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第12話 簡単に手に入るから興味が無かったのかもしれぬ

「あ、スシーマ様!」

 突然馬にむちを打つスシーマに、側近のナーガの方が驚いた。

 助けろとは言ったが、まさか剣を交えるつもりじゃないだろうなと焦った。

 そんな事をすれば、間違いなく失脚だ。


 愛する女性を見つけて欲しいとは思っていたナーガだが、失脚するほど愛に溺れて欲しいとは思っていない。それでは本末転倒だ。


(もう、かんべんして下さいよ~)


 真面目過ぎる堅物王子には、中途半端な愛し方など出来るはずがなかった。

 愛すると決めたなら、命懸けで愛するしか出来ないのだ。


(ここまでだったか……)


 聡い側近は瞬時にこれから起こる事を計算した。

 そうして忠誠を誓う王子の終わりを見た。




 そして……。


 自分も馬に鞭を打ち、主君を追いかけた。


(最後までお供致します)


 ナーガは王子と共に切られる覚悟を決めて、馬を走らせた。

 もし王がスシーマに剣を向けるなら、自分は全力で阻止しよう。

 反逆罪の汚名を着ても、自分はこの王子のためにすべてを捧げる。

 その覚悟で仕えてきた。


 それは、この最後の瞬間も変わらない。



 そうして……。


 ナーガは我が王子の聡明さに、この時ほど感心した事はなかった。

 咄嗟の出来事にも関わらず、誰も死なずに済む最善の行動をとった。


 いつでも王子を守る覚悟をして王の眼前にまで馬を寄せていたナーガは、スシーマが馬を降りたのを見て、あわてて自分も馬を降り王子の背後で拝礼した。


 そうして王子の機転のおかげで事無きをえたのだ。


 ナーガは誇らしかった。

 自分の仕える方はこんなに素晴らしいと大声で叫びたかった。


 重臣達も観衆も、この出来事で王子が慈悲深く聡明な男だと心に刻んだことだろう。

 誰もが未来の王として認めたはずだ。


(災い転じて……だな)


 しかし、ただ一人、迷惑に思っている人物がいた。

 それは残念な事に、その王子が誰よりも愛している相手だった。




「なぜ助けた?」


 父王がようやく納得して側近の所へ戻るのを見届けていると、側に立つ巫女姫は責めるようにスシーマを見上げていた。


 失脚するかもしれない危険に晒されながら助けたというのに、その瞳には感謝どころか、激しい非難がこもっていた。


「とんでもない汚点をつけてくれたな。

 私は今まで一度だって父上に逆らった事などなかったのに……」

 

 非難したいのはこっちの方だとスシーマはため息をついた。


「ならば放っておけばいいではないか。

 しかも妃などと……。正気か?」

 余計な事をしてくれてと怒りさえ浮かんでいる。


 せっかくの死ぬチャンスを失ったと思っているのだ。

 少しでも目を離すと、きっとまた死に道を探す。

 スシーマは少女の腰をぐいと引き寄せた。


「話は後だ。来い!」

 少女を抱いたまま自分の馬に飛び乗った。


「何をする! 放せっ!!」

「よいから大人しく乗れ!

 自分が今、どうゆう状況か分かっているのか!」


「どうゆう意味だ!」


「周り中、敵だらけということだ。

 王を見てみろ!

 側近に何を命じているか分かるか?」


「私を殺せと命じているのだろう?

 それでいいのだ。

 邪魔をするな!」


 やはり死を切望している。


 スシーマは暴れる少女を無理矢理、馬上の自分の前に座らせた。

 だが、巫女姫はなんとか降りようと暴れている。


(どうすれば思い留まるのか。

 どうすれば大人しく言う事を聞いてくれるのか)


「殺せば呪われると思っているのだ。

 死なない程度にそなたの腕一本切り落とすか、その美しい顔に傷をつけるか、目玉を抉り取るか。

 女なら裸にして公衆の面前に晒すという方法もある」


 思いつきの脅迫は、意外にも巫女姫を驚愕させたようだ。


「な! まさかそんな事……」

「今のはすべて王が過去にやった事のある刑罰だ」


 それは本当だった。


 父王は奴隷階級シュードラや不可触民などはゲームのこま程度にしか思っていない。

 ただし貴族にはさすがにしないだろうが、そこは言う必要はない。

 とにかく死を思い留ませることが出来るなら、どんな嘘でもつくつもりだった。


「そのようなむごい事を……」


 幸いな事に、この脅し文句は効いたようだ。

 どれほど強がってみても、やはり十四の少女だ。

 残酷な死に様に恐怖を抱かぬはずはない。


「父上は執念深いぞ。

 今、私のそばを離れたらどうなるか分からぬぞ」

 最後のトドメで追い詰めた。


 スシーマの腕の中に収まる小さな少女はガタガタと震えだした。


(少し脅し過ぎたか……)

 スシーマは腕の中で震える少女がおかしくなった。


(可愛いな……)


 さっきまでの月神のような威厳はどこかへ吹き飛び、年相応の頼りない少女に戻っている。


 このギャップにやられる。

 強いと思えば弱く、弱いと思えば強い。


 いや、本当はとても無力で弱い。

 だが、国を背負うプライドだけで必死に強がっているのだ。

 その健気けなげさが、たまらなく愛おしい。



「それに悪いが私はモテる。

 そなたを妃にと公言したせいで国中の姫を敵に回したと思ってくれ。

 命も狙われるだろう」


「ならば取り消してくれ!

 私はそなたを愛する事などない!」


 あっさり言い切る少女が憎らしい。


 ヒンドゥ中の姫が自分との結婚を望んでいるというのに、少しも喜んでいない。

 それどころか、ひどく迷惑そうだ。

 だが、スシーマはもう腹が立たなかった。


「簡単に手に入るから興味が無かったのかもしれぬな……」

 スシーマは呟いた。


「え?」


 少女は背を守るスシーマを怪訝な顔で見上げた。

 その深い翠の瞳に自分が映るだけで心が躍る。


 心はまだ遠くとも、今この腕の中にいるのが嬉しい。

 その心も体もすべてを奪ってしまいたい。

 こんな気持ちの昂ぶりを初めて経験した。


「そなたを気に入ったという事だ」

 スシーマは知らず微笑んでいた。


「なにを……」


 しかし、甘い時間は「わあああ!!」という歓声で現実に戻された。




「あれは……。アショーカ……?」


次話タイトルは「あの男、欲しいな」です。

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