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第8話 嫌われている……

 スシーマの挨拶周りが終わると、最後に王が名だたる重臣を従えて天幕の前の花道をゆうゆうと馬で進んできた。

 ドーラの音が鳴り響き川向こうに集まった民衆にも手を振り答えているため、その歩みは遅々《ちち》として進まない。


(早くしてくれ。さっさと余興よきょうが始まってくれ)


 スシーマは父王を待ちながら、落ち着かない気持ちで大天幕を見やった。


 ナーガは気を失った姫をとりあえず大天幕の隅に連れて行ったようだ。


(熱中症かもしれない。大丈夫だろうか)


 気が気ではなかった。

 余興が始まれば、そっと抜け出し様子を見に行こうと思っていた。



「スシーマ王子。我が娘はどうでしたか?

 非常に内気な娘で、他の姫君のように華美に飾ったり贈り物をしたりという事が出来なかったようなのです」

「我が娘は熱心なバラモン信者でして、うぶ過ぎるのが難点でしてな」

「我が娘はずっと城から出た事のない深窓の姫でして、こたび初めて外に出たのです」


 そわそわ落ち着かない王子に、次々重臣達が自分の娘を売り込みにやってくる。


 堅物の王子は、内気で敬虔けいけんな深窓の姫が好みだと思われていた。

 いや実際自分でも、つい最近までそう思っていた。


 あの巫女姫に会うまでは……。



「いつまでその女に構っているつもりか」


 ようやくの事で式典を抜け出しナーガのもとに駆けつけたスシーマは、平静を取り繕って言い放った。


「スシーマ様、もうこの姫をいじめないで下さい。可哀想ですよ」

 ナーガは自分のマントの上に横たわる姫に団扇うちわで風を送りながら答えた。


「その女が無礼な態度だからだろう。いい気味だ」

 つい憎まれ口ばかりが出てしまう。


 そうしてナーガが介抱する姫を覗き込んだ。


 ドキリと心臓が跳ねた。



 目を閉じて気を失っている少女は、あまりに頼りなげで無防備だった。

 先日の傲慢なほどの意志の強い瞳は、今は力なく閉じられている。

 小さく精巧な鼻と口はあどけなく、国を背負うにはあまりに幼い。

 この小さな体で、マガダという途方もない大国に立ち向かおうとしている。

 頼れるものなど何もないこの国で、一人死に道を探している。


 それが無性にいじらしくなった。


「まだ幼い少女じゃないですか。大人気おとなげないですよ」

 ナーガに責められ、その通りだと思った。


「弱い者いじめなんてスシーマ様らしくありません!」


 スシーマは急に怒涛どとうの罪悪感にさいなまれた。


「わ、分かった、分かった。もういじめぬ」


「異国から来て、後見も無いのです。天幕も無しでは可哀想です」

「う、うむ。ユリの天幕にでも入れてもらうか」

「ユリ様の?」


 ナーガはそれはまずいのではと思った。


「私の頼みなら無下むげに断らぬだろう」


 しかし一番安全な場所には違いなかった。



 スシーマは巫女姫のそばに膝をつくと、そっとその柔らかな頬に手を伸ばした。

 二十才はたちの青年の手には余り過ぎる小さな頬。

 そこに温もりがあり、息づいている事がたまらなく嬉しい。

 今、この瞬間、自分の手の内にある事に心踊る。


 もう手放したくない。


 その時、少女の瞳がうっすら開き、みどりの光が漏れこぼれた。


「あっ!!」


 そしてスシーマを見止めた途端、警戒の色を浮かべて大きく見開かれる。

 その一連の動きは、恍惚こうこつといっていいほどの感動をスシーマに与えた。


 この瞬間に、スシーマは間違いなく恋に堕ちた。

 この瞳に囚われてしまった。

 翠の深海に溺れ堕ちたのだ。

 

「スシーマ王子!!」

 しかし巫女姫は非難を込めた瞳で後ずさった。


 その様子には結構傷ついた。

 自分の感情と真反対の気持ち。

 ありありとそれが分かった。


(嫌われている……)


 当然といえば当然なのだが、やはりショックには違いない。


「そんな目で睨むな。私達はそなたを介抱していたのだ。

 そなた、眠っていれば愛らしいのにな」


 そっと手を伸ばすと、それを避けるように少女は更に後ずさった。

 その憎しみのこもった視線にいらいらする。


「勘違いするな! ここは男達の天幕だ。

 ユリの天幕に連れていってやろうと思っただけだ。来い!」


 巫女姫はそれには素直に従い、立ち上がろうとした。


 しかし、まだ体調が戻っていないのか、立ち上がりかけてすぐに座り込んでしまった。

 ふらつきながらも睨んだ視線を外そうとはしない。

 隙を見せたら何をされるか分からないと警戒しているらしい。


 スシーマはおかしくなった。

 どんなに警戒した所で、この小さな少女に二十才の男に勝てる何があるというのか。

 こちらが本気の腕力で対峙すれば、なすすべもない。

 それでも、持てる限りの全力で抵抗するつもりなのだろう。


(可愛いな……)


 惚れた弱味なのか、憎らしい態度さえ可愛く思えてしまう。


「立てぬのか? 手のかかる女だな。

 どれ、抱き上げてやろう」


 スシーマはそっと手を差し伸べた。

 しかし、その手は少女の平手で払いのけられた。


「結構だ! 自分で歩ける!!」


「なにっ!!」


 いくら可愛くとも、さすがに腹が立った。

 しかし、気の利く側近があわてて止めに入った。

「スシーマ様!」


 スシーマは、ため息をつきながら気持ちを落ち着ける。


「女のくせにつべこべ言うな!」


 そして今度は手加減なく、あっさりその細腕を掴み、ひょいと左肩に担ぎ上げた。

 あまりに簡単だった。


 そして……軽い。


(女とはこんなに軽いものなのか?)

 さすがに驚愕した。


 幼い頃のユリでももう少し重みがあったと思う。

(本当に人間なのか?)


「放せっっ!!」


 肩で暴れる少女がスシーマの背中をこぶしで叩いたり足をばたつかせているが、それもまた、あまりに軟弱な攻撃で、少しもこちらのダメージにはならない。


 想像以上の非力だった。

 あまりに弱く無力な存在。


 こんな非力しか持たず、よく自分に楯突いたものだとむしろ感心した。


「しょせん力でかなわぬのだ。

 素直に抱かれていれば丁重に扱ってやるものを」


「放せっ! 放せっっ!!」


 スシーマは、肩で暴れる少女がたまらなく愛おしく思えた。


次話タイトルは「お認めになるのですね、愛していると」です。

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