十八話:戦闘開始(魔人編3)
時は遡って六年前。
東大陸の極東に位置する大国『中津国』
度重なる侵略の結果、国土は増やしたが国内の統治が追い付かず治安が悪化。ならず者が入り込む事態となり、荒れに荒れ、暴力が支配する国となっていた。
そんな場所のとあるスラム街の廃屋。
「暴れん坊の餓鬼がいるって話は聞いていたが、まさか『勇者の系譜』とは聞いちゃねーぞ」
「……なんだこのクソつえ~おば――」
「それ以上その言葉続けたら殺す」
喉元にナイフを突きつけられ、思わずリュカ――に似た顔の少年は、思わず息を飲む。
彼らの周りには、何人かの男が流血して倒れていた。
各々が鉈や剣といった武器を手にしている。
「しかしおば――お姉さん何者? 今まで負けたことなかったんだけどね、この力使って」
抑えられている少年は、体に燐光を纏わせる。
そのまま体を動かそうとするが、まるで縛り付けられたように動けないでいた。
「無駄よ。タネは割れてるし、私に魔力干渉できないわ。そこら辺で寝ている男とは違うわよ」
「へいへ~い。そりゃそんませんでした」
纏っていた燐光を消すと共に、苦笑いを浮かべた。
「それでさ。質問に答えてくれよ。お姉さん何者?」
「私はね、世界最強よ」
「……は?」
「だから、世界最強よ。何者かって聞いたじゃない」
女性を見る少年の視線に、憐みの感情が含まれる。
「……頭大丈夫か?」
「試しに死んでみる? 世界最強の一撃を喰らってね」
「遠慮したいけど……」
世界最強というお伽噺を聞き、依然可哀そうな人を見る目を浮かべる少年に、女性は抑える力を強くした。
「いて、いててててて!」
「そろそろ無駄口やめないと、折るわよ?」
「分かった! 分かったから!」
「それで、お前は誰なの。さっきの坊やはどうなった?」
「お前らが追い詰めるから、俺が出る羽目になっただけだよ」
「そう――――二重人格なのね」
女性の発言に、少年はにやりと笑った。
「ここで生きるには、アイツは臆病だし優しすぎる。オレがどうにかしないとな」
「それで、体の制御を途中で奪ったわけ」
女性がここに来た理由は、スラム街で縄張りを荒らすガキを始末してほしいという話だった。
特に受ける理由もなかったが、暴力が支配する街で武を以って荒らす、という子供が気になって引き受けた。
チンピラのような、下非た視線で体を見てくる輩をけん制しながら来た場所にいたのは、か弱い少年。
明らかに暴力を振るえるような子供ではなかったのだが、男たちが襲うや否や、人が変わったように暴れ始めたのだった。
それも明らかに普通の人間が出来るような動きではなかったし、纏っている魔力が普通ではなかった。
それが気になって、女性は少年を殺さず話を伺うことにしたのだった。
「それで、お前――いや、お前達はどうするのよ。街の上層がお前たちを血眼で探してる。私のような強い奴が引き受けたら、簡単に死ぬわよ」
「かといって、オレたちはどこかに行けるような金も無いし、伝手もないしな~。……一生、このごみ箱みたいな場所で生きるしかない」
それは女性も分かっている。
しかし、
「意外とドライね。助けてとか言わないの?」
「ここじゃ助けを求めた時点で奴隷の開始だ。嫌と言うほど、もう一人の僕がその状況を味わっている」
「――――掃き溜めね、ここは」
世界を旅している女性にとって、ここは一種の地獄といってもおかしくない場所だった。
そんな場所で一人で暮らす少年の心細さは、計り知れないものだろう。
今ここにいる少年だけでなく、他の子たちも。
「よし、決めたわ。私はお前たちを引き取る」
「……は? いいのか、殺されるぞ」
「私は世界最強よ。それに、お前の持つ力を失くすのは勿体ない。世界中探したってなかなか見つかりっこしないわ」
「この光る力か? ま~、これがなければすぐ死んでただろうけどさ」
「それは勇者が扱ったとされる『神聖魔法』よ。一回だけ見たことあるけど、間違いない」
「オイオイ、マジか。……て、ことは、お姉さんは俺の力を飼いたいってこと?」
少年の瞳に、剣呑さが浮かんでくる。
今まで大人たちに顎で使われてきた経験が、少年の警戒心を大きくしていたのだった。
「どうとでも取ればいい。ただ、断ればあと一週間しないうちに死ぬわよ。私の提案に乗れば、お前たちは生きられる」
「お前についていけば生きられる、という保証がない」
「保証? そりゃそうよ。私はいつでもお前の命を刈り取れる。対等ではないの。何故保証が必要なの?」
「……悪魔が」
「なんとでも。今殺してないだけでも褒めてほしいものね。貴方殺さないと違約金払わなくちゃいけないのだし」
首元のナイフが皮膚に触れ、薄く皮を切った。
ツゥっと、鮮血が喉を伝う。
「……何でオレなんだ。他にもスラムで生きてる子供はいるだろ」
「私はただ生きることに執着している平凡は要らないの。現状を脱したいという強い意思、それが伝わらなければこんなこと言わないわよ」
女性の発言に、少年は黙る。
「それに、その『神聖魔法』は後々悪用――ではなかった、活用が出来る。私は使えるものはちゃんと手入れするわよ」
「はぁ~……。俺も嫌なおば――お姉さんに見つかったな」
「なんとでも。それで、死にたい? こんな掃き溜めのような場所で」
――――それとも、生きたいか?
女性が続けた言葉に、少年は数秒黙った。
しかし瞳に熱を籠らせ、大きな声で、
「オレは――僕たちは生きる! こんな場所で死んでたまるか!」
「よく言った。それぐらいの気概がなくては私の息子は務まらん」
「……は?」
間抜けな声が聞こえた。
くっくっく、とあくどい笑みを浮かべる女性。
「私の息子、だ。なかなかに扱いてやるから、感謝しろ。他の街に入るのにも、家族の方が楽だしな。……それで、名前は?」
「ねぇよ。誰がつけてくれるんだ」
少年の言葉に、別段と顔色を変えず「そうか」と小さく女性は応えた。
「ならばお前の名前はリュカ。リュカとしよう」
「……それは表の僕の名前にする。オレは適当に名乗るよ」
「ふん、好きにしな」
「それとお母さんの名前も教えてくれるかい? あと解放してよ」
「そうだな、私の名前を教えてなかった」
解放はせず、女性はナイフを喉元に突きつけたまま、
「私はマリア=アドレール。世界最強の女だ。良かったな息子よ、これから嫌というほど生を実感させてやる」
そう言ってナイフを取り下げると、マリアは朗らかに笑った。
――それから数年。
彼らは死んだ方がマシだというくらい、扱かれ続けたとか。
*****
扱きの結果は魔人戦で大いに発揮されていた。
世界最強と自賛する女性が教えた格闘術は、魔人相手にも見事に嵌っていた。
それに加え、神聖魔術で強化された拳が当たると、
「グ、グゥォォオオオ……」
体が爆発するように弾ける。
いくら回復力があるからとポンポンポンポン体を吹き飛ばされて無事なはずがない。
相性の差が魔人を追い込んでいっている。
「何故ダ! 何故、コンナ場所デェエエエエ!」
怒りの声と共に放たれた魔力の一撃は、神聖魔法で創られた円形の盾が防ぐ。
まるで吸い込まれるように暗い魔力が消えていく様を、リュカ――否、リュークを除く三人は覗いていた。
「すげぇなリュカ。あんなふうに動けんのなら、俺の鍛錬の相手でもしてもらおうかな」
「馬鹿。リュカじゃないって言ってるでしょ。アイツは別人よ」
アリスが小馬鹿にしたようにエドモンドに言い放つ。
彼の持つ圧倒的な魔力の光は、間違いなくいつものリュカとは違った。
まるで、命を燃やして戦っているような錯覚さえ覚える。
「……学ぶべき動き、多い」
「そうだな。なんかアイツの動き、リュカの母さんに似てるし」
読みにくいストップに、一撃の裏側に潜む次の一手。
一挙手一投足が常人とは違う。
体全体が武器で、その一撃が命を刈り取れる極悪な技術。
それは以前、リュカの母親が『なんちゃって最強武術』とか訳の分からないネーミングセンスを発揮していた、まさにそれだった。
「体が引き気味だぞ!」
「――――ッグオォオオ!」
リュークの突きを後方へ飛びのき躱す魔人。
しかし飛びのく先に、先ほど展開していた神聖魔力を帯びた盾が浮かんでいた。
自分からぶつかりそうになり、慌てて体を捻って避ける。
しかしそんな一瞬の隙を、世界最強の母親に扱かれた男は見逃さない。
「――――」
「お疲れちゃん」
ズバッと胴体を切り裂かれた魔人。
修復しようにも、既に魔力が途切れかけているのか、不気味な黒い煙を燻ぶらせるのみだ。
元々魔力を使いながらアリスたちと二時間の死闘を行っていた。
そして、神聖魔法を受け、体を修復するのにも莫大な魔力を使っていた魔人に、最早余力は無かった。
そのまま地面へと突っ伏し、体を覆う魔力の残滓が虚空に消えていく。
「looooooOOOOOOOOO……!」
慟哭が広間に広がり、黒い魔力の残滓と共に薄れていく魔人の体。
四人の死闘は、ここに終わった。
お久しブリーフ(殴
社畜が頑張って休みに投稿しました!
明日からは出張&出張で、個人PCがつつけるのは2週間後くらいです。
まあ、気長に続きをお待ちください。
ではでは。




