十六話:戦闘開始(魔人編1)
十分ほどだろうか。
アリスは突如、周りから休息に魔力を感じた。
「なるほど、道をループさせる魔法に上書きするように、魔法を感知させない魔法を構築していたのね。考えるじゃない」
時間もかかるし、面倒な作業だったはずだ、とアリスは察する。
そしてこういうことをするのは、バレたくない何かがある時だ――とも。
「解除したー」
疲れているような、それでて達成感を味わったような表情でリュカが三人の元に戻る。
「いやー、すごく緻密で繊細かつ大胆な魔法だったよ! それに二重で魔法を張り巡らす技術はすごく勉強になったし!」
「……それで、何か見つかった?」
「あれ、見てよ」
面倒になりそうなリュカを制するように、シェリーが言葉を放つ。
その発言に応えるようにリュカは指を指した。
魔法を解いていた方向に、扉が出てきている。
「なんかお宝でもありそうだな!」
「そうね! 行ってみましょう!」
「ちょっとちょっと、もう少し落ち着いて……」
というリュカも、内心ドキドキしていた。
もしかしたらトラップがあるかもしれないという反面、扉を開けると何かしろあるんじゃにかという期待が膨らんでいた。
同じような場所にいた為、新しい何かに飛びついてしまう人間の性というべきか。
変化がとにかくうれしかったのだ。
「んじゃ、一抜け――っと」
エドモンドを戦闘に、扉に突入していく。
潜るとそこは――大きな広間だった。
まるで学園内の武道場のような広い空間が在り、その中心にポツンと小さな箱があった。
「……もしかして、あれって」
「お宝じゃないかしら!?」
色めき出す幼馴染コンビ。
まるで誘われるかのように進む二人。
リュカとシェリーも、やれやれ、と言わんばかりに苦笑し、その背に付いて行こう――としたところで、ふと後ろを振り返った。
扉が無くなっていた。
「――――」
リュカはある話を思い出した。
とある蜘蛛型の魔物は、一度抜けやすい罠を作った後、自身の近くに構築した逃げられない厳重な罠へ、うまく誘導させられるルートを作るのだと。
今の自分たちは、正にその魔物に捕らわれる餌にしか思えなかった。
「二人とも、待て!」
「何よリュカ。お宝はちゃんと開いたわよ……て、なにこれ―――ッ!?」
リュカの静止は届かなかった。
アリスが空けた箱の中には小さな護符があった。
彼女が触った瞬間、燃え上がる。
そして膨大な魔力の渦が構築され―――開けたかと思うと。
「フウ――久方ブリノ外ハ、少シ気怠イナ」
先ほどの異形――魔人が姿を現していたのだった。
*****
「あのくそ学園長! 理不尽ないとか言ってた癖に! 畜生!」
毒づきながらリュカは矢を解き放つ。
無属性魔法『パラライズ』を付与した一撃は、軽く見切られる。
「フフフ……」
「――――ッ!」
不気味な笑みを浮かべる魔人に、正面からシェリーが突貫した。
盾には魔力を通し、既に視界は良好だ。鉄壁の守りを保ちつつ、必殺の一撃を打ち込む。
しかし華麗な剣捌きで槍の一撃を流すと、横やりに蹴りを一撃。
咄嗟に盾を振り向かせるが、衝撃をもろに受けて側方に吹き飛ぶ。
「やべぇじゃねぇか!」
エドモンドが振るった死角からの一閃は、まるで背後を目視しているかのように簡単に防がれる。
刹那、剣から吹き荒れる莫大な負の魔力。
ただただ強大なエネルギーとして吹き荒れる魔力の嵐に、思わず吹き飛ばされるエドモンド。
「っちぃ、マジでやべぇ」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべて地面に着地。
「……ホォ。ソレヲ喰ラッテ、マトモニ動ケルトハ」
魔人は関心したようにエドモンドを見つめる。
一瞬だけ空いた緩み。
その瞬間に、もう一矢――リュカが放つ。
しかしそれほど魔人は甘くなかった。即座に右に重心をずらし、
「『ファイアボムッ!』」
アリスが放った初級魔法が炸裂した。
強大な魔法を撃たせてくれるインターバルを作ってくれるような相手ではないことを、アリスは即座に察知していた。
そのため、使い慣れていて殺傷能力の高いファイアボムを、重心がずれたその瞬間にノータイムで解き放ったのだった。
リュカの狙っていることは、学園に入ってからの一年で能々(よくよく)分かっていた。
敵の裏をかく。敵の避けられない隙を作る。リュカの根本にはこの二つがある。
アリスとしても、その考えは共感せざるを得ない。
魔法で巻き上がった煙が晴れる。
暗い影から、まるで何事もなかたように魔人が歩み出る。
「……久シイナ。我ニ魔法ガ通ルトハ」
「どこがだよ、クソ野郎」
「――――リュカ?」
聞き慣れないリュカの誹謗に、アリスが目線を向けた。
いつも通りの頼りない立ち振る舞い。
ただ瞳だけが、尋常ではない殺気を保っていた。
「ァァアアアアアアアア!」
吹き飛ばされていたシェリーが再び突貫する。
その突き進む大楯に隠れるようにしてエドモンドが隠れる。
「ッフ!」
魔人が彼らに構えた左手。
再び暴力的な魔力が吹き荒れ、二人を包み込む。
「……行けるッ! ァァァアアアアアアア!」
物理防御だけでなく、対魔法障壁さえ兼ね備えていた大楯にシェリーが吠える。
まさか立ち止まることなく進むとは思えなかった魔人の横っ腹を軽く引き裂く一撃。
そして忘れていたように飛び出すエドモンドの一撃を、右手に持った黒い片手剣で防ぐ。
魔人から相変わらず得体の知れない不気味な魔力が解き放たれている。
「『ファイアボム』」
彼らの交わす剣の上。一瞬だけ赤い魔力が固まったと思うや否や、再び轟音。
先ほど撃った速度重視の攻撃ではなく、明らかに魔力が練られていた。
それをまさか仲間ごとぶちこむとは魔人も思わなかったのだろう。
目の前で対策さえなく全身に受ける。
「グ、ォオ……」
苦悶の声をあげる魔人。
しかし対峙するエドモンドは「いてぇなぁ」と小さく呟いたに過ぎなかった。
散々に打ち込んできていたアリスの魔法に肉体が適応してしまったエドモンドにとって、いくら魔力が込められているだろうからと言ってもたかが初級魔法。
眼前で喰らっても、多少の問題もなかった。
「……オカシイゾ、貴様ラ」
狂ッテヤガル――とも。
まさか魔人にそんな言葉を言われるとは四人は思いもしなかった。
「どういうことよ」
「今マデ、コレ程馬鹿ゲタ戦いヲ仕掛ケテ来タノハ、貴様ラガ初メテダ」
仲間ごと魔法で浮き飛ばそうとするなど、魔族でさえしてこなかった芸当。
まさに狂人と。
魔人にそのような評価をされて、何故か満更でも無さそうなアリスだった。
「シカシ、大方ハ読メタ」
魔人が一言呟く。
そして即座に行動。
その足を向ける先にはリュカが居た。
「クソッ――――!」
構えていた矢を解き放つが、難なく黒剣に振り落とされる。
振るわれた一閃。
それを腰のベルトに携えていたナイフで受ける。
「グゥッ……!」
魔人の膂力に吹き飛ばされるリュカ。
即座に追撃を噛まそうとした魔人に、側方からエドモンドが一撃を振るう。
「何しやがんだ!」
「ッシ!」
リュカを隠すように大楯を構えるシェリー。
それらの様子を見て、確信を得たように魔人が嗤った。
それはもう、面白くて仕方がないとでも言わないばかりに。
「ハハハハハハ! ナルホド、ソレハソレハ」
「何笑ってやがる!」
「イヤハヤ、トリックハ読メタゾ」
魔人がシェリーに黒剣を振るう。
ドシンと突き刺さるような重みを堪え、そのまま槍を突き出す。
しかしそれが悪手だった。体制が悪い中突き出した槍を取られ、重心をずらされる。
するりと彼女の横をすり抜けるように魔人がリュカの前へ躍り出た。
「ッフ!」
「――――」
持っていたナイフで何とか防ぐが、魔人の一撃は今までのモノとは違っていた。
魔力によってブーストされた本気の一撃。
それまでがまるでお遊びだったかのような攻撃が、リュカに叩きつけられる。
攻撃は防いだ。
しかし、威力は防げなかった。
まるで弾丸のように吹き飛ばされたリュカは、そのまま背面を壁へと叩きつける。
「ッガァ……!」
リュカの眼前が目の前が赤く染まった。
後頭部から血が流れてくる。
ぐらっと体がふらついたかと思うと、そのまま地面へと体を倒した。
――ああ、これはヤバい奴。
ドクン、と心臓が高鳴った。
何度もこういったことがあった。スラム街で生きていた時、死ぬかの瀬戸際でこんな体験を毎日繰り返していた。
――でもこれは、本当にいけない奴だ。
意識が遠のいていく。
誰かが叫ぶ声がした。シェリーか、それともアリスか。はたまたエドモンドか。
それさえも分からない程、意識が途切れかけていた。
――ごめんね、三人とも。
保とうとする意識がスルッと抜けていく感覚がした。
キーンとした耳鳴りが聞こえなくなったかと思うと、リュカはその意識を失っていたのだった。
意識が遠のいた体が、小さく、ピクリと指先を動かし――――
一週間以上空いてしまいまして。
というのも、夏休み明けて仕事が……うぅ……;;
色々と問題も起きてしまって、早く帰れる日ががが、という状態ですね。
少し更新日が空いたりするかもしれませんが、宜しくお願いしますね^^;
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