第9話 お認めになるのですね? 愛していると
「スシーマ様!」
突然天幕に現れたスシーマの姿に、ユリは驚いて立ち上がった。
侍女達は王子の乱入にきゃあきゃあ騒いで、くつろいで外していたヴェールを付け直し、あわててひざまずいて拝礼した。
ユリは思いもかけない大胆な行動に胸をときめかせた。
今朝までは先日リリア姫に言われた暴言に傷つき、もしかしてリリアの言う通りなのかもしれないと絶望の淵に立っていた。
それが先程の天幕前の挨拶でのスシーマの行動で、すっかり元気を取り戻していた。
「ユリ様、あれは間違いなくスシーマ様の意思表示ですわ」
「そうですわ。正妃にはユリ様を選ぶと暗におっしゃったのです」
「リリア様の先日の暴言は、やはりあの方の思い込みでしたのよ」
「ふふふ。さっきスシーマ様がユリ様の頭を撫ぜられた時のリリア様の顔を見まして?
すっかり青ざめておられましたわ」
侍女達の言葉にも勇気づけられた。
そして今度は天幕に現れた。
これはもう間違いないと言ってもいいはずだ。
(正妃に私をお選びになるつもりなのだわ!)
ユリは頬を上気させてスシーマを出迎えた。
だからスシーマの肩から下ろされた人物にしばらく事態が掴めなかった。
「この巫女姫を隅でいいから置いてやってくれ」
そして地面に下ろされた女の容姿に息を呑んだ。
はずれたままのヴェールから月色の髪と翠の瞳があらわになっている。
絶対に認めたくはないが、きっと美しいと称される容姿に違いない。
なんとか自分より劣る部分を探そうとしたが、見当たらない。
辛うじて、幼く貧弱な胸だというぐらいか。
いや、豊満を好むヒンドゥ男達にとっては致命的だ。
そう思いたかった。
「これはシェイハンの……。なぜスシーマ様がこの姫を?」
噂には聞いていた。
シェイハンの巫女姫は月色の髪に翠の瞳だと……。
「ナーガが子供をいじめるなと言うのでな。仕方ないのだ」
ユリはスシーマの後ろに立つナーガを睨みつけた。
余計な事を言ってくれたものだと腹が立った。
ナーガは困ったように「すみません」と小さな声で謝った。
「本当に痩せて小さな姫だこと」
ユリは地面にうずくまったままの巫女姫を高飛車に見下ろした。
なぜ自分がこの女を天幕に置いてやらなければならないのか訳が分からない。
絶対嫌だ。
しかしそんな思いは、あっさり覆される。
「心優しいユリなら丁重に世話してくれると思ってな。
そなたにしか頼めぬのだ」
スシーマにそんな風に言われると、有頂天になった。
「ま、まああ! そこまで私を信頼して下さっているのね。
さあ、隅と言わず、私の横にお座りなさいな」
ユリは巫女姫の手を引いて自分の横に座らせた。
「では、私はもう行くが、あとはよろしくな。
ユリのために獲物を捕らえて参るぞ」
「お任せ下さい! スシーマ様!」
すっかり上機嫌なユリの天幕を出ると、ナーガはぼやいた。
「また罪つくりな事をおっしゃって……」
「ああでも言わねば酷い扱いを受けるだろうが」
「それはそうですが……」
ユリはすっかり期待した事だろう。
自分が正妃に選ばれると。
「どうするつもりですか? 予定通りユリ様を選ぶのですか?」
本命がもう別の所にある事は、忠臣には充分わかっている。
「今日は誰も選ばぬ」
「ええっ!? でもそんな事、みんな納得しませんよ」
「帰って充分に吟味すると言う。根回しの時間が必要だ」
「何の根回しですか?」
「あの巫女姫には何の後見もない。刺客から守る隠密すらいない。
今日あの姫の名を出せば、明日には暗殺されているだろう。
あまりに危険だ」
「確かに……」
むしろ今まで暗殺されなかったのが不思議なぐらいだ。
もしや王が秘密裏に隠密をつけているのか。
しかし、すぐに思い直す。
あの王はそんな気の利く人物ではない。
「ですがあの巫女姫の後見になってくれるような強力な重臣などいますか?」
「母上に頼もうと思う」
「ラ、ラージマール様ですか!」
ナーガは驚いた。
それは確かに誰より強力な後見になるだろう。
「母上はいつも最愛の者を正妃に選べと言っていた。
きっと協力してくれるはずだ」
「では、もうお認めになるのですね?
あの巫女姫を愛していると……」
スシーマは一瞬黙り込んでから、ゆっくり口を開いた。
「ああ。愛している……」
ナーガは心の中で(よっしゃあ!)と拳を握り込んだ。
長年どれほどお膳立てをしても言わせられなかった言葉をようやく導き出せた。
次話タイトルは「望み通り殺してやろう」です。