した。
ドガン!
地面がそんな音を立てて亀裂が入る。
そこに一瞬前までいたグレンは、魔法で吹き飛んだままのエドモンドの所にすぐさま辿り着くと、右手の剣を横薙ぎに払う。
そこに咄嗟に反応したエドモンドはミスリルの剣を滑り込ませてガードする。
しかし、それはグレンの読み通りだった。
(仮にもここまでやったんだ。これくらいはできるだろうな)
グレンは驚くこともなく、ミスリルの剣を弾き飛ばし、同時に自分の剣も手放す。
そして、剣を振って後ろに流れていた右手を強く握りしめた。
グレンが剣を手放したのは、リーチを短くすることで、次の一撃を早く打ち込むためだった。
グレンの剣を咄嗟に防いだだけだったエドモンドは、空中では何もできず、スローモーションで進む世界を見ていた。
グレンは右の拳に重ね掛けの加速を乗せて、思い切りエドモンドの鎧の、いちばんもろいところに突き出した。
その拳はひびを広げ、拳の当たった一部分を砕いた。
その瞬間、グレンは唱える。
「突風よー!」
拳でエドモンドが吹き飛ぶのと同時に、強力な突風がエドモンドの体を襲い、衝撃を与える雷の中で遠くへ吹き飛ばされた。
地面に倒れたその体は、そのまま動かなかった。
殺すつもりで放った攻撃ではないので、死んではいないはずだ。
「さて、まずは一人か」
ようやく、本来のやり方ができるようになってきたグレンは、自分の掌に拳をぶつけて、気合を入れ直した。