四話:リュカの過去
この話の前にもう一つ、食堂でのgdgdを書いていたのですが、納得いかずに削除しました。
あれから無駄な雑談を学園長としていると、すぐに夕暮れになっていた。
一通りの確認事項を行った後、学園長に別れを告げ解散した。
――その際、ウォルツが密かにリュカへ向けていた視線には誰も気づいてはいない。
四人は夕食を食べた後、女子寮と男子寮へ向かう分かれ道で別れる。
明日はダンジョンへ向かうための準備を行う予定だ。
「なぁ、いいか?」
「どうしたの、エドモンド」
歩きながら、ふとエドモンドがリュカに問いかける。
「校長が言ってたじゃん。なんか鋭いだの、それに理由があるだの」
「ああ、あれか」
今更隠すことでもないか、とリュカは心の中でごちた。
むしろ、隠していたより、みんな僕にそこまで生い立ち聞いたことなかったな――ということにリュカは気付く。
ある意味、今に生きているから関係ないとでも言わんばかりの態度と対応に、思わず笑みが零れた。
「え、俺の質問なんかおかしかったか?」
「いや、そういうのじゃない。ただみんな、良い奴だなって」
「お、おう。お前の口からそういうの聞くのはなかなかないな」
それもそうであろう。誰かのせいでいつも貧乏くじ引かされているのだ。
文句は出ても、感謝は出にくい。
「それで答えなんだけど――――僕って元々は孤児なんだ」
元々、リュカは親がおらず、気付けば一人で生きていた。
ここより遥か東にある大国の、とあるスラム街に住んでいたリュカ。
そこには平然と何も知らないスラム街の子供を駄賃で釣り、犯罪に加担させる大人が大勢いたのだ。
リュカもそれで一度痛い目を見ている子供の一人だった。
それ以来、危ない橋の見極めと、人一倍の警戒心が構築されつつあったのだ。
「……あり? リュカって母ちゃん居たよな? 俺会ったことあるじゃん」
「そうだね。あの人は、僕を拾ってくれて育ててくれた人だよ。……まあ、ちょっとぶっ飛んでるけどね」
「そうだな。ありゃアリス以上にヤバい」
思わず体を震わせるエドモンド。
一年ほど前に僕の様子を見に来たリュカの母が、彼らの鍛錬に付き合ってくれたのだ。
……それからの出来事は悲惨なものだった。
面白半分に参加したクラスメイトの死屍累々とした様は、今でもリュカの脳裏から離れない。
エドモンドはその持ち前の頑丈さから特に気に入られ、何度もぶっ飛ばされたり、頭に剣の柄をぶち込まれていた。
「まあ、そのお陰で強くなれたのはあるけどなぁ。あの頃は糞ババァとか思ってたが、今では感謝してるぞ」
「あんまり悪口言わない方がいいよ? どこで聞いてるか分からないから」
「……そうだな」
居ないと分かっていても、それでも周囲を見渡すエドモンド。
神出鬼没なので、油断はならない。
そして鬼強い。それがリュカの母親――マリア=アドレールだ。
「んじゃリュカの母ちゃんはどこで拾ってくれたんだ、お前のこと」
「東の大陸のある大国のスラム街だよ」
「えっらい遠くだなオイ。ここまで来るのに年単位かかるんじゃないか?」
「どうだろ。母さんだけなら一瞬で来られるかも?」
「本当に出来そうだから否定できねぇな。……それで? 出会った経緯とか、家族になった馴れ初めとかは?」
「……えらいグイグイくるね」
日ごろはどうでも良さそうなことしか訊いてこないエドモンドに、リュカは訝しげな視線を送った。
にっしっし、と快活に笑うエドモンドは、
「まあ、リュカのことはてんで分からないからな。アリスとは幼馴染だし、シェリーとも昔から一緒に遊んでたし。んでも、リュカは今の学校入るまで知らなかったじゃん? 出自とかも、好きこのんで一々聞くのも何だしさぁ」
だから今のうちに全部訊いとくんだよ――と。
エドモンドは欠伸しながらそう言った。
その様子に、エドモンドらしいな、と何故か憎めない友人に語り始めた。
「母さんと出会ったのは、僕が記憶している限りだと、とある宿だよ」
「宿? いきなり宿で出会ったのか? ていうかお前は孤児だったんじゃねぇのか」
「そうだよ。だから実際は宿が初対面じゃないんだ」
覚えてないんだけどね、リュカはごちる。
「意味がわかんねぇ」と頭を捻らせるエドモンドに、リュカは静かに笑った。
「どうやらスラム街で僕がヤンチャしていたみたいでさ、母さんはそれを止めに来ていただけなんだ。依頼されて、ね」
「リュカがヤンチャ? 暴れてたってことか? 無理だろ」
「そうだね。僕自身、無理だと思うよ」
――でもやっていたのは事実なんだ。
その独白は心の内に閉じ込める。
笑みを浮かべて喋りを開始した。
「環境が過酷だったからね。お金を餌に犯罪に加担させる大人。スラムの住人を排除しようとする国の役人。虎視眈々と奴隷に堕として金を稼ごうとする人攫い。その場の飯にありつくために仲間を売る同年代の子供。多分、安息なんて自分が見つけた領域ぐらいしかなかったんじゃないかな。……だからだろうか、いつからかトリガーが外れるようになったんだ」
「トリガー?」
「危なくなったら、意識が飛んで暴れちゃうようになった訳」
面白いでしょ、とリュカはエドモンドに言う。
「面白かねぇよ。お前、そんな風に生きてたのか」
「そうだね。そういう理由もあってか、命に関わることとか、甘い話とかには警戒しちゃうんだよね」
「今の話を聞く限り、仕方ねぇんじゃね?」
エドモンドの一言に、そうかも、とリュカは答えた。
「話を戻そうか。トリガーが外れるようになっちゃった僕は、記憶がない間に暴れるようになっちゃったわけで。んでその影響がスラム街の外にも及ぶくらいになったの」
「信じられないな」
「そうだね。僕も自分のこととは思えないよ」
そんなことが出来るほどの度胸があるとは、リュカ自身が思えない。
しかし事実として。
孤児の頃、記憶が突如なくなって戻った時には、人の死体が並んでいる光景がよくあった。
首を噛み千切った形跡。奪った武器で滅多刺しした痕。
頭では覚えていないが、体に感じる人殺しの感触が、いやに生々しかったのは、何となく覚えている。
「母さんに出会った時も、確かヤンチャがすぎたとか、何だかんだで大勢に絡まれてたんだ。それで腕をナイフで切られて――――気付けば、母さんが対面に居たってわけ」
「ふぅん。まあ、それじゃあ良かったんじゃねぇの?」
「本当は殺すのが目的だったみたいらしいけど、結局息子になっちゃったからなぁ」
「お前は面白いから私が育てる」と言われたときのことは今でも覚えている。
あの時の笑みは、純粋で輝いていて、見慣れていた下種共の汚い笑みと違っていたのを、リュカは改めて思い出した。
「なるほどなぁ。まあ、そんな過去があるなら確かに出自とか、自分から言い出しにくいわな」
「母さんも母さんだしね。ある意味、学校に入れてもらうまでは大変だったよ」
「ずっと旅してたんだっけなぁ?」
「そこは話したことあるよね」
お前の小さな価値観をぶっ壊してやる――という名目の下、リュカは母親のマリアと共に各国を歩き渡った。
道中で盗賊に絡まれたことはざらにあるし、町中でもスリや暴行の現場に巻き込まれたこともある。
しかしそれ以上に、異文化に触れ、食に触れ、土着の民に触れ合えたことで、リュカ自身の価値観は大きく変わったと言っても過言ではない。
「その最終地点はこのスウェン王国だったわけ。まあ、西大陸の西の果て近くだもんね」
「そうだな」
「実はこの学園に入るきっかけは、母さんと校長が知り合いだって理由が大きいみたい」
「それは初耳だぞ」
「言ってないし」
校長がリュカの警戒心に触れたことも、理由はそれだろうと彼は思っている。
ウォルツとは友なんだ――と、別れる前に言っていたことをリュカは思い出した。
「まあ色々と他にもあるけど、とりあえずそういった経緯で今はここにいる訳。……アリスに付いていけているのも、母さんの影響かもな」
「リュカが居なかったら本当にヤバかったぜ。パーティは四人以上じゃないと組めないし、中衛に関して言えばアリスを知ってる奴は絶対に組みたがらないし」
「僕だって知っていたら組まなかったと思うよ」
エドモンドに誘われて入ったアリスの率いるパーティは、最初こそ素晴らしい面子だと思っていた。
学年で随一の剣技を持つとされるエドモンド。溢れる魔力から分かるほどの、強大な魔法使いであるアリス。冷静沈着であり、決して後ろに敵を零さない守備特化の美人シェリー。
何故これほどの高性能な生徒が集うパーティに人が集まらなかったのか、リュカは分からなかった。
――――今ならばと、リュカは察する。
いつもの警戒センサーが、その時には発動しなかったことが悔やまれた。
「ま、何だかんだで俺たちもお前には助けられてんだけどな」
「とか言って。最初の頃は可愛いヒーラー欲しいとか言ってたじゃないか」
「ありゃその場の空気からの勢いだよ。真に受けんなって」
へらへら笑うエドモンドに、リュカはどうしようもないなぁ、と残念なイケメンに頭を抱えた。
「でもヒーラーが必要ってことは、怪我すること前提だぜ? リュカのサポートのお陰で、怪我することは殆どない。内容的にはお前の方が有用だ。だからむしろ誇ってくれ」
「……そう言ってもらえるなら、まあ嬉しいかな」
直で褒められることに慣れてないから、リュカは頬を赤らめて感謝した。
その様子にうっしっし、と悪ガキが浮かべるような笑みを浮かべるエドモンド。
「さて、長話もこれくらいにして、さっさと帰ろうぜ」
「うん」
エドモンドが欠伸を殺しながら歩くのを見て、リュカもまた、彼と共に男子寮へと向かう。
後々伏線になったり、ならなかったり?
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