十七話:戦闘開始(魔人編2)
エドモンドとシェリーは、即座に掛けられていた強化魔法が途切れたことに気付いた。
そして敵側の魔人も、小さく笑いながら、
「ナルホド……ヤケニ体ガ鈍イトハ思ッテイタガ」
「『インフェルノォオオオ!』」
真っ赤な魔力によって構成された炎の竜巻が、魔人を覆い被さるように蠢く。
アリスが放ったのは炎属性の上級魔法『インフェルノ』。構成は雑だが、即座に上級魔法を構築できるのは流石と言える。
しかし炎の渦巻きが魔人を覆うや否や、即座に漆黒の魔力によって魔法が相殺される。
莫大な魔力によるインターセプト。
非効率ながら、実力差が違えば違うほど効果的な対魔法スキル。
「ククク……奴ガ中心ダト気ヅキハシタ。シカシ、ココマデ劇的ニ変ワルトハ」
魔人の言葉は言い得て妙だった。
彼を覆う殺気、覇気は先ほどよりも濃厚だ。
そして彼が纏う魔力の質もまた、最初に顕現した時と比べると威圧感が高まっている。
リュカが怯えるフリをして、少しづつ弱体化魔法を魔人に掛けていたのだった。
あくまで卑屈に、あくまで弱いと印象付けて、対策を講じる手腕は、まさしく過去の経験から活きていたものである。
しかし魔人は経験があった。
こうした人間が一番油断ならない――と。
弱体化魔法を維持するがために、影に隠れすぎたのが、今回バレてしまった原因だ。
「……シェリー、どうする。強化魔法がないと無理そうだぜ、アイツ」
「――――」
「おい、シェリー……――ッ」
体を確かめるように確認をしている魔人と対面し、エドモンドはシェリーに声をかけた。
しかし彼女を見た瞬間、これはもう駄目だなと察してしまった。
「…………す」
「お、おい、シェリー?」
「エド。まさか、とは思うけど……」
「ああ。来ちまったぜ」
アリスの言葉を受け、エドモンドが一歩下がった。
シェリーから夥しい魔力があふれ出ていく。
ゆらゆらと揺らめくその姿は、対する魔人とも引けを取らない。
その様子を見て、魔人が横目でシェリーを見つめる。
「ドウシタ、小童ヨ。アノ男ガ大事ダッタカ?」
「……こ……す」
「大丈夫ダ。肉ハ新鮮ナ方ガ良イ。マダ殺シテハナイ。マダ、ナ」
「こ……ろ……」
「アノ男、術ノ隠密性ト効果ハ凄マジカッタガ、ソレダケダッタナ」
「殺すッ!!」
シェリーが飛び出た。制御出来ていない魔力の奔流が滲み出ている。
魔人が指を構えると同時に、次々に放たれる魔力弾がシェリーを襲う。
しかし怯むどころか、まるで死地に飛び込むような形で魔人に槍を突き出した。
「ぶち壊すッ! 引き摺り回すッ! 引き千切ってやるッ!!」
「……人間ニシテハ、ナカナカ迫力アル」
魔人が再び驚いたような表情を浮かべる。
魔法の制御が苦手なシェリーだが、肉体強化だけは出来る。
しかしその発動条件があった。
命の危機が迫る。
とても気に入らないことが起きる。
今回は、その両方と言ったところか。普段は冷静な彼女が鬼気迫る表情で連撃する姿は、たとえ知能もない獣だったとして引き下がるほどの迫力である。
「ッふ!」
そんなシェリーに対面を任せ、チマチマとエドモンドは攻撃を仕掛ける。
しかしそれは牽制ばかり。
あまり本気になりすぎると、シェリーの攻撃範囲に入ってしまうからだ。
今の彼女に理性はない。味方さえ見えていないのだ。目に焼き付けているのは敵の一挙手一投足、ただそれだけだった。
正に修羅。まさに鬼。
実際のところ、アリスの悪評ばかりが広まる中、彼らをよく知っている人物なら一番危ないのは「シェリー」だと答える。
英雄と呼ばれる、彼女の父親でさえ――だ。
「殺すッ! 殺してやるッ! OloooaaaaaAAAAAA!」
「……読ミ間違エタ、カ」
獣染みた咆哮と共に、シェリーが連撃を開始した。
一つ一つが致死量。
まずはこの少女の動きを止めておけば良かった――と、魔人は今更ながら後悔していた。
こうなってしまった獣は強い。命は二の次、ただ相手を殺すことだけが絶対になっているのだ。
また、技のレパートリー、緩急、どれも武人としては一流だった。無意識でこれが出来ているのだから、末恐ろしいとさえ感じる。
「『雷霆』」
巨大な魔法ではなく、速度と威力を込めた魔法の一撃。
それが気を緩めた瞬間に飛んでくる恐怖を、魔人は覚えた。
そして一撃を潜り抜けた後で、不意打ち気味で鋭い一撃がふと真横から届いてくる。
気付けば死んでいるかもしれない。そんな恐怖を間隙から突いてくる。
「……コヤツ達」
昔戦った人間とは、一味違うことに気付いた。
彼ら一人一人が不気味で、技量があり、何より普通の人間ではなかった。
仲間を倒せれば、人間は士気を失う。
彼らはそれがなかった。
むしろ、仲間が減れば減るほど力量が上がるのではないかと錯覚するほどだ。
「死ねえッ! この――――ッ!」
「マズハ……」
どうにかして目の前の少女をどうにかしようと、魔人は本気を出すことにした。
******
人間と本気で戦うのは魔人としても久しぶりだった。
これまで人間に恐ろしいと思ったのは、自身に封印を施した魔女――ウォルツ=マーガレットのみ。
それと似た気配を、彼らから感じていた。
特に不気味だった少年を一人倒したことで安心したが、藪蛇だったのは言うまでもない。
とにかく戦った。
不意打ち気味の魔法を。一寸を貫く剣戟を。そして命を刈り取れる一撃の数々を。
全てを凌ぎ、時には反撃し、とにかく体を動かした。
「……」
喋る暇はなかった。
無心で剣を振るい、魔力を放出し、己が何百年という歳月で培った技術を見せつけた。
その結果。
「へへっ、やべぇな、これ」
「ちょっと魔力切れヤバそう。誰かマナポーション持ってない?」
「ああ、殺してぇ……。あと荷物は外」
「シェリー、完全に不完全燃焼ね」
二時間以上は休むことなく戦ったが、やはり体力のそれは人間だった。
いや、むしろ二時間以上駆け回り、必殺の一撃を振るい続けていたのは素晴らしいものだろう。
まだ子供、二十さえ生きてない人間が、だ。
暴れていたシェリーも、疲れによって理性を取り戻しつつあった。
「フフフ……」
ようやくだ。
ようやく、この三人を止めることに成功した。
後は四肢をもぎ、死にたくないという懇願を目の当たりにして喰らうだけだ。
「ソウイエバ……」
長い時間置いていた少年はどうだっただろうか、と視線を移す。
「――――ッ!」
居なかった。
あるべきはずの男が倒れている姿が見えなかった。
「チャオ~。魔人さんや」
突然の声と殺気を浴びせられ、声が響いた方向から飛びのく魔人。
ゆらり、と佇む少年は、まさしく最初叩きのめした人間――リュカだった。
「あれ、リュカじゃん」
「そういえばずっと放置してたもの。そろそろ起き上がって当然よ」
「……リュカ、良かった」
リュカの復帰に、三人の声が弾む。
最初は油断してリュカを戦線から離脱させてしまったが、彼のサポート能力さえあればもっと戦えることを知っている。
いつの間にかシェリーの口調も戻っている。
エドモンドはほっと一安心した。いつ巻き込まれてもおかしくなかったからだ。
彼の疲労は見えないところで溜まっていた。
「いや、お前らいらね~わ。オレ一人で十分」
リュカの一言に、アリスは柳眉を吊り上げて、
「……ちょっと、リュカの癖に何言って――――」
「そもそもお前らさ~、もう限界だろ。エドモンドは右足に違和感覚えてやがるし、シェリーは全身がボロボロ。大よそ無理な強化魔法使い続けてたんだろ。それとアリスは完全に魔力切れ。それ以上は死んでもおかしくねぇわ」
「オイオイ、すげぇなリュカ。何で分かるんだよ」
一瞬でパーティの実情を見抜いた
「……アンタ、誰よ」
「あ? 何を言ってんだお前」
アリスの台詞に、エドモンドが頭を傾げる。
――リュカの声で、リュカが喋っていなかった。
そのことに気が付いたのは、普段から彼の魔力の波動を感じてきていたアリスのみ。
魔力は人間によってさまざまだ。
そして彼が纏っている魔力の本質は、いつものリュカとは異なっていた。
彼の人柄のような清らかな魔力の流れが、命の波動を感じさせるような激しい奔流になっている。
まるで別人の魔力だったのだ。
「……オ前ハ」
舐メテイルノカ。
そう言おうと思った刹那。
右手の手元から上が、綺麗に爆ぜた。
「……ア、ァアアアアアア!」
魔力が飛んできていた。
それを魔力で形成した剣で振り払おうとしたのだ。
いつもなら、それで出来ているはずなのに。
「さていっちょやってやりますか」
リュカが駆ける。両手を前に構え、いつでもカウンターが出来るようなスタイルだった。
拳の構え方は我流だったが、どことなく実戦経験のありそうな、独特の怖さのある握り方。
そうして振りぬかれた一撃を、魔人は空いていた左手で防ぐ。
――再び爆散する左手。
その感覚を目の当たりにし、魔人は後方に大きく下がった。
「……ガァアアアアアアッ」
ブクブクと泡が沸くような音が漏れ出し、両手が再生していく。
それを、見て、「ぉぉ、すげーじゃん魔人」とリュカが答える。
「ハァ……ハァ……。――――貴様、ソノ魔力ハ……!?」
魔人が気が付いたように声を張り上げ、驚いたような目をリュカに向ける。
それを見ていた三人もまた、同様に驚愕の眼差しを向けていた。
「……誰だアイツ」
「ほら言ったじゃない! リュカがあんな肉弾戦みたいなことを魔人相手に出来る訳ないでしょ」
「……いい」
「ちょっとシェリー! 何変なこと言ってるの!」
少し外した会話をしている三人だが、概ね言いたいことは決まっている。
「んで、誰よアンタは。二回目だけど」
「あ~、オレも言っちまえばリュカなんだが……そうだな」
勿体ぶるように、リュカは――否、リュカの中に居るもう一人が答えた。
「リューク。それがオレの名前だ」
ニヤッと、日ごろリュカが見せないようなあくどい笑みが浮かべる。
そして両手に纏われる燐光を見て、アリスはようやく魔人の腕を吹き飛ばしていた理由が分かった。
魔王に唯一対抗出来た勇者が持っていたとされる、対魔能力。
その光はあらゆる邪悪を滅ぼし、人間の時代を作り上げたとされる。
「……ソレハ、神聖魔法、ダナ」
「知ってんのか。流石は魔人だな~オイ」
「~~~~ッ! クソッタレガアアア!」
同胞を数多く奪った光を目の当たりにし、今まで聞いたことのないような魔人の怨嗟が響いた。
「さてと、いっちょ働きますかね~」
遅れましたが、更新です。
次は来週のシルバーウィークぐらいには……。
戦闘が続きそうなんでコメディパートは少しお預けですね……。
戦闘さえ終われば、トントンと進みそうなんですけども、まあ更新出来るよう社畜しながら頑張ります!
ご感想・評価・ブクマなどお待ちしています^^
ではでは。




