第0話 これが始まり
何度思い返してみても、あの時の光景はあまり思い出せない。
灼熱の劫火、揺れる大地、空気を震わす雄たけび。
何もかもが規格外で、その時は何も考えられず、何も思えず、ただ目の前の現実かわからない光景を目に映すことしかできなかった。
そして、そんな地獄のような光景の中で、たった一人だけ動き回っている少女がいた。
この中でここまで動けるのなら、その少女も間違いなく規格外であった。正確に力量を図るほどの観察眼も経験もない。それでも、それはすごいものだと、すごい人なのだとわかっていたし、知識として持っていた。
国中から期待を一身に受けている少女は、勇敢に地獄に立ち向かう。
その期待に応えるため。己が強くあるため。己の願いのために。
詳しくは知らない。
しかし、あの噂の少女がいるのだから大丈夫だろう。そんな安心と、油断があったのだ。
よく考えてみれば当然である。
後ろに立ち尽くす足手纏いという存在がいるのなら、戦うのも一苦労なのである。ましてや、相手が地獄のような存在ならなおさらだ。
何をしても足手纏い、存在が足手纏いというのなら、そこから立ち去るのが得策だが、少年は頭でわかっていても足が動かなかった。
今まで町の中でのんびりと暮らしてきた少年にとって、こんな事態は初めてで、周りの凄さに圧倒されるばかりだ。何も動くことができない。
予想外の事態に陥った時に狼狽えて何もできなくなってしまうのは、何も自分だけではないはずだと自分に言い聞かせていた。
「いつまでそこにいるの!早く逃げなさい!いくら私でも、そう長くは持ちこたえられないわよ!」
顔を少年の方に向けないまでも、その声から必死さが伝わってきた。
ようやく頭と体が動き出した少年は、急いでその場から立ち去ろうとするが、恐怖で震える足は言うことを聞かず、数歩進んだだけで足が絡まってこけてしまう。
燃えるような熱気を放つ大地に手をつき、その熱さに少年は顔をしかめた。
しかし、直後に地面の振動が少年の体を浮かび上がらせ、目の前に映ったのは果てしない炎だった。
想像もつかないほどの熱を持つ炎の奔流が、空中に飛ぶ少年へと迫る。
スローモーションで迫ってくるそれに、何ができるわけでもなく咄嗟に守るように両手を前に差し出した。
少女が何かを叫ぶが、少年の耳には何も届いていない。
ゆっくり、ゆっくりと迫っていた炎が少年の出した手に届き、そして全身を包み込んだ。
覚えているのはそんな体験の一部。これは後から少年が聞かされたこと。
実感はなかった。
あの炎に飲まれた瞬間、少年は、死んだと確信した。
『虹の調律師 ~勇者に目を付けられた小市民~』を書かせていただきます、二一京日です。
自分の中では結構大きな話のつもりですが、この先僕の頭がどれだけついて行くのかに賭け、これから頑張らせてもらいたいと思います。
それでは、よろしくお願いします。