一話:とある学園の四人組
「お前たちは、また、やったみたいだな」
「「「「――――」」」」
「顔を背けても無駄だ。……遺跡を壊す。地形に影響を及ぼす。何回目だ?」
「さ、三回目ぐらいじゃないかしら?」
「九回目だ」
目頭を抑えて溜息をつく男性。
その背中には若干の哀愁が見て取れた。
その前に並んで立っている四人はというと。
「すみません……すみません……」
「主に一人のせいでーす。あそこでそっぽ向いてるアリスって子のせいでーす」
「エド。後で覚えてらっしゃい」
「馬鹿エドモンド」
一人は平謝りし、もう一人は原因となった少女を言及し、言及された少女は死の宣告を送り、最後の一人は言及した青年に憐れみの目を向けた。
現在、彼らがいるのは、とある国の学園内の職員室。
世界には魔物と呼ばれる、平穏を脅かす存在が日夜活動している。
その魔物と対峙するための知識、武術、魔法のエキスパートを育成するために創られた魔物討伐者育成学園は、世界の至るところに存在する。
ここはその中の一つ、西大陸最大の規模を誇る学び舎『ローランド』。
エリート候補も多く、各国の防衛の要となる騎士に内定が決まっている生徒も少なくない。
そんな学園で、まるで落ちこぼれを見るかのような目線を向け、彼らの担任である男性――ライルが喋り始める。
「なぁ、何で壊しちゃうのかなぁ? 確かに? 瘴気が濃いから浄化して封印しようっていう動きはあったんだよ? だけどさぁ。まさか炎属性の上級魔法をぶっ放して瘴気を遺跡ごと浮き飛ばしちゃうとか……」
「違うわ先生! 極大魔法よ!」
「……何考えてるわけ? なぁ、リュカ」
「――――えっ! 僕ですか!?」
アリスの言葉はスルーし、原因の矢面になったらしいリュカ。
思わず訊き返してしまう。
「当たり前じゃないか。お前以外、誰がアリスの手綱を握るんだ? 今回はお前が制御出来なかったのが悪い」
「ちょっと先生!? 生徒の手綱ぐらい先生が握ってくれませんかねぇ!?」
「俺が出来る訳ないだろ」
「潔く諦めちゃダメですよねそれ! それに僕だってアリスの制御なんか出来ないですって! 台風みたいなもんですよ!?」
「そもそも聞き捨てならないわ! 誰が誰の手綱握ってるっですって!?」
リュカとアリスは、それぞれの意を以て先生――ライルに訴える。
ライルは面倒くさそうに溜息を吐きながら、
「リュカ。お前はこのパーティのリーダーだ。つまり仲間の行った行動の責任はお前に付随する。あとアリス。お前は自重しろ」
「このパーティのリーダー、決めていませんけど! ていうか名目上はアリスですが何か!?」
「先生。私に自重という二文字はないわよ。そう、この華麗なる私の辞書に在るのは挑戦、そして達成、最後に勝利よ!」
「……アリス。そろそろ黙ろう」
イライラし始めたライルの様子を見て、アリスの発言に小さく溜息を零したシェリーが、どうどう、と抑えに回る。
いい加減鬱陶しくなったのもあるだろう。
「んで、結局なんかお咎めみたいなのはあったんすか? 俺たち」
「そ、それですよ。何かありましたか?」
欠伸をしながら放ったエドモンドの言葉に、リュカは怯えたようにライルへと問いかけた。
何で遺跡壊したのに呑気そうなんだよ――みたいな表情をエドモンドに浮かべていたライル。
しかし続いて、何故か納得いかないような表情を浮かべて彼らに語る。
「……遺憾ながら、問題はなかった。それどころか、アンデッド系の魔物を根こそぎ討伐したから、表彰状が届いている」
「ほら見なさいよ! 私の行動に間違いなんて無かったわ!」
「今回は本当に特例なんだぞ? 遺跡壊しといて、何で表彰状が送られるのか先生には分からん」
「本当に意味わからないよこの国。何でアリスの暴走がまた表彰……」
たまたま壊した遺跡がそこまで学術的価値がなく、アンデッド系の魔物が生まれる温床だったので、今回のような流れになったことを四人は聞いた。
……話は変わるが、アリスは基本的に魔法で暴走しがちだ。
ぶつかってきた愛想の悪い男を魔法でぶっ飛ばしたり、魔法の威力を見誤って建物をぶっ壊したこともある。
しかしそういう場合において、国家指名手配犯だったり、違法奴隷を収監していた建物だったりと、むしろ国家に貢献していたことが多い。
「悪運だけはいっつもいいよな、アリスは。やってることは殆ど犯罪者だぞ?」
「……エド、最近練習している雷属性の魔法、一発味わってみる? 一度威力を測ってみたかったのよ人体で」
「待て待て待て待て! 待て! 職員室で何しようとしている!?」
魔力を練り始めたアリスに、目を見開きながらライルが止めに入った。
ッチ、と舌打ちしながらアリスは魔力を散らす。
その様子にライルとエドモンドはホッとしたように息を漏らした。
ちなみにリュカとシェリーはさっさと職員室から退避していたので、おずおずと職員室内に戻ってくる。
「リュカ! 制御しろと先生は言ったはずだ! なに逃げてやがる!」
「先生がいるとどうにかしてくれるので楽ですね」
「……お前」
リュカの言葉に、思わず目を見開くライル。
「……もういい。とりあえずお前ら帰って良い。今回の実技クエストの結果はとりあえず保留。また追って指示を出す」
「ちょっと、何でよ! 魔物は討伐したし、成功してるじゃない!」
「馬鹿を言え。行く先々で建物、人家、交通機関にも影響出しやがって。お前のせいだぞアリス」
「そ、それは……仕方ないじゃない。やっちゃった時にはもう遅いんだもの。そ、それに好影響を与えたことも多いわ!」
「そうだな。しかしそれを大義名分にするのは許さない。だから今度はやっちゃわないようにしような? 今度、何かしろ他人に影響を与えたり器物破損した場合、実技クエストの評価はDにするから」
「「「「え、えぇえええ!?」」」」
四人の驚愕が職員室に響く。
「おいおい先生よぉ。そりゃ俺たちはとばっちりだぜ?」
「……せめてアリスだけ」
「ちょっとシェリー!? 私だけ売ろうとしてない!?」
「ていうか職権乱用ですよね先生! D判定なんて――」
「いいから黙れ!」
どうやら堪忍袋の緒が切れたらしい。
面倒くさがりの担任ライルが怒声を上げたことで、四人はピシャっと背筋を伸ばした。
「……話を変えよう。さっきの保留は撤回。今回の実技で評価Cくらいはやる。これ以上の評価が欲しくば、もう一度俺に言え。校長と話をつけて別のクエストを言い渡してもらうよう手配する。――ただし、条件として問題を起こさない。これがクリア出来なければ単位はなしだ」
ライルの言葉に、四人は面倒そうに顔を歪めた。
――こいつら、一度シバかないとダメなのだろうか。
そんな考えがライルの体から漏れて殺気となり、結果として彼等の警鐘を鳴らした。
再び背筋が伸びた。
「考えさせてください! 先生!」
「俺たち、少し外で話し合ってきます!」
「話がまとまり次第、また戻ってくるわ!」
「……少し待って欲しい」
リュカ、エドモンド、アリス、シェリーの息ピッタリの言葉に、ライルは小さく溜息を吐いた。
「さっさと行ってこい」
手をひらひらと振ると、四人は職員室を後にした。
それを見届けて、ライルは机に置いていたコップを手に取る。
すっかり温くなったコーヒー。顔を顰めながら口に運んだ。
――何でこんなに疲れるんだろうなぁ。
実際、彼等の起こした問題は担任であるライルに回ってきている為、その問題の鎮静化にいつも駆り出されているのは間違いない。
無論、給料には反映されない。
――誰か、コイツらの担任を変わって欲しいなぁ。
そんなことを思いながらライルは振り向く。
誰一人として、他の教諭たちがライルに目線は向けていない事実に、再び溜息が零れた。
誰かが犠牲にならないと、社会は回らないのだ。




