第101話 魔剣グラム
魔剣グラムの伝説は、各地に残っている。
それは、あらゆるものを切り裂く絶対の魔剣とされている。
神々が作り出した、怒りの神器。
それが伝説上で言われている魔剣グラムだ。
その模造品はいくつか作られるものの、その力は模造品というだけあって、伝説に残るような力を持っていない。
太古に存在していたもののはずなのに、その技術を現代の人々が再現できない。
それを神の力と表現するのは、当たり前と言えた。
人は大抵、古代の技術は現代に比べて劣っているという考えを持つものが多い。
それはある意味では事実だ。
しかし、別の意味では明らかに間違っているのだ。
古代であろうと現代であろうと、そこで人が人らしく普通に生活していたのなら、総合的に見れば劣っているということはなかったのだ。
確かに、様々な技術が現代に比べて劣っていたかもしれないが、それに対して現代よりも優れているものがあった。
それらすべてを合わせてこその、人としての生活だ。
そして、魔剣グラムとは、決して神の力で生み出されたものではなく、古代の人の手によって作り出されたものなのだ。
それは間違うことのない事実だと、グレンは知っている。
古代では、現代のように魔法が頻繁に使われていたわけではなく、現代よりもさらに低い割合の人しか魔法を使うことができなかった。
国という概念が薄く、集落で暮らしていた時代。その集落の中に、魔法使いは数人程度しかいなかった。もしくは、全くいない、ということもあったのだ。
だが、それに対して、当時の大気中の魔力濃度は現代よりも非常に濃く、発現する魔法は強力なものが多かった。
それは何も攻撃するためのものに限らず、何かを守ったり、何かを作ったり、人を癒したりと、それらの魔法が現代よりも強力なものだった。
それは確かに、魔法というメカニズムが大して解明されていなかった時代では、魔法は神の御業とされただろう。
魔法使いは、さしずめ神の使いといったところだった。
そんな魔法使いの強力な魔法を使って作られたものの一つが、魔剣グラム。
他にも魔剣と呼ばれるものはいくつか作られたようだが、それが一体いくつあるのか、どこにあるのかは全くわかっていない。
そんな魔剣を現代の技術で作り出せない理由として最大なのは、現代の大気中の魔力濃度の濃さによるものだ。
それによって、魔剣制作時に魔剣に蓄えられる魔力の純度が大きく変わってくる。
しかし、その魔力濃度の高い空間は意図的に作ることができるため、魔剣を制作できない理由は他にもある。
現代では、武器とは万人に共通して扱うことができ、たとえ今扱えずとも訓練を積めばいつかは扱えるものがほとんどだ。というか、そうでなくてはあまり意味がない。
一騎当千の力を持つ武器をたった一人しか扱えないのであれば、そのたった一人が死んだところでその武器の価値は消滅する。
ゆえに、現代では一人に特化した武器を作ることが少なく、そして、それが魔剣を作ることのできない原因なのだ。
魔剣という強力な力を持つ武器は、古代では条件を満たさないものには扱えない武器とし、その条件を満たして魔剣を扱えた者を英雄としていた。
古代ではそれでよかったのかもしれないが、現代では英雄などという存在はあまり意味がなく、ただの特別な人間としてしか扱われない。
そんな生温い価値観の中では、その人の唯一無二の武器が作れるはずもなく、魔剣などというのを模倣することすら不可能なのだ。
その模倣不可能な魔剣グラムが、今グレンの目の前にあり、ヘルヴィが手にしている赤い大剣がそれだった。
(まったく、魔剣グラムとは、予想外だな。一人はミスリルの鎧と剣、もう一人は魔剣グラムにナターシャ族。こうなると、三人目がどんな奴か気になる所だが、まぁ、あいつらに任せるしかないか。今は、この状況をどうにかしないとな。魔剣が相手となると、些か面倒だ)
魔剣は使用者に条件を強いる。
グレンはその魔剣グラムが課す条件が、ナターシャ族の人間であるということを知っている。
ゆえに、ヘルヴィが魔剣グラムを扱っている時点で、彼女の言葉に嘘はないということは確認できているが、グレンにはヘルヴィの出身がどこであるということなど、大した問題ではなかった。
問題なのは、ヘルヴィが使っているのが、魔剣グラムであるということだ。
グレンの知る魔剣の中では、最もシンプルで、それでいて今の状況では非常に面倒な魔剣なのだ。
(魔剣グラムは、高熱を発して、その超高温の刃で万物を切断する。そこに一切の抵抗はなく、魔剣グラムに斬れぬものはないと言われるほどだ)
常にそういう状態であるわけではないのだが、相手と打ち合う時に限って、その力が発動するようになっているのだろう。
実際、先ほどエドモンドがグラムを受け止めた時、ミスリルの剣は折れなかった。
いくらミスリルでも、力を発動したグラムを受け止めることはできない。あの時は、発動していなかったのだろう。
発動していたら、今頃ミスリルの剣どころか鎧まで切り裂かれて、エドモンドは死んでる。
その魔剣の強さを知っているので、先ほどグレンはグラムの腹を剣ではじくだけで、直接打ち合おうとは思わなかったのだ。
「物騒な剣だな。そんなのに、こんなところで会うとは思わなかったぞ」
「これでお前はあたしに勝てるのか?さっきまでは自信ありげだったみたいだが、今はどうだ?気分は?」
「ほっとけ」
グレンはそう吐き捨てた。
すると、ヘルヴィはゆらりと大剣を肩に担ぐ。表情は、戦いが始まってからずっと笑みのままだ。グレンはヘルヴィの神経を少しばかり疑った。
「魔法使い。俺たちに降伏しろ。お前に勝ち目があるのか、この状況で?」
エドモンドがグレンに声をかけ、降伏勧告をするが、グレンにとってはどうでも良いことだった。
エドモンドも、本当にグレンが降伏するとは思っていないだろうし、ヘルヴィなんて降伏させる気がないほどに滾っている。あくまで、形式的なもので、一応幸福勧告はしたという事実を作っているに過ぎないのだろう。
(まぁ、俺はもう転移魔法で逃げられるんだけどな。頃合いを見計らって、リベルたちを連れて逃げることもできる。一番の目的は果たしたんだ。結局のところ、今はもう事後処理みたいなもんで、リベルの思惑通りに進んでるだけだしな。いざとなったら、あいつの命最優先でやればいいだけのことだ)
グレンは目の前の二人に剣の切っ先を向けた。
「降伏はしないに決まっているだろ?そんな当たり前のことを聞くな」
「お前ならそういうだろうと」
「じゃあ、行くぞっ!」
エドモンドが、思っていた、と口にする前に、再びヘルヴィは前に飛び出した。
それに呼応するように、グレンも前に出る。
ここまで、相手の出方を見てから対応していて、自分方動くことはなかったが、そろそろ攻める時だとグレンは判断した。
一拍遅れてエドモンドも、前に出ると、先ほどと同じような構図になった。
唯一違うのは、グレンも攻めているということ。
「豪炎よー」
グレンは火球を飛ばし、二人を牽制する。
しかし、ヘルヴィはグラムを横に払い、火球を切ってみせた。
しかも、本来ならそこで爆発するはずなのだが、あろうことか真っ二つにされた炎がグラムへと吸い込まれていく。
炎の属性を持つ魔剣グラムは、同じ属性の魔法を吸収することができるのだ。
そして、それによって出力を増し、切れ味を増していく。
「そんなんで、どうにかなるかよ!」
ヘルヴィは地面を強く蹴って加速をつけると、リーチの差を活かして、素早くグラムを振り下ろす。
この距離なら、グラムの方だけが届き、グレンの剣はヘルヴィへは届かない。
狙うは首元。
今のグラムの出力では、切り飛ばすどころか、蒸発しかねないその一撃。
それでも、グレンの目はしっかりとグラムの軌道を追っていた。
「こいつ……!」
それに気付いたヘルヴィは、一瞬ゾッとした悪寒が背筋を走り抜けたが、それを無視して力任せに剣を振る速度を上げた。
どうあっても、魔剣グラムを防ぐことはできない。
その自信が、ヘルヴィを力強くさせていた。
しかし、ヘルヴィは忘れていた。
グレンはその斬撃を、二度防御していることを。
一度目は、魔力の防御壁で。二度目は剣の腹に攻撃して軌道を逸らすことで。
今回のように軌道が見えているのなら、力で押し切れない可能性もある。
そもそも、戦闘経験が違うのだ。
こういう切羽詰まった状況での、引き出しの数はグレンの方が圧倒的に上だ。
(かかった)
グレンはにやりと笑みを浮かべた。