九話:食料の確保と自然の掟
アリスとエドモンドが野営地の設置をしている間、リュカは弓を、シェリーは槍を持って薪となり得る枝を、そして食用になり得る魔物を探していた。
一応保存食もあるが、食料は調達できるなら、その方がよいのだ。
水は野営地近くに湧き水があり、なおかつアリスの魔法で出せるので問題はなかった。
といっても魔法で出す水は常日頃飲んでいる水とは違い、完全なる不純物のない水、いわゆる純水だ。
決しては美味しくはないのであまり飲みたくはない。水場があれば確保は当然であった。
そして彼らが目指す獲物。
それは先ほどもアリスが倒していたオークだ。
独特な匂いがあるが、塩胡椒を塗して焼けば絶品の肉料理に豹変する。何より一体から取れる食べられる肉量が多いのも魅力的である。
基本的に食用となり得る魔物は少ない。オークはその中でも人気のある生き物なのだ。
アリスが倒したオークは『トルネード』と『雷霆』によって土が傷口に入り込み、尚且つ黒焦げになってしまい食べられそうは無かったので、こうして狩りに来たわけである。
「……いた」
「うん。以外と大きいな」
大体三十メートルくらい離れた大きな樹木の近くにオークが二体。
木の根元近くに生えているキノコをモソモソと食べている。
彼らは基本的に雑食だが、特に好んで食べるのがキノコだ。大きな鼻によって食べられるか食べられないかを判別する――と、確か教科書に書いてあったなとリュカは思い出した。
その鋭い嗅覚で敵の襲来を判断するのだが、今は目の前の食べ物に夢中になっていて、こちらに気付く素振りは見えない。
「……弱体化魔法で動きを阻害するよ」
「分かった。突貫する」
今では大楯を持ってきていないシェリーだが、槍の技能はクラス一だ。
そもそもの話、シェリーの父親は騎士として王国に名を馳せた豪傑の一人である。
――数十年に一度起きるとされる魔物の大氾濫。
その際に多くの魔物を内倒し、一躍英雄となったルドルフ=ピーサー。
のちに準男爵となった彼の娘たるシェリーは、幼いころから武芸を叩き込まれていた。
といっても準男爵はどちらかというと平民に近い階級だ。そのためシェリーはよくエドモンドやアリスと遊んでいて、その影響でエドモンドは剣技をルドルフから教え込まれることになった。
閑話休題。
シェリーが槍を構える。
彼女が今回持ってきたのは、いつもの長い槍ではなく、短く狭い空間でも使いやすいショートスピアだ。
森という密閉空間、そしてダンジョンという建造物内で二メートルを遥かに上回る槍は使いにくい。
ショートスピアは長さ一メートル以上あるが、それでもロングスピアより短く振り回しやすい。
使い勝手は違うが、幼いころから多くの武器を使ってきた彼女にとっては、使用武器の変更はそこまでのハンデにはならない。
「……ッふ!」
疾走。木の枝が凸凹に地面に出っ張っている中、見事なフットワークで接近していく。
その後ろで静かにリュカは弓を構える。
ぼそぼそと小さく何かを呟き、そのまま二体いるオークの左側へと、照準を定めた。
「――――ooO?」
近づく足音いようやく気付いたオークが、駆け寄るシェリーに目を向ける。
その顔が振り向かれた瞬間に、リュカは矢を解き放った。
風切り音がシェリーの耳朶を震わせる。
「GAloloaaaaaa!」
矢は見事に敵の右目を打ち抜いた。
激痛によって悲痛な叫びが木霊する中、その相方即座に近くにおいていた木製の打撃武器を拾おうとする。
「――――ッシ!」
喉元に刺突が伸びる。
鋭い一撃が武器を拾い上げたオークを貫いた。
声を出そうとも、ヒューヒューと風が通り抜けるようなうめき声をあげるのみ。捻りを加え、追撃を図る。
オークは巨体を痙攣させて、ぐらっと地面へと傾けた。ドスンと響く鈍い音。
シェリーはその様子を眺めた後、ショートスピアを引き抜いてもう一方の、右目を打ち抜かれたオークを眺める。
「……o、oOOuUuu…………」
痛みに耐えながら武器を取ろうとするオークだったが、体が思うように動かないことに気が付いたようだった。
ぼそぼそと小さく呟いていたリュカだったが、密かに矢へと『パラライズ』と呼ばれる無属性魔法を付与していた。
リュカはアリス程の絶大な威力の魔法や連射は出来ない。
ただ、こうした無機物に対し魔法を付与することは「私にもそんな簡単には出来ない」と言わせしめるほどの器用さ――リュカの武器は正しくそれだ。
動こうにも体の自由が利かないオークは立ち上がるも、数秒後には揺らめき、そしてドシンと巨体を地面に叩きつけた。
受身もうまく取れなかったようで、倒れる際に腕から嫌な音が聞こえる。
――ここまで、わずか数秒足らず。
一瞬にして決着がついていた。
「ナイス、シェリー」
「そっちも。右目にピンポイント」
「いや、本当は頭貫きたかったんだけどね……」
あはは、と大したことじゃないと笑うリュカだが、仮に三十メートルは離れた距離から、一発で顔面に矢を叩き込んでいるのだ。
シェリーとしては、そこまで謙遜しなくてもいいと思うのだが、昔からこういった性分だと聞かされていた彼女は、
「次は期待してる」
と、リュカに笑みを浮かべながら言った。
「それはそうと、どっち持って帰る?」
「肉は新鮮な方がいい」
「そうだね、生きている方がいいか」
そうして左目を貫かれ、体が動かなくなったオークをリュカは見た。
普段は表情など分かりにくい豚顔から、恐怖が見て取れる。
といっても、この世は弱肉強食だ。
魔物に多くを奪われた人だっているし、逆に人間側に仲間を狩られた魔物だっている。
それに彼らは魔物討伐者。魔物を倒すことを生業とする仕事に従事しようと志す生徒だ。幾度となく倒してきた魔物一体を殺すことに、何一つ躊躇はなかった。
「縄、ある?」
「持ってきてるよシェリー」
彼女の問いかけに、腰のベルトにぶら下げていた縄を投げ渡す。
縄を渡されたシェリーは、オークの放つ悪臭に顔色一つ変えず、足、腕、胴体をぐるぐる巻きにし、そして首に紐を括り付けて引っ張れるようにした。
「枝拾いはよろしく、ね」
「分かってるよ。僕じゃそのオーク運べそうにないし」
そうこうしていう内に、喉元を貫かれて絶命したオークの血の匂いに、ぞろぞろと魔物が近寄る気配を感じたリュカ。
伸ばした紐を片手でぎゅっと握り、もう一方の手に血に濡れた槍を持ったシェリーに声をかける。
「帰ろっか。他のが来そうだから」
「分かった」
リュカはキョロキョロと周りの警戒をしつつ枝を探す。
その後ろ、巨体を片手で引き摺るシェリーが続いた。
……数十秒後。
血まみれのオークに、複数の魔物が近寄り、そして一斉に肉を引きちぎり合う――
最後の二行入れるか入れないか迷ったんですが……まあ、いいですよね
こんなギャグっぽい中にもリアルさというか、少しぐらいこういうの入れても……
遅くなりましたが更新出来てよかったです。
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