十九話:脱出!
戦闘が終わり、リュークはしばらくの間、動かなかった。
否、動けなかったというのが正解だろう。
そして体から力が抜けたように、その場に座り込む。
「やるじゃねーかリュカ! 今度俺と手合わせしようぜ!
「だから! リュカじゃないって言ってるでしょ馬鹿!」
「ああー! 馬鹿って言った奴が馬鹿なんだからな!?」
「大丈夫?」
座り込んだリュークの元に、三人が駆け寄る。
シェリーの言葉に、頷きながらも疲れた表情を見せる。
「久しぶりに外出てはしゃいだから、ちょっと力入れすぎちまった。立てねぇ……」
「俺が背負って帰るさ。あとは任せろ」
リュークを背負うエドモンドに「サンキュー」と小さくリュークは呟いた。
「それと、皆にお願いがある」
「何よそれ。今回の手柄独り占めにしようとかじゃないでしょうね」
「違う違う」
アリスの言葉に、苦笑しつつリュークは否定した。
「オレが表に出てきたこと、それをリュカには言わないでほしい」
「……そりゃいいけどよ」
「どうして?」
リュークの一言に、皆の言葉を代弁したシェリーの一言。
エドモンドに背負われながら、薄目になっているリュークは静かに答える。
「オレは元々、リュカの居る場所に居てはいけない人間。リュークであり、リュカではない。俺の義母にも、それは伝えていた」
「何でよ。別に居たっていいじゃない」
「違う。人間は一つの体に一つであるべきだ。一つの器に二つがいるのは、そもそも人間としてあっちゃならねぇんだ」
「――――」
リュークの言葉に、誰も言葉を発することはなかった。
「と、言ってもリュカはオレのこと気付いていないし、俺としても変なことになって消えたくない。今の状態が丁度いいのさ。……なあ、頼むよ」
情けなさそうに物を言うリュークの姿は、本質は違えどリュカの姿そのものだった。
そんな彼の様子を見て、
「……分かったわよ。だからそんなリュカみたいな頼りない顔浮かべないでよ。その顔はリュカだけのものだし」
「まあ俺としてもそこらへんはどうでもいいんだ。お前と手合わせがしたい!」
「私も。宜しく」
「――ったく、自分勝手な野郎ばっかだ」
……だけど、それがリュカにとっては丁度いいかもな。
誰にも聞こえないようにリュークは呟く。
そしてリュークは三人が騒ぎ始める中、魔法で偽装されている壁の一角を見やった。
神聖魔法は浄化の力を司る。その力を持つものは、魔の力――言ってしまえば、魔法などの偽装や力の探知が簡単に出来てしまう。
それがいかに上級な魔法使いであったとしても、だ。
偽装された壁の奥には、一人の幼女がニコニコしながらこちらに手を振っていた。
生きる伝説。彼らをこの地へ赴かせた張本人――ウォルツ=マーガレット。
――あのババア。オレの力に気付いてやりやがった。
魔人を滅ぼすには神聖魔法の力しか役に立たない。
彼女はリュカの奥深くに潜むリュークのことに気が付いていた。
といっても、それは初見で見抜いたというわけではなく。
彼女の母親であるマリアの発言から、うすうす気づいていたという背景があるのだが。
「気にくわね~が……これもオレのためか」
「どうしたのよ、リューク。ていうか、まだリュカに戻らないの?」
「――――」
そう、本来なら危険が去ればリュカに戻るはずなのである。
なのに全く元に戻らない――と、いうことは。
「……すまね~が、エドモンド。頑張ってくれ」
「あ? 何を言って」
――刹那。
激しい地響きが遺跡を襲う。
轟々と石造り通路にひびが入っていき、そして天井がぐらつき始めた。
「何よこれ! 意味わかんないんですけど!」
「あの魔人の封印が解かれたこともあるけど、魔人が居なくなって役割がなくなれば、この封印してた場所も崩壊するように魔法を組んでたんだな」
「何よそれ! これを造った奴をとっちめてやるわ!」
キーキー言い出す彼女を流し目つつ、先ほど学園長が居た場所をもう一度見やる。
既に彼女の姿はなく、脱出出来ていることを察した。
一緒に逃がしてくれればいいのに、とリュークは思いつつ、魔法の行使とそれまでの疲労、さらにリュカの意識の覚醒が近くなってきたことを察し、目を瞑る。
「あとはここを脱出するだけ。頼むぜ、お前ら」
「ちょっと! アンタどうにかしな――――」
アリスのそんな一言は最後まで聞き取れることなく。
リュークの意識は再び奥深くへと戻っていった。
*****
「……んぅ?」
リュカが目を覚ますと、眼前には茜色が広がっていた。
ゆっくり体を立たせる。直後に体に鈍痛が響いた。
「っぐ……」
魔人に吹き飛ばされた際のダメージが残り、主に背中へ痛みが走る。
体を起き上がらせるだけで、体の節々が悲鳴をあげていた。
――ここは、テント張ったところ、かな。
ふと横を見ると、午前中に張ったテントがある。
そして周りを見渡すと、ボロボロになって、死んだようにテントの周りに寝転がっている仲間たちが見えた。
一人はボロボロになったローブを涙混じりに眺めており、一人は無心に足をブラブラさせ、一人は傷がついている大楯を綺麗に拭っている。
「三人とも、大丈夫だった?」
リュカが声をかける。
「----」
「……えっと、そんなに見つめられても何も出ないよ?」
じっと見つめる三人に、リュカは申し訳なさそうに言葉を発した。
早々に魔人の攻撃を受け、意識を失ってしまった。そんな役立たずを責めるような視線に思えて仕方がなかった。
しかし彼のおどおどした様子に、三人は小さく笑う。
「そうよね、そうじゃないとリュカじゃないわね」
「ほんとな。やっぱり何ていうか、落ち着くぜこっちの方が」
「おはよう、リュカ」
三人とも同じような、面白可笑しそうな表情とよくわからない発言に、リュカは頭を捻らせた。
「三人とも、僕を怒りたいならもっとはっきり言ってよ」
「怒る? 何でよ」
「だって、魔人と戦ってそうそうにやられちゃったというか――ていうか、魔人結局どうなったの?」
リュカの一言に、それまで笑みを浮かべていた三人が硬直した。
そのままばっ、とリュカから顔を反らし、顔を寄せて何かを喋り始める。
「どうするのよ。本当のことリュカには言えないでしょ」
「そりゃそうだけどよ……どうするんだよ」
「……私に任せて」
「え、本当に大丈夫なのシェリー?」
「ちょっとちょっと! 三人でなに怪しい会話してるのさ!」
ところどころ聞こえる彼らの内緒話に、リュカが割り込んだ。
「リュカ、聞いて」
「……何さ、シェリー」
「あれ見て」
シェリーが指を指した方向。
そこにはダンジョンへ通じる遺跡があった。
「あれ?」
そう、過去形だった。
「何か崩れてない!? あれ!?」
リュカが青褪めた顔で遺跡に駆け寄り、そしてその入口を見やる。
ダンジョンは地下深くにあり、そのため入口に入るとすぐに地下へ通じる階段となっていた。
「な、なんだこれ……!」
階段が瓦礫で埋まっていた。
遠くなんて見えやしない。明らかに落盤したかのような惨事だ。
「どういうこと!?」
「アリスの魔法で遺跡ごと敵を倒した」
「……ちょっとアリスゥ!? 何やってんの本当に!?」
「えっ、アタシに矛先向けてる!?」
シェリーの爆弾に、思わず声を荒げるリュカ。
そこに一切の疑いの思惑はなかった。完全にアリスの仕業だと断定している。
「ねぇ言ったよね!? 問題おこしたら単位なしだって!? どういうこと!?」
「ちょっと! アンタは何で事実関係も調べず私を疑っているの!?」
「二人の力じゃ遺跡をぶっ壊すことなんてできやしないだろう!?」
確かに、これほどの影響をシェリーやエドモンドでは与えることは出来ないので、その事実も拍車をかけている。
「ねぇどうするの! 僕たちの単位どうするのさぁ!?」
「~~~~ッ! ――ファイアボムッ!」
「何でだぁあああああ!?」
魔人と戦った後にもかかわらず、結局変わらない日常に戻っていた。
エドモンドが呆れ顔でその光景を目に焼き付ける。
一方のシェリーは、その様子を見て、
「みんな無事で、良かった」
リュカが焼かれる姿を見ながら、そんなことを呟いた。
無事よかったね(白目)
次回、エピローグ




