十三話:二日目
二日目。
森の中では複数の生物による魔力を感知出来ているが、四人の元に近づいてくる様子はない。
むしろ四人が進むにつれ、前方にいた魔物が散っている――そのような気配の動きを感じることが出来た。
「魔物来ないわね。何でよ。たくさんいるんでしょ、この森」
「大方、昨日暴れすぎたせいで怯えられているのかも」
「主っぽい奴も倒しちまったしなぁ」
「楽」
四人がそれぞれの感想を述べつつ、森の中を進む。
入り組んだ木の根が歩行を邪魔するが、日ごろから鍛えている四人にはなんてことない。
飛び越えるようにして進んでいく。
「暇だし、しりとりでもしよーぜ」
「ったく、しょうがないわねぇ!」
「まあ暇だからね」
「了解」
意気揚々とエドモンドの提案に乗ったのはアリスだった。
ただ黙々と進むだけだとつまらないのはリュカ、シェリーも考えていたので、相槌を打つ。
しりとりは昔リュカの居た国で子供たちと遊んでいた遊戯を、学園にきてふとやったらなかなかに好印象だったことから、こういった作業じみた場合においてよく使われる。
喋られない環境ならいざ知らず、今ならば別段と問題はなかった。
「んじゃ俺から。木」
「なんで木から始めんのよ。しかも一文字」
「うっせーな。周りが木ばっかりですぐ浮かんだんだよ」
シェリーの追及に、エドモンドはぶっきらぼうにそう言った。
「一文字はなしにしない?」
「それがいい」
「わぁかったよ」
シェリー、リュカの助言に、エドモンドも頷いた。
「んじゃ樹木」
「あくまで木関係なのね……。まあいいわ。『グレイシア』」
アリスの発言と共に、周りの空気が瞬時に下がり、後方の樹木が凍え切った。
パキパキと物騒な音が周囲から聞こえてくる。
「え? ……えっと、青」
「オーク」
「はぇーな。んじゃ、食い倒れ」
「『レダクト』」
すぐ近くの樹木の幹が木っ端微塵となり、ガラガラと音を立てて倒れていく。
『レダクト』は固形物を粉々にする魔法で、よく料理などで使われる初級魔法だ。
決して木を粉砕できるほど、有能な魔法ではない――はずなのだが。
「……湯治」
「ジェネラルオーク」
「え、また“く”かよ。……熊でいいか?」
「『マグナ』」
轟、と地面が大きくゆらぐ音が起きる。
よく見れば近くの地面が大きく抉れ、巨大な穴が出来ていた。
『マグナ』。基本的には地面に小さな穴をあける初級の土属性魔法だが、現在のこれは大がかりな落とし穴だ。
「……突っ込んじゃダメ、突っ込んじゃダメ…………。生ビール」
「ルーク」
「“く”攻めかよ……やるなシェリー。だが“く”から始まる文字は多いぜ? グールだ!」
「『ルーマス』」
四人の頭上に大きな光源が現れる。
熱がすごいのか、近くにある木々の葉が黒く炭化していく。
「…………ねぇちょっと待ってくれる!? アリス! しりとりに魔法入れるのやめて!」
我慢していたようだが、ここでリュカが堪えきれないように声を張り上げた。
その発言にアリスが顔を顰めて、
「いけないの? 何でよ?」
「なんか怖いんだよ! いつこっちに向くか!」
主に魔法の事故が、である。
「全部初級魔法よ? 大丈夫大丈夫」
「『ルーマス!』」
リュカが初級魔法である初級光魔法『ルーマス』を唱えた。
効果は周りを照らすというもの。光魔法の適正が少なからずあれば誰もが使える、簡単な魔法である。
しかし、だ。
「普通の『ルーマス』はこれ! 直径二十センチぐらいのかわいいのだよ! 頭上についてきてるあれは何!?」
軽く直径二メートルを超えている光の球体は、過剰な魔力によってまるで小さな太陽のようになっている。
一般的な魔法ではなくなってしまっているのは、一目瞭然だった。
「おかしいよね!? あんなのしょっちゅう出されてたら怖いんだけど!?」
「いいじゃない! こういうところでしか好き勝手に魔法出せないんだから! これぐらい多めに見なさいよ!」
「立派に自然破壊してるからね!? 自重しようよ……」
「私に自重という言葉はないわ! あるのは――――」
と、どこかで聞いたことのあるフレーズが始まる。
アリスが自身のモットーを喋り始める中、他の二人がリュカにアイコンタクトを送った。
――諦めて。
――先生にバレなければ大丈夫だっつぅの。
そんな意思がリュカにヒシヒシと伝わってくる。
はぁっと大きく溜め息をつき、
「分かったよ……くれぐれも僕たちに影響出さないでね。それじゃ、スルメイカ」
「画伯」
「シェリー、濁点まで付けて“く”攻めとかやめてくれよ……。んじゃ草」
「『サンダーボルト!』」
突然、雷鳴が轟いたかと思うや否や、四人の前方にあった大きな樹木がプスプスと黒い煙を上げていた。
その光景を見て、しりとりをしようと提案したエドモンドを、リュカはキッと睨み付けた。
……それから数時間。
幾度となく放たれる初級魔法によって、彼らの行く手を阻む魔物は、一切出なかったという。
*****
二日目の野営。
食料となり得る魔物は一切近づいて来ない。というより、四人の様子を伺っている様子だ。
そのため、本日の食料は買いだめしておいた保存食となった。
飲み水は昨日の内に飲み水を水筒に入れておいていたため、その辺りは、わざわざ魔物が蔓延る夜の森を探索するという必要はなかった。
「こんなに魔物が来ないのも久しぶりだな」
「なまじ賢いのが多いんだろうね。近づいたらアリスの魔法に殺られるのが分かってるんでしょ」
「まるで森の主」
「ふふふ……。悪くない気分だわ!」
高笑いしながら保存食を食べるアリス。
「ところで今どこ辺りまで来てんだ?」
「地図を見る限り、明日少し歩けば遺跡近くには着くね」
「そんなに来たのね」
「今日は結構進んだよ。魔物倒さずに一直線で森を駆け抜けたから」
アリスの感想に、リュカが保存食を食べながら答えた。
リュカの隣に座っているシェリーは店で買った、東の大陸極東部で親しまれているらしい金平糖という甘味に舌鼓を打っている。
「それもこれも、私のおかげね!」
「……そうだね」
アリスを除く三人が何かを言いたそうな表情を浮かべたが、現在においては彼女の行動全てがメリットとして働いているため、何も言い返せないのが現状だ。
アリスがしり取りで放っていた魔法は、見事に魔物へのけん制として役立った。
途中、ヤバそうな魔物も出たが、しり取り中に『フレア・バースト』というアリスお得意の上級火魔法が出てしまったため、一撃でノックアウトさせてしまっていた。
それ以降は本当に魔物の影響もなかった。察するに、ヤバげな魔物がここいら一帯を領域とする魔物だったのかもしれない。
「しかし、ここまで楽ちんだな。校長の追加クエストっていうもんだから、もっと面倒だと思ってたぜ」
「……エドモンド、あまりそういうこと言うのやめなよ」
「っへ、何で?」
「フラグって知ってる?」
金平糖を頬張りつつジト目でシェリーがエドモンドを見るが、意図が伝わっていないようで顔を傾げている。
「もういいけど、とりあえずこれ以降そういうこと言うの禁止ね」
「何だよリュカもシェリーも。変な目で見てさぁ……分かったけどよぉ」
渋々、といった風にエドモンドが頷く。
「ところでさ、シェリー。大きな盾持って何時間も走って大丈夫だった?」
「ん。魔力流してたから」
大楯、槍、そしてキャンプの道具、全身には防具――と、重武装で走らせていたのだが、シェリーは涼しい顔で答えた。
「大丈夫よ。シェリーは父親からもっとスパルタさせられてたわよ」
「そう。昔はずっとフルアーマーで走っていた」
「朝から晩まで走らされたよなぁ。死ぬかと思ったぜ、ホント。お前の父ちゃんは鬼だよ、鬼。俺の人生の中で見てきた二人の鬼の片方」
もう一人は察しがついたのでリュカはスルーした。
「それは心外。父さんはあれで心配性」
エドモンドの発言に、シェリーがそれは違うと否定した。
金平糖がいつの間にか尽きている。
「何で分かるんだよ」
「そうよ。あのおっさん、めちゃくちゃ鬼軍曹だったじゃない。魔術師目指してるっていう私にも色々とやってくれちゃって!」
「私たちへの訓練を施した夜はいつも、「二人に嫌われないかなぁ……」とか、「二人が今度から訓練参加しなかったらどうしよ!?」って、ご飯の時に私に言っておろおろしていた」
「「――――」」
余程衝撃的だったのか、エドモンドは落ち込みつつご飯を頬張った。
アリスもアリスで、「そう……」と何かを言いたそうな表情で虚空を見つめる。
「そんなにびっくりなの?」
「なあリュカ。考えてもみろ。お前の母ちゃんがお前への訓練のあと「リュカちゃんにひどいことしちゃったな……。お母さんのこと、嫌わないかな?」て、一人で呟いていた所を見てしまったという状況を」
「……お母さんはそんなこと言わないよ。絶対」
「俺たちも、シェリーの父親はそうだと思っていたんだ!」
「見るからに鬼軍曹よ。慈悲なんて持ってない、軍人の中の軍人。体育会系の頂点のような男」
「……母さんが、そんなこと言う訳……」
そんなこと言ってるとこを見たら――と、リュカは変な想像をして、一人で気分を悪くしていた。
ダメなのだ。弱音を吐いている母親を想像するなど、考えられないからだ。
もし見てしまったら、速攻で病院に連れて行こうと思ってしまうぐらいの母親だからだ。
「ああ、なんか冷めちまったな……。今日は俺が先に見張りやるは……」
「リュカは最後。ゆっくり寝て」
「あ、うん。ありがとう」
「エド宜しくね~。あとで起こして~」
何故だか変な空気になりつつ、その日の夜は暮れていった。
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