第5話 あら、わたくしに言わせるの? そんなひどい事を
スシーマがシェイハンの巫女姫を断ったという話は、あっという間にヒンドゥ中を駆け抜け、やきもきしていた姫達はほっと胸をなでおろしていた。
しかし正妃の座を異国の女にとられるかもしれないと肝を冷やした重臣達は、いよいよ強硬手段に出るようになった。そうして、なんとか婚約者選びの鹿狩り大会を開く約束を取り付けた。
国中の年頃の姫がいる権力者達は、このチャンスを逃すまいと、こぞって参加の名乗りを上げた。
その数はあっという間に百を超え、とてもじゃないがそんなに天幕を広げる場所などないと、参加者の選別会が行われた。
「ああ、神様。どうか選ばれますように」
選別会は王宮の広間で開かれていた。
広間は名家の姫君達で溢れかえっている。
みんな金糸の刺繍が入った一張羅のサリーを着込み、ヴェールから唯一出ている目元には重ね過ぎるほどに色粉を重ね、香の匂いをぷんぷんさせていた。
選別役はラージマール王妃が選んだ古参の女官達だ。
「アンガ国重臣チャンパーが娘、ジャナでございます」
「申し訳ございませんが、今回は王女の身分しか参加出来ません。お帰り下さい」
「ええっ? でもアンガ国の宰相の娘でございますよ」
「残念ながら宰相の娘まで選んでしまうと、百人を超えてしまうのです。
どうかお引取りを」
姫君とお供の侍女は、がっくり肩を落として帰っていく。
「マツヤ国王ジャイプルが娘、ヴィラータでございます」
「ヴェールを外して下さい」
姫はヴェールを外して顔をあらわにする。
非常に美しいヒンドゥ美女だ。
「少し色が黒いですわね。
ビンドゥサーラ王は白肌のみとおっしゃってましたので、残念ながらお帰り下さい」
「で、でも、わたくし国でも一番の美人だと……」
「申し訳ありません。王のつけた条件ですので」
王女と付き添いの侍女は、よよと泣き崩れながら去って行く。
そんなドラマを繰り広げながら、最終的に十人にしぼられた。
とんでもなく熾烈な選別会だった。
もう選ばれただけで国中に自慢出来るレベルの姫君達だ。
「では天幕の場所を決めますので残った姫君はこちらへ……」
「お待ちになって!」
その声に、十人の姫君とその侍女は一斉に広間の入り口に振り向いた。
そこには紫のサリーに宝飾をふんだんに飾りつけた姫君が侍女を五人も従えて立っていた。
「ユリ様!!」
古参の女官はすぐに気付いた。
「まあ、あの方がコーサラ国の姫君?」
「あの額飾りの宝石の大きさを見て」
「姫君一人に侍女が五人もいるなんて……」
姫達がこそこそと侍女と話す声が聞こえる。
この並居る姫君達の中にあってもユリの身分は格別だった。
「ユリ様はこちらに来られなくとも、無条件での参加が決まっておりますよ」
古参の女官が拝礼して答えた。
「ええ、分かっているわ。天幕の場所を確認しに来たの」
「天幕の場所でございますか?」
「王の大天幕の隣りにしてちょうだい」
王の大天幕は一番奥に張られ、狩りの休憩所として参加貴族の男性陣が立ち寄り、最終的に宴会の場となる所だった。
もちろんスシーマ王子もここで休憩する事になる。
「大天幕の隣りは騒々しいと思いますが、よろしいのですか?」
「構わないわ。
スシーマ様は静寂を好む方だから、大勢の天幕ではくつろがれないと思いますの。
わたくしの天幕が横にあれば気軽にお休みに来られますもの」
ざわざわと他の姫君達が侍女と耳打ちし合っている。
自分は特別なのだと言いたげなユリに反感を持ちながらも誰も反論は出来なかった。
「で、では仰せの通りに……」
古参の女官ももちろん逆らえない。
しかし、思いがけない声に遮られた。
「お待ち下さいな!」
広間の入り口に、もう一団、姫君の集団が現れた。
ユリに負けないほどの煌びやかなオレンジのサリーに、宝飾をこれでもかと全身につけている。
そして侍女の数は六人いた。
「アヴァンティ国のリリア様!」
古参の女官達がユリに対するのと同じように拝礼した。
「アヴァンティ国の?」
アヴァンティ国はコーサラ国と並ぶ大国で、どちらも代々王の五人の最高顧問官の一人として仕えている。
待遇はほぼ同等だが、鉄鉱石の豊富にとれる巨大な鉱山を領地に持つ分、コーサラ国よりずいぶん裕福だった。
「わたくしも大天幕の隣りがいいですわ。
せっかくの婚約者選びの狩りですもの。
スシーマ様もいつも見飽きている女性より、日頃接する機会のない姫君と話してみたいでしょうし」
「な! なんですってええ!」
姫君二人はお互いに侍女を従え広間の真ん中でにらみ合った。
「ふん。会った事もないあなたに何が分かるというのかしら。
スシーマ様は出しゃばる女性が大嫌いなのよ」
「それはあなたの事ではなくって?」
「な! な! なんて無礼な!」
ユリはわなわなと震えた。
「スシーマ様がどうして正妃を選べないのか、ユリ様はまだ分からないのかしら?」
「ど、どうゆう意味よ!」
「あなたが婚約者候補筆頭として居座り続けるから他の姫君を選べないのよ」
「そ、そんな事は……」
「どうして気付かないのかしら。
これほど条件の揃ったあなたを選ばないというのがどうゆう事なのか。
いい加減気付いても良さそうなものですのに」
「ど、どうゆう事だって言うのよ!」
「あら、わたくしに言わせるの? そんな酷い事を……。
ねえ、みなさまも思ってらっしゃるでしょう?」
リリアは周りの姫君達に同意を求めた。
姫君達は答える事も出来ず、あわてて目をそらす。
「あらあら、やはり私以外に忠告出来る身分の者はいないのですわね。
本当に嫌な役周りですけど、マガダ国の未来のためですわね」
リリアはため息を一つついてから、おもむろに右手を上げてユリを真正面から指差した。
「あなたとだけは結婚したくない!
スシーマ様はそう思っておいでですのよ」
「ま、まさか……」
ユリは蒼白になって呟いた。
「でも優しいスシーマ様はあなたを傷つける事が出来ず、正妃選びを先延ばしにしてらっしゃるのよ。
あなたが婚約者候補を辞退すれば、きっとすぐに決まるでしょう」
「う、嘘よ! そんな事ないわ!
スシーマ様はまだ学びたい事があるからだと……」
「お優しい方ですわね。
あなたはその優しさに付け込んで、マガダ国の未来さえも揺るがしているのよ。
皇太子がいつまでも結婚もせずにいれば、必ず世継ぎ問題で政争が起きるわ。
仮にも一国の王女であるなら、国のため身を引く事も考える思慮深さがないとダメですわよ。
ああ。そんな思慮深い姫ならスシーマ様も正妃に選ばれてたのかしらね。ふふふ」
「う、うそよ……」
ユリは愕然と立ち尽くした。
次話タイトルは「そこまで堅物の朴念仁だったか」です