二話:ベンチで会議
お昼下がり。授業も昼休憩で一旦休止しており、オープンテラスで学食を食べたり弁当を広げて楽しむ生徒が多い中。
リュカを含む四人は二つのベンチに並んで腰を掛け、空を見ながらぼーっとしていた。
「なぁー。どうするよ、追加のクエストさー」
さっきから誰かがこう発言するたびに、「あぁ」と曖昧な返事を誰かが零して、そのまま受け流されるばかりだ。
判定Cはギリギリ評価できる程度の判定だ。本来ならA、目指すはSぐらいが必要である。
学科ならばまだ許容できる判定ではあるが、実技でCということは、それだけで魔物討伐者としての評価が大きく決まってしまうのである。
つまり学校で卒業できる単位はもらえるが、実力としてはぺーぺーであると言っているようなものであり、この先の仕事に大きく関わることは十分にあるのだ。
そのため、本来ならば先生に直訴してもう一度、学期末ごとに行われる実技クエストを受ける必要があるのだが。
「なぁー。マジでどうすんだよ、追加のくーえーすーとー」
「うるさいなぁエドモンド。さっき言ってた先生の条件思い出してみなよ」
「問題を起こさない、だっけ?」
「そう。それが出来ると思うの?」
「無理だな」
エドモンドはとある女子生徒に目線を向けつつ、迷いなく答えを呟いた。
無理って即答するなら、行くかどうかなんて聞かなければ良いのに――とリュカは思う。
エドモンドの視線を受けて、アリスが自分に指を指す。
「……え、もしかして私に問題あると思ってるの?」
「お前しかいねぇじゃねーか。ぽんぽんぽんぽん上級魔法やら極大魔法やら撃って、その度に何かしろ壊してるんだからよぉ」
「ちょっと! 今回のは仕方なかったでしょうが! アンタ達じゃ倒せなかった敵を私が倒してあげたんでしょ!? 感謝こそすれ、そこで罪人扱いされるのはおかしいわよ!」
「そうね。肩が当たった通行人が謝らなくて意趣返しに水魔法撃って脅したり、練習という名目で脆い洞窟内で魔法使って落盤させたり、エドモンドに突っかかるたびに練習中の強力な魔法を撃って周りの民間人にも影響を出さなければ、もっと良かった」
「――――」
アリスの発言に、日ごろは単語での会話が多いシェリーも、長ったらしく彼女のこれまでの罪状を並べた。
全て記憶としてあるのだろう。無言を貫いていたが、三人の鋭い視線に「うっ」と小さく言葉を吐き、目線を逸らすアリス。
「ズバリ訊くけどさ、アリス。次のクエストで問題起こさない自信、ある?」
今回の最も重要な点を、リュカがアリスに問いかけた。
『問題を起こさない』という文言。
このパーティでは、『アリスが癇癪を起こさない』に直結する。
彼女が並レベルならば良かったのだが、なまじ魔法使いとしては優秀であり、並以上に魔法の威力が発揮されてしまうのが問題だ。
周囲の環境に多大な影響を及ぼすほどの強大な魔法を使える魔法使いは、この学園内でも数少ない。
そしてそんな強大な魔法をぽんぽんぽんぽん撃つことのできるアリスの含有魔力の豊富さ、そして先天的魔法センスも、通常であれば誰もが羨ましがる事柄だろう。
今は死活問題であるが。
「……リュカとエドモンドが突っかかって来なければ、多分」
アリスが小さく、四人に聞こえるかぐらいの声でそう呟いた。
それを聞いた三人は、
「無理だ」
「無理そうだなぁ」
「無理」
「……って、ちょっと! なんで全員否定してんのよ!」
メンバー全員から否定されたアリスが、憤慨しながら追及する。
「だってさぁ」と、アリスの言葉を聞いたリュカが、
「無理だよね。第一にアリスのぶっ飛んだ思考を訂正するごとに、僕がぶっ飛ばされる」
「そして俺が何気なく呟いた一言に、お前は何故か切れて魔法をぶっ放す」
「無理」
「――――ッ!」
赤い魔力の本流がアリスを中心に駆け巡る。
三人に、ものの数秒で強大な魔法をぶっ放す姿勢に入ってしまっている時点で、問題を起こさない選択肢はなくなるだろう。
自ら証明してしまっているようなものである。
――ああ、今回は火属性魔法かな。エドモンドを盾にしよう。
若干体を捩じらせ、上手いことエドモンドを盾にしようとするリュカ。
魔法を撃たれそうになりながらも平然と、それでいて情けないような表情でアリスを見るエドモンド。
そしてさっさと歩いて遠くに逃げているシェリー。
いつものスタイルが構築されつつあった。
「――――ぅう」
しかしながら、いつも通りならぶっ飛んでいる魔法が、今日に限っては飛ばなかった。
魔力を無意識ながら練り上げていたアリスが、流れを止めて構築寸前だった魔力を散らしたからだ。
「……え」
「おいおい、マジかよ」
「すごい。やれば出来る」
「ていうか事件だろこれ。明日は雪でも降るのか、オイ」
三人の驚愕とした表情と、最後のエドモンドのセリフに、怒りを抑えるように笑みを浮かべてアリスは呟いた。
「次のクエストが終わるまでは、絶対に問題を起こさないわ。起こさないから……溜まったストレスは後で発散させて頂戴」
「エドモンドにいくらでも魔法撃っていい」
「おいシェリー! 俺を売るな!」
「そもそも考えなしにアリスに突っかかるエドモンドも悪いんだからな。いくら幼馴染だからって、そろそろ分かった方がいいと思うんだけど」
リュカの言葉に、「そりゃそうだけどよ~」とエドモンドは困ったように顔を顰めた。
エドモンドとアリスは幼い頃からの知り合い、所謂幼馴染だ。
そのため、昔から容赦ない突っ込みをしては、魔法をぶっ放されていたのだろう。アリスに魔法を撃たれる抵抗が、エドモンドにはそこまでないのだ。
最近は上級魔法のレパートリーが増えたこともあって、「そろそろヤバいかもな」とは言っている彼だが、そもそも上級魔法を「ヤバい」程度で、しかも生身で受けている時点でお前もヤバい――とリュカは突っ込みたくなる。
「一応言っておくが、お前の要らない一言で魔法撃たれる回数増えてるのも自覚しろよな、リュカ!」
「……何でなんだろうなぁ」
正しいことしか言ってないなのに、とリュカは心の中でごちた。
それが怒りを買う要因になったり、「やめろやめろ」と言われる度にアリスの反骨心を盛り上げている要因になっていたりと、そこらへんは察しないといけないところではあるが。
「とりあえず、参加ということでいいかな?」
「落ちたら単位Dだぞ。単位D。実技でDはマジでやばいからな。アリス、気を引き締めろよ」
「分かってるわよ! 偉そうにしないでよねエドの癖に!」
「落ち着いて」
シェリーがアリスを落ち着かせようとする様を見て、リュカは神にも祈る気持ちで空を見上げた。
――神様、助けてください。
学園を照らす日差しに、何故か雲が割り込んだ。