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十一話:戦闘開始(血熊編)


「『ブースト』」


 リュカが仲間に補助魔法をかける。

 短時間の間、体の筋力を活性化させることで、通常時以上の動きを可能とさせる術であり、その効果時間は約十分。それを過ぎると体に負荷が押し寄せるため、その前に倒すのがベストだ。

 ブラッドグリズリーが。四人が。お互いに動きを、間を、タイミングを読み合う。

 伊達に低レベルの魔物ではないということだ。瞳をそらさず、じっと四人を伺う大熊。


 ――転瞬。


 前に駆け出したのはシェリー。大きな盾を前に構え、恐るべき瞬発力で前に躍り出た。

 

「ッふ!」


 そのまま突貫。体当たりのような形でブラッドグリズリーに大楯を叩き込んだ。

 

「GuloooIOOlooo!」


 大声を張り上げると、そのままシェリーに目がけて鋭い爪を振りかぶる。

 すぐさま盾でフォロー。


「ッぐ……!」


 恐るべき膂力で叩き込まれた一撃に、思わずシェリーは呻いた。

 ずるずると地面を滑らさせ、三メートルほど間が空く。

 追撃を施そうと前に出たブラッドグリズリー。しかし側面から聞こえる風を切る音に、巨体とは思えぬ速度で一気に後退する。


「察しがいい熊だなァ、オイ!」


 そのままエドモンドが突っ込む。

 ブラッドグリズリーが攻撃してこようとする――その瞬間、彼の側面から飛んできた一閃。

 リュカの隙を突いたような一撃だった。

 普通なら構えるが、矢だと判断したブラッドグリズリーはその一撃を無視し、エドモンドに大きく腕を振るう。


「ぉっと!」


 まさか矢をスルーされるとは思わなかったとでも言わんばかりにエドモンドが後退。

 矢は大熊に当たるが、体毛にはじかれるように勢いがなくなって、そのまま地面に落ちた。


「マジか……」

「っと! やべぇ!」


 それを追撃するように巨体を迫らせ、どこかをかみ砕こうと大口を開ける。

 

「させないッ!」


 体勢を整えたシェリーが、その間に入る。

 エドモンドのちょこまかとした動きに目を奪われていたブラッドグリズリーの脇腹に大楯を再び叩き込む。

 驚いたような様子を見せる大熊に、そのまま構えていた槍を突き刺した。


「GAAlaaaaa!?」


 初の痛手にブラッドグリズリーが吠える。

 シェリーは突き刺した槍をすぐさま抜き、もう一撃を加えようとした――

 刹那、大きく後方へと吹き飛ばされていた。


「っきゃ!」

「おっと!」


 飛んできたシェリーをリュカが抑える。

 高速で振るわれた右腕の一撃。それは先ほどシェリーが受けたものより、かなり強力な一撃だった。

 今まではある程度の小手調べ、手加減のような形で攻撃されていたのだと判断する。


「……あの一撃」

「真正面から受けていたらヤバそうだね。……『アクセル』」


 単体に速度上昇効果を付与するアクセルをシェリーにかける。

 二つの魔法効果が掛かったシェリー。

 一見してかなり強力に見えるが、その実、反動がかなり来る。

 魔法が切れる前に決着をつける必要があった。


「おっりゃああぁあ!」


 エドモンドの大振りの一撃に、ブラッドグリズリーも合わせるように爪を振るう。

 ガキン、とまるで金属同士が触れ合うかのような音。

 その一撃に押し流されたエドモンドに、大熊が再び爪を振りかぶった。

 再び上がる金属音。


「……こりゃ体に来るぜ」


 受けとめたエドモンドの苦笑いと一言には重みがあった。

 おそらく『ブースト』ほ施していなければ、受け止めた腕の骨がイッていたと、心の底からエドモンドは感じる。

 

「イヤァアアアアア!」


 裂帛の気合いのと共にシェリーが再び前線へ。

 大熊との距離を詰め、からだにかかった補助魔法を頼りに、槍と大楯を用いて連撃を繰り出す。

 それを追うようにエドモンドもまた、側面からの攻撃に移った。

 小さい敵ならエドモンドが一番前に来るのだが、こういった一撃が重いパワータイプにおいては、シェリーが前に出た方が効率が良いことを分かっているからの行動だ。

 ちょこまかと側面の敵から責められ、目の前には重い一撃を有して、それこそ鉄壁のように動かない敵。

 一度仕切り直そう――そう思ったブラッドグリズリーが取った行動は、後方へと大きく飛びのくジャンプだった。


「GUOOOOOOOOOO!」


 それまであげていた声とは違い、まさに痛みを訴えるような咆哮が森全体へと響き渡る。

 様子をうかがっていたリュカの放った矢が、見事に大熊の鼻近くを突き刺していた。

 体をよじりながらも、矢を引き抜いた大熊が、一撃を放ったリュカを見やる。

 弓を構えてはいるが、まるで貧弱そうな出で立ち。

 まず倒せそうだと判断したブラッドグリズリーが、四足になって疾走を開始する。


「させないッ!」


 シェリーが受け止める。

 普通なら吹き飛ばされていただろう。

 しかし『アクセル』と『ブースト』の効果による身体能力の向上。それでいて、ある変化が大熊に襲っていた。


「guluuuoluu……」


 思う様に体が動き辛くなっている。

 それに気が付いた瞬間には、体を支えることに一生懸命になっていた。

『パラライズ』。先ほどもオークに放った状態異常が体を蝕んでいた。

 流石に全身を止めるほどの効果は、この巨体には生み出せないでいた。

 しかしそれでも、鈍くなる程度には動きを阻害出来ている。

 

「うぉおぉおおおお!」


 エドモンドの一撃は大熊の横腹を引き裂く。

 傷は深くはなさそうだが、それでも浅い一撃でもなさそうだった。

 再び悲痛な叫び。

 もはや半狂乱のような状態で体を捩り、腕を振り回す大熊。

 対峙していた三人が、その様子を見て取った行動は。


「回避ー!」

「シェリー! もうちっと下がれ!」

「魔法が……切れた……」

「ええい! リュカてつだ――――」

「『サンダーストーム!!』」


 二人がシェリーを引き摺るように後退した途端、途轍もない魔力の波動がブラッドグリズリーの上段近くに形成される。

 次の瞬間、大きな雷撃を纏う竜巻が、ブラッドグリズリーを覆いこんだ。


「QUlooOOOOLOOOOOO……!?」


 体を切り裂く旋風。

 骨身に染み渡るいかづち

 全身に凶悪な中級の複合魔法『サンダーストーム』を受けたブラッドグリズリーは、縛られるようにその中心から動けないでいた。

 ……数十秒後。

 解放された大熊は未だ存命だが、体中に裂傷が入り、焦げたような匂いが立ち込めていた。


「シェリーは無理か。アリス、初級魔法連打」

「分かってるわよ!――『ウィンド』『ウィンド』『ウィンド』!」


 初級魔法を連続で詠唱し、風の刃を熊目がけて発射。

 足を、胴体を、腕を引き裂かれて大熊はその巨体を大きく前のめりに倒す。

 

「『クイックブースト』」


『ブースト』のかかっているエドモンドに、更に短時間の筋力増加を図る『クイックブースト』を重ね掛けするリュカ。

 

「これで終わりだァ!」


 前のめりになって動けない熊の頭部目がけて、エドモンドは両手剣を構える。

 喉元へ吸い込まれるように入った一撃によって、ブラッドグリズリーの頭部は胴体と離別し、地面へとポトリと静かに落ちた。

 続いて辛うじて倒れずにいた巨体が横に揺らめき、静かに音を立てて崩れ落ちる。

 耳を澄ませば、聞こえてくるは森の静寂。

 数分ながらの激闘が、ここに終わった




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