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第1話 考えただけで面倒だ。絶対嫌だ!

「スシーマ様! 婚約者候補が決まりましたよ!」


 側近のナーガが部屋に駆け込んで来ると、スシーマの肩に乗ってくつろいでいた子猿のハヌマーンがキキッと鳴いて、首にしがみついた。

 白毛に金の王冠をはめた猿はスシーマの神獣だと言われている。


 スシーマは手元から顔を上げ、子猿をなだめながら(またか……)とため息をついた。


「何度言えば分かるんだ。

 私はまだ結婚する気はない。すぐに断れ」

 迷惑そうに一喝してから何事もなかったように作業に戻った。


「え――っ、またですか?

 ご自分が何才だか分かってるんですか?

 もう充分過ぎるほどの適齢期ですよ!」


 ナーガはがっかりしたように人の良さそうなハの字の眉を下げた。

 本人はいたって好人物なのだが、頭に乗せてはいけないものを乗せている。


「おい、それ以上近付くな。ハヌマーンが怖がる」


 ナーガの頭から二匹のうごめくものがシャーッと舌を出して威嚇する。

 ハヌマーンはキ――ッと悲鳴を上げてスシーマの背に隠れた。


「やだなあ。ブリトラとマナヒーはとってもお利口なんですよ」


 ペットのように名前で呼ばれたそれはヒンドゥ最強の毒蛇だった。

 いつもターバンのようにナーガの頭の上でとぐろを巻いているが、決して頭の上で飼う生き物ではない。


 文武、人柄、すべてにおいて優秀だが、とても残念な側近だった。



 スシーマ王子は最近、二十才はたちになった。

 緑のターバンからは栗色の長髪が右肩に編み下りて、聡明さを映す藍色の瞳は、くどい顔の多いヒンドゥ男達の中にあって涼やかで、女受けがすこぶるいい。

 しかもヒンドゥのほぼ全土を治めるマガダ国の第一王子でもあるため、ひっきりなしに縁談があった。


 仕方のない事だとは思っている。


 だが、正直興味がないのだ。

 別に男色だというわけではない。

 結婚はしようとは思っている。

 後宮で黙って慎ましやかに世継ぎの子を産んでくれる女であれば、特に文句を言うつもりもない。

 誰でも良かった。


 ただ、周りはそれで納得してはくれない。

 最高の家柄と最高の容姿を兼ね備えた最高権力の姫。

 誰を選んでも政争が巻き起こり、誰に決めても女達の嫉妬と反感を買う事は目にみえていた。


「めんどくさい」

 それが一番正直な感想だった。


「もう、何言ってるんですか。国一番のモテ男が」

 ナーガは呆れたようにため息をついた。


「私は森で隠棲する聖者を訪ねる旅に出たいのだ。

 三年ほどかけてヒンドゥ中の森をまわりたい」


「そんなこと王も重臣達も、もちろんヒンドゥ中の美姫達も許しませんよ」

 非の打ち所のない主君だが、堅物過ぎるのが長所でもあり欠点でもあった。

 以前は長所と思っていたが、現在では非常にやっかいな欠点だったとナーガは捉えている。


「ところでさっきから何をなさってるんですか?」


 スシーマの目の前の机には巨大なオブジェのような珍品がそびえ建っていた。


「これか? 先日お会いした聖者殿が告げた世界の形を模型にしてみたのだ。

 聖者殿の話では、三頭の巨大な象に支えられて我々の暮らす大地があるらしいのだ。

 更にその象を支える巨大な亀がいて、その亀は巨大な蛇に支えられているそうだ」


 粘土で作った蛇を輪にして、その中に本物の亀の剥製がのっている。

 さらに三頭の象を器用に作り、平べったい盆のような大地を支えている。


「なんと! 我々は象が支える大地に暮らしているのですか!」

「そうらしいぞ」

「では象が動いたらどうなるんですか?」

「象が動くと地震が起きるらしい。

 道理で地震が多いわけだ」

「我々はそんな不安定な上に暮らしてるんですか? 

 怖いじゃないですか」

「そうだ。だから神に祈らねばならぬのだ」


 ナーガは今日こそは言おうと思っていたお小言も忘れ、感心してオブジェに見入った。


「この大地の真ん中に須弥山しゅみせんがあるらしいのだが、そうなると我々はこの辺に立っている事になるが、大地の端までは遠いのだろうな」

「大地の端ですか?」

「大地の端がどうなっているのか見てみたい」

「そんな事やめて下さい。転がり落ちたらどうするんですか!」

「転がり落ちたら神々の国に行けるやもしれぬぞ」


 様々に思い巡らす王子を見て、ようやくナーガはもっと間近な大問題を思い出した。


「そんな途方も無い問題よりも、今日こそは目の前の大問題を片付けて頂きますよ!

 いい加減正妃を決めて頂かないと、大地の前に国が揺らぎます」


 スシーマは余計な事を思い出した側近に肩をすくめた。


「では、三年留守にする間にお前が適当に選んで後宮に入れておいてくれ。

 好みは特にない。

 強いて言うなら、私の言う事に逆らわず、何年も放っておいても文句も言わず子を産んできちんと教育出来る、謙虚で賢い姫がいいな。

 ああ、それから王子を産むわけだから、似てもいい程度の容姿は欲しい」


「結構言いましたね」

 ナーガは苦笑した。


 だが、条件に合う女を見つけるのはさほど難しくもないだろう。

 なにせヒンドゥいちの優良物件の王子だ。


「ですが王子、今回名前の上がっている姫はちょっと変り種ですよ。

 会うだけでも会われてはいかがですか?」


「変り種? 火を噴く特技でも持ってるのか?」


「火は噴きませんが、月色の髪を持つ巫女姫らしいですよ」


 主君命の忠臣には、結婚相手にひとつだけ願う事があった。


「巫女姫? なぜ巫女が結婚するんだ」

「シェイハンの巫女姫らしいのです」

 

 きちんと恋をしてかけがえのない相手と結婚する事。

 それがナーガの願うスシーマ王子の正妃の条件だ。


「シェイハンとは、たしか父上が先だって侵略したという神の国か?」

「はい。そこの次代の聖大師となる姫を騙して連れて来たそうです」


「は。また父上は罪深い事を。

 シェイハンの聖大師といえば、ミスラ神の神妻かみづまだったか。

 さぞかし恨んでいる事だろうな。考えただけで面倒だ。絶対嫌だ」


「ですがシェイハンの聖大師といえば、世界を牛耳る覇王の妻とも言われております。

 なんでも恐ろしい神通力を持っているそうですよ」


 スシーマはふんと鼻で嗤った。


「デマだな。恐ろしい神通力を持つ姫が、どうしてまんまと侵略されてマガダに連れて来られるんだ。

 そんな凄い姫なら、今頃マガダは滅んでいる」


「……。確かに。

 いえいえ、そういえばまだ聖大師見習いで、神妻になってないという話です。

 だからじゃないですか?」


「適当な事を言ってごまかすな。

 仮に私がもしミスラの神妻であったなら、騙されて敵国に連れて来られた段階で自死するな。

 いまだに自死もせずに、のうのうと皇太子と婚約しようとする厚顔無恥に吐き気がする」


「もう、スシーマ様は敬虔過ぎるんですよ。

 巫女姫だって死ぬのは怖いじゃないですか。まだ十四の少女らしいですよ」


「十四ならもう分別もつくだろう。

神の妻になろうという者が、他の男との婚約を言い渡されて受け入れる段階で二心あるという事だ。同じく神に仕える者として軽蔑する。断れ!」


「もうもう。じゃあスシーマ様がご自分で断って下さい。

 今回はビンドゥサーラ王、みずからのご推薦ですから。

 会わないわけにはいきませんからね」


「……ったく。そんなヒマがあるならバラモンの神々にマントラを唱えて過ごしたい。

 まだまだ学ぶ事がたくさんあると言うのに」


 やれやれとナーガは肩をすくめた。


 この尊敬すべきマガダの皇太子は、次代の王として申し分のない男だ。

 容姿もいいが、頭もいい。剣の腕も象乗りも巧い。

 かと言って驕る事もなく、真面目な努力家だ。

 バラモンの神々を信心する敬虔な聖人でもある。

 いや、聖人過ぎて遊ぶ事をしない。


 それが唯一の問題だ。


 酒、ばくちだけなら別にいいが、女遊びもしようとしない。

 一応、王子としての教育の一つに子宿しの法則という授業もあるが、教育が終わった後、女遊びにのめり込む王子達が多い中で、この皇太子だけは教育課程を終えると同時に興味を無くした。


 モテ過ぎるのもその原因の一つだ。


 とにかく女達がほうっておかない。

 良家の姫達はあの手この手で近付こうとするし、世話をする女官や下女ですら、あわよくばお手つきにならないものかと、夜這いをかけてくる。

 この王子に限っては刺客よりも夜這いの女の数の方が多い。


 いい加減うんざりする気持ちも分からなくはない。

 だが、そろそろ世継ぎを産む正妃を迎えて欲しい。

 それがナーガの今最大の課題だった。


 今度の姫こそはと期待していた。

 なにせ敬虔な巫女姫だ。

 夜這いをかける女達とは違うはずだ。

 しかもシェイハンの聖大師は絶世の美女だという噂も聞く。

 今度こそは堅物の王子の気持ちも動くのではと望みをかけていた。


「とにかく、明日、こちらに来て頂きますから、ご自分でお話になって下さい」


 無理矢理だが、約束だけはなんとか取り付けた。




次話タイトルは「嫌ならこの場にいる姫達から正妃を決めなさい」です

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