十話:領域
「遅かったわねー! 待ちくたびれたわよ!」
大笑いしながらアリスがリュカ達を出迎える。
そしてアリスの隣で立っていたエドモンドは、とても疲れたような表情をしていた。
思わず気になって、リュカが問いかける。
「どうしたのエドモンド。何かあった?」
「ああ……お前たちが離れた時にな」
「マッドモンキー共がこっちにきて荷物漁ろうとしやがってね! 仕方ないから殲滅してたのよ!」
エドモンドが喋ろうとした時には、アリスが満面の笑みで答えていた。
ただ、彼の表情は晴れない。
「まあ、それはいいんだけどよ……。テント張る際に聞こえる叫び声、怒号、そして高笑い。あげくに風魔法の余波で飛び散ったサルの血が顔について、なんていうか――」
「分かったよ。もういい」
エドモンドの喋りを食い気味に止めたリュカ。
その隣で魔法による虐殺の様子を興奮気味に語っていたアリスだが、シェリーは聞いているようで聞いてはいなかった。
取ってきたオークの顔を、持ってきた鉈で首からざっくりと振り下ろす。悲痛な顔もちのオークの頭がコロコロと落ち、少しだけ体がビクンと痙攣した。
いわゆる血抜きの工程だ。
「……シェリーって、たまにえげつないことを平然とするわよね」
顔色一つ変えずに行う解体に、思わずアリスは顔を顰めた。
「これぐらい、子供の頃からやってる」
凄腕の魔物討伐者、騎士、そして準男爵へと転身した父に、幼いころからサバイバルの技術を教わっていた彼女にとって、これぐらいは常識である。
というより、血抜きをしない肉は食べられたものではない。
どうせ食べるなら美味しいほうが良いのは明白である。
「アリス、水魔法で洗って」
「はいはい。『アクア』『ウィンド』」
普通なら血を抜くために吊り下げて血を抜く必要があるが、それはアリスの魔法のお陰で短縮できる。
切り裂いた腹から内臓を取り出したシェリーの一言で、アリスが初級魔法を唱えた。
といっても、同時詠唱と呼ばれる芸当なので、普通の魔法使いにはできない技術だ。
体中に水を這わせ、そのまま体内部に侵入。操る水が真っ赤になっていく。
ある程度行ったところで、風魔法で操作していた水を遠くに飛ばした。
「あとは解体。皮近くは肉硬いから柔らかいところだけでいい」
「エドモンドー! 仕事が出来たわよー!」
リュカに今までの惨状を語っていたエドモンドだが、アリスの声かけに、「しょうがねぇなぁ」と動き出す。
その動きを見て、リュカも帰り際に集めた薪を集めて、『ファイア』と小さく魔法を唱えた。
最初は燃え移りにくいが、魔法を持続させることで木に火が移る。
「……ほかのパーティじゃ、こんなことしないんだろうなぁ」
エドモンドが肉を捌く様子を見つつ、リュカはしみじみと思ったことを口にする。
「そうかしら。やってるところはやってるんじゃない?」
「授業でもやった」
「いや、そうだけどさ」
基本的にある程度のクエストには、食料は持参で済む。
しかしやむ負えない事情で食料がなくなった際の対処法として、学園は魔物の肉の食べ方などを教えていた。
こんな風に、自ずと肉を取りに行って意気揚々と食料にするわけではないのだ。
「でもあったかいもの食べたいじゃない? 新鮮な焼いた肉なんて、普段でもなかなか食べられないわよ。そもそもこんな風に出来ないのは、パーティメンバーの実力が劣っているからでしょ?」
「いや、そう言われると返す言葉はないけど」
困ったような表情を浮かべるリュカ。
そもそもの話、オーク二体をものの数秒で刈り取れる学生パーティは、今の学年ではいくつあるか数えた方が早いぐらいに少ないものである。
「面倒だけど、これでいい」
エドモンドが捌いていくオークのブロック肉を、拾ってきていた枝に刺して火元へと近づけ、柄を地面に埋めていくシェリー。
保存食を食べるより過程は必要だが、それでもおいしさには代えられない。
「あ、塩胡椒取ってこないと」
「私取って来るわよ……って! アイツらまた……!」
数匹のマッドモンキーが恐る恐るといった感じに、テントの周りに置いていたアリスの荷物に近づいていた。
「二度と悪さできないようにしてやるわ!」
「……程々にね」
諦めたようにリュカは呟いて、シェリーと同じ工程を行っていく。
後方で聞こえてくる叫び声と轟音。
それを耳にしつつ、これがさっきのエドモンドか――とシェリーとリュカはしみじみと感じた。
******
「美味しかったわね。特に昨日買ったスープの素。これはすごいわ」
「まさか熱湯を入れるだけでこんなにおいしいものが飲めるなんて思わなかったよ」
「言ったろ? 買った方がいいって。最初は耳も傾けなかった癖によぉ」
「悪かったわよ。エドもたまには使えるのね」
「また、買おう?」
アリスの発言にぎゃーぎゃーと言い出すエドモンドはさておき、買っておいた最近話題の保存食――その名はどこでもスープに四人は感動していた。
お湯を入れるだけで飲める、という画期的な飲み物は、近頃になって東大陸から浸透してきた一品だ。
味は二種類。一つは玉ねぎをベースとしたスープ。もう一品は東大陸の極東で親しまれているらしい発酵食品をベースとしたスープだ。
今回は四人とも玉ねぎベースの物を買ったが、これならばもう一方の商品も買わないと、と思い始めていた。
「それにしても、肉は少し臭いがな。味は素晴らしいんだが」
「やっぱりちょっとは日光で干さないとね」
臭うと言いつつ大口で頬張るエドモンドを見て、リュカは呆れたような顔で呟いた。
オークは元来、かなりの綺麗好きだ。そこは豚と習性が似ているのだろうか。
また脂肪も少なく、上質な筋肉で構成されている。
「嫌なら食べなくていい。私が全部食べる」
「嫌とは言ってねぇよ――って! お前どんだけ取ってんだ!」
「私が捕まえた」
「リュカも一緒だったんだろうが!」
ごっそりと美味しい部分を取るシェリーに、奪おうと暴れだすエドモンド。
「相変わらずエドは馬鹿ね」
「今は黙っといた方が正解だよ」
気付かれたらもっと面倒だから――と、そこは言葉を続けずアリスに分かってもらうリュカ。
まだ美味しいところは余っている。エドモンドがシェリーと争っているうちに黙々と取っていく二人。
「それにしても、肉焼いてても魔物来ないってすごいわね。流石はリュカ。こういう地味なのは得意なのは昔からなのかしら」
「……うるさいな。便利だろ」
アリスの小言に、リュカは少しムッとしながらも言い返すことが出来ず、とりあえず適当に言葉を返す。
『結界』と呼ばれるこの魔法は東大陸由来の、属性に由来されない、いわゆる無属性魔法と呼ばれるものだ。
効果は外と内を切り分け、外からの侵入を“躊躇わせる”魔法であり、決して侵入出来なくする魔法ではない。
それはより上位の『神域』と呼ばれる魔法になるのだが、上級に分類される魔法になるため簡単に行使できないのと、消費魔力が膨大な為に今は使っていなかった。
無属性魔法は素体の強化や弱体化――先ほどリュカが使っていた『パラライズ』が当て嵌まる――魔法が主だが、中にはこうした外界と内界を切り分ける珍しいものも存在する。
リュカは母親から主にこうした無属性魔法を教わってきていた。
――いや、それしか教われなかったとでもいうべきか。
「アンタって珍しいわよね。こういう高度な魔法技術が使えるってのに、無属性魔法しか適正がないなんて」
「母さんにも言われたよ、それ」
リュカは無属性魔法しか使えない。
基本的に子供でも使えるとされる『ウィンド』や『ファイア』でさえ、行使することが出来なかったのだ。
しかし無属性魔法に関しては、他人を上回る技術と才能があった。
無属性特化、と言われても間違いはない。
属性魔法と比べて一目ではパッとしない能力が多いが、サポート能力の高さや属性魔法では出来ないことも多いため、重宝されているのは確かだ。
「いいじゃねぇか。アリスは無属性魔法使えないだろ」
「別に使えるわよ! ただ、ああいうこまっかくてみみっちい制御が苦手なだけよ」
「細かくて、みみっちい……」
追撃にずーんとへこむリュカ。
その様子に、隣に座っていたシェリーが肉切れをいくつかリュカに差し出した。
「美味しい部分」
「……えっと」
「リュカも頑張った。あげる」
「あ、ありがと」
「オイ、シェリー! 俺にも寄こせ!」
「エドの味覚は馬鹿だから、そこらへんの筋で十分」
「ふざけんな!」
再び始まった肉の取り合いに、思わずリュカも笑う。
――――と、その時。
不意にリュカは小さな魔力の揺らぎを感じた。
周囲に張り巡らせている結界に異変が走ったのだ。
「――――」
無言でおもむろに立ち上がったリュカは、近くに置いていた弓と矢筒を拾う。
……彼が動き始めた時には、既に仲間も各々の武器を手に取り始めていた。
アリスは杖を持って魔力を張り巡らせ。
エドモンドは試すように数回ほど、剣を虚空に斬り付け。
シェリーは大きな盾をぶんぶん振り回し、体に馴染ませる。
笑顔で談笑し、食事はしていたにも関わらず――――誰一人として、油断はしていなかった。
「Gouuuuuu……」
鋭い眼光と共に、獣独特のうめき声。
軽く二メートルを超え、三メートルすら届きそうな巨体を揺らし、その魔物は現れた。
強靭な爪、そして真っ赤に輝く瞳が輝く。
結界は“近寄りがたく”するもの。しかし結界に入るという、“明確な意思”と“強靭な精神”、そして“個の強さ”が介在する場合、あまり効果を為さない。
「ボスか?」
「少し荒らし過ぎたかもね」
「アリスのせい」
「面倒ごとが自分から来てくれてラッキーじゃない。コイツ倒せば、他の魔物来なくなるわよ」
アリスが減らず口を叩くが、その実、気を緩めてはいなかった。
目の前の強大な殺気と重圧に、思わず息を飲む。
「GAlaaaaaAAAAA!」
腕を広げ、大きく咆哮。
周りに居たらしい鳥獣が、遠くに逃げていく音がする。
「なるべく、テントには近づけないように。いいね?」
『了解』
リュカの言葉に、三人は簡単に返事した。
魔物の階級としては中級。
しかし中級以上にもなると、同じ階級内でも位分けがある。
目の前の魔物はその中でも、最も上級魔物に近い位分けされている存在。
――――ブラッドグリズリー。
獣種の魔物としても上位に位置する敵が、鋭い牙から涎を垂らし、四人を凝視していた。
ちょっとバトル続きです。
まあ魔物がたくさんいる場所ですからね。そういうことです。
あと、更新するたびにブクマが1つずつ増えていっていてとても嬉しいです^^
評価してくださった人、ありがとうございます。
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