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八話:追試開始

 翌日。天気は曇り。雨は降りそうにはないが、移動を考えるとなれば都合のよい天気だ。

 曇天に覆われた空を見上げながら、リュカは仲間が集まっている学校の中央にある噴水に向かっていた。

 学校の事務所に追加クエストの内容、並びに担任の許可、クエスト期間などを記入し、無事に登録を終えたところだ。


 ――これから向かう場所は、正に人っ子一人いない魔境。


 危機を招いては一瞬でパーティメンバーの全滅もあり得る。

 この学校のクエストで命を落とした、という事件は幾度とある。

 入学当初に『実習クエスト中の命の保障はない』という注意書きがあることからも、こと学期末の実習は慎重にならざるを得ない。


「……気合、入れないとな」


 リュカは久々の遠出のクエストに緊張しつつも、若干の懐かしさを思い出した。

 スウェン王国に来るまでの彼の動向は、決して安全な旅路というわけではなかった。

 幾度となく、修羅場を乗り越えたこともある。


 ――あれ。


 決意改めパーティメンバーが集まっている場所に向かうと、集合場所でアリスが誰かしろと口論している場面に遭遇した。

 アリスの対面の女子はまくし立てるように何かを言った後、リュカのいる方面、つまり校舎側へと歩みを進めた。

 ふと視線が交わる。

 彼女はリュカの顔を見ると、小さく手を振ってニッコリと笑うと、そのまま歩みを進めていった。


「何よあの女! 毎度毎度、事あるごとに喧嘩売ってきて! 一度、上下関係を体に染み込ませないと分からないのかしら!」

「何があったの?」


 憤慨しているアリス、そしてそれを宥めようとしているシェリーを見つつ、リュカはエドモンドに尋ねた。

 エドモンドは「あー」と小さく声を漏らし、


「色々言われてたんだが、簡単にまとめると――追加のクエストで成績を上げてもらえるなんていい身分だな。どうせアリス(お前)が原因だろ。仲間もかわいそう……だったけなぁ」

「今のルリだったよね? そんなこと言う子だったっけ」


 アリスと口論していたのは、同じクラスの女子であるルリだ。

 入学当初、リュカと席が隣だったからか、話しているうちに仲良くなった子である。

 一度はパーティメンバーに誘われたこともあったが、ルリに誘われる前にリュカはエドモンドに勧誘だまされ、アリスのパーティに入ったので丁寧に断っていた。


「アイツは昔からアリスと仲悪かったしな。なんていうか、ソリが合わねぇんだ。それに魔法の腕も悪くないというのも、アリスを怒らす原因にはなってる」


 そこらへんの有象無象に色々言われたところで、魔法をチラつかせて黙らせるアリス。

 しかしルリもアリス同様と言わないが、相当なレベルの魔法を放てるスキルを持っている。

同レベル帯に近い魔法使いに正論を叩きつけられ、憤慨しているというわけか――と、リュカは思いながら、「ふぅー、ふぅー」と獣のように吐息を零すアリスに声を掛ける。


「別に追加のクエストは先生が提示した条件だよ、アリス。僕たちが頼み込んだわけじゃないし、非はないよ」

「分かってるわよ。それでも、イラつくものはイラつく。勝手にぎゃーぎゃー言ってさ! いい加減にリュカを解放しろだなんて、どのご身分で言ってんだが」

「……うん?」


 よく話が見えなかったが、あまり喋って時間を潰すのも、藪蛇になることも恐れたリュカは早々に話を切り上げることにした。


「さっさと森林まで行ったら、好き勝手に魔物に魔法放っていいからさ。さっさと行こうよ」

「……そうね。こんなところでグダグダ言っても始まらないわ。ここは一先ず私の――」

「火属性の上級魔法は封印ね」

「ッチ」


 そんなものを森に放っては大火事だ。

 とりあえずアリスは抑えに回っていたシェリーに「もういいわよ」と呟いて、ズンズンと森の方へと進み始める。

 その瞳には、絶対に見返してやるという意思が込められていた。

 三人は不安を覚えつつ、その後を追った。




*****




「『トルネード!』」


 時は既に夕方。中立の街近くから森へと進み、街道を抜け、西の森林の入口まで来た。

 当たり前と言うべきか、魔の森は数多くの魔物が生息していたため、周囲の魔物を倒しつつ探索を続ける四人。

 オーク。ゴブリン。オーガ。中にはバジリスクといった中級の魔物なども現れたが、先行するアリスの魔法に軒並み吹き飛ばされていた。、


「『雷霆らいてい!』」


 追撃の雷魔法で封殺されるオークの群れ。

 今放った魔法は、主に東大陸で使用される中級の雷魔法。西大陸のこの学園で使える術者は数少ない。

 にも関わらず、まるで息をするように発動させ、そして無慈悲に敵に雷を突き刺していくアリス。

 どれほど使い慣れているかがよく分かる。

 

 ……主に実験台エドモンドのおかげで。

 

「おっかねぇな、オイ」

「ここなら人の目もないし、ある程度被害が出ても魔物のせいに出来るしね。それに……」


 魔物を一撃で熨してしまう魔法を、常日頃受けつつもぴんぴんとしているエドモンドの発言に対し。

リュカは恐る恐る、といった風にアリスを見る。


「フーッ、フーッ――――ヒヒッ」


 まるで薬物でも適用したかのような豹変ぶり。

 その様子にリュカは「止めることなんて出来ないよ」とエドモンドに小声で言った。

 一緒に目の前の凄惨な光景を見ていたシェリーは小さく呟く。


「楽、出来てるからいい」

「……それもそうだな」


 彼女の発言に、エドモンドも同意する。

 確かに魔物との戦闘は彼女にまかせっきりだ。


「ていうかコイツ、どんだけ魔力保有量高いんだよ。中級魔法を、まるで初級魔法みたいにポンポン撃ちやがって」

「確かに、それはすごいよね」


 初級魔法と中級魔法の大きな差異と言えば、まず消費魔力の違いだ。

 初級魔法は、比較的誰でも使える程度の魔力消費で放つことが出来る。

 しかし中級魔法は一転し、魔力消費量は初級魔法の十倍以上ともされている。

 子供、ましてや子供より魔力保有量の低いエドモンドには放つことは無理だ。

 

 そして何より魔力を魔法として放つことは、想像以上に難しい。


 魔力の収斂しゅうれん、座標の設定、放出魔法の設定と区別――それらを同時に行うことは決して簡単ではない。

 初級魔法ならいざ知らず、中級魔法は並大抵の者では無理である。

 魔力が多いが、莫大な魔力を操作するのが苦手なため、シェリーは魔法が上手ではない。

 そして中級魔法は撃てるが、それを何度も同じ威力で撃つことは、リュカにも不可能である。


 それを現在一時間以上、それもクールタイムなしで永遠と撃ち続けているアリスの異常さを、お分かり頂けるだろうか。


「なんかこっち来る魔物も少なくなってきたな」

「最初は領域荒らしに来たと思われてコッチ来たのかも。でも……」

「アリスのお蔭で、敵対する魔物減った」


 魔物だって馬鹿ではない。むざむざと殺されに現れたりする生き物ではないのだ。

 アリスの魔力の波長や匂い、姿を覚えたりし、それを味方に流す魔物が居てもおかしくはない。

 その結果、一時間の魔法の嵐によって、リュカの周りは物静かになりつつあった。

 

 さらに十分も経つと死屍累々の中に佇むアリスが髪をかき上げ、


「ふぅ! こんなもんかしらね! それにしても、あんなに魔法を撃ち続けられるなんて、まるで夢のような時間だったわ!」


 眩い笑顔でそう言い放つ。


「……辺りは地獄絵図だけどね」


 リュカのぼやきは尤もだ。

 風魔法によって木々はなぎ倒され、氷魔法で穴ぼこになった地面。そして雷魔法で黒焦げた魔物と土の嫌な臭いが立ち込めている。

 

「はい、『トルネード』」


 リュカの発言で周りの光景を見たアリスは、再び中級魔法を放つ。

 しかし今までの攻撃性のあるものではなく、穏やかな風を纏う小さな竜巻だ。

 それを手足のように動かし、魔物と木々を浮かび上がらせ、そのまま遠くへぽいっとした。


「これでいいわね! ここを野営地としましょ!」

「あ、うん。そうだね」


 森の中にテントを張るよりは、少し拓けた場所の方がいいことは必然だ。


「アイツ、リュカの嫌味に何一つ反応しなかったぞ」

「久しぶりに暴れまわったから、気分がいいはず」

「なるほどなぁ。……逆にアリスがストレスため込むタイプだと考えたら、思わずぞっとしちまった」


 ブルリ、と体を震わせるエドモンドに、シェリーも小さく頷いた。

 日ごろちょっとずつ魔法を撃っているからこれほどの魔法の連撃を街中でしないだけで、本当ならこの光景を学園でやらかす可能性もあるのだ。


「……エドモンド、頑張れ」


 シェリーは静かにエドモンドの肩に置いて、彼の安寧を祈った。

 まともにアリスの魔法を喰らってピンピンなのも、幼い頃から交友がある彼ぐらいだからだ。

 上手く的になってくれと、そういうことである。


「何を突っ立ってんのよ! さっさと野営の準備するわよ!」


 先ほどのお二人の会話など露知らずの様子で、アリスは声を張る。

 へいへい、と動かされるエドモンドとシェリー。

 リュカはもその輪に入る形になる。


 ――アリスを一週間に一回、ここに連れてきてもいいのかもしれない


 誰にも気づかれないように、小さく呟いたのだった。



お酒の会議は昨日で終わったので、夜は更新出来ると思います。

移動中のgdgdもあったのですが、微妙な感じだったので飛ばすことに。

書いては消して、というのが一番時間の無駄ですね^^;


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