プロローグ
とある遺跡で、精悍な青年が大声を張り上げる。
「やべぇええよぉおおおおお! 敵! 敵の数やばい!」
悲鳴を上げながら、腐った肉体で攻撃を仕掛けてくるアンデッドを大剣で斬りつける。
脆く簡単に折れるが、切り裂いた瞬間に強烈な腐臭と瘴気に、意識が遠のきそうになる。
一体を切り裂いたところで、後方から三体、五体、十体――と、再現なく湧いてきている。
叫びたくなるのも仕方がない。
「……奥のボス。叩かないと」
大きな盾とスピアで多数のアンデットの動きを止めている少女が、後ろでアンデットを産み出し続けている顔に視線を送った。
顔――と表現したものは魔物だ。
巨大な顔がどすぐろい瘴気を帯びて、ニヤニヤと笑って浮かんでいる。
その顔の周りの瘴気から腐った死体のようなアンデットと、精神にダメージを与え魔力を吸い取る霊体の魔物、レイスが湧いていた。
「ごめんね! 今回は二人の武器とアリスしかどうにか出来ないからさぁ! とりあえず強化魔法送る!」
「悪ぃな! リュカ!」
「……助かるッ!」
わたわたと弓を持った青年――リュカが、前方でアンデッドの襲来を防ぐ二人に強化魔法を唱えた。
筋力の増加効果を持つ『ブースト』、速度上昇効果を持つ『アクセル』を付与する。
二人同時に二つの強化魔法をかけたことで虚脱感が出てくるが、恨めしそうに今回の騒動の元になった顔に弓を射る。
しかし瘴気の塊である顔には効果がない。すり抜ける矢を感じ、ニヤニヤと気味の悪い笑みをさらに深めた。
――やっぱりダメか。
最初でも試したのだが、どうやら物理攻撃だけでは、あの顔にはダメージが通らないらしい。
アンデッドは肉体を壊せばいいのだが、瘴気で形成されているあの顔――ファントムと呼ばれる中級の魔物は、神聖魔法で浄化するか、覆う瘴気を吹き飛ばすほどの強力な攻撃魔法でないと太刀打ち出来ない。
大剣を持って戦っているエドモンド、そしてスピアと盾で敵の進行を抑えるシェリーの武器には対アンデッド用の効果を高いお金を払い付与してきている。
しかしファントムには通用しないレベルの、効果が弱いものだ。
そして彼等のパーティ内では、神聖魔法を使える仲間はいなかった。
――――このままではジリ貧だ……。
後方に控えるリュカは再び強化魔法を前方の二人に掛けなおす。
しかしいくら倒しても沸いてくる悪霊たち。
「……ふふ、ふふふ」
「どうしたのアリス! なんかいい魔法でも思いつい――って! レイスうざい!」
ふよふよと浮いてきては視界を遮り、露骨に魔力を吸いに来ているレイスを追い払いつつ、リュカは後ろに振り返る
現状、この局面をどうにか出来る人物は一人しかいない。
俯きながら不敵に笑う少女――アリスはリュカの言葉に笑いながら答えた。
「どうせ三下の魔物でしょ? 一発ドカンとやっとけばいいのよ!」
「馬鹿! さっきも言ったろ! ここじゃ僕たちも巻き込まれるって!」
生憎、彼らが戦っているのはとある遺跡の大きな広間だった。
中は寂れ、大きな衝撃を与えるといつ崩れても可笑しくない状況である。
ファントムに集中的な魔法をぶち込むのは簡単だ。
だが、攻撃力の高い魔法は、その効果が及ぶ範囲も大きくなりがちである。
そのため、魔法オタクであるアリスがこのような立地でも好ましい魔法を思いつくまでの、謂わば時間稼ぎをしていたのだ。
そう、時間稼ぎをしていたというのに――
「もう面倒なのよ! 威力を集中させるって神経使うし、ミスって魔力暴発するかもしれないじゃない! だったらさくっと吹き飛ばしちゃったほうが早いのよ!」
「ここ崩れたらどうするんだよ! 僕たち生き埋めだよ?」
「……大丈夫よ、多分」
「多分て何!? 何でそんな楽観的なのかなぁ!? アリスはいつもそうやって色んなとこで――」
「うっさい! アンタは心配性すぎるの! こういうのは為せば成るの!」
リュカの忠告も空しく、アリスは魔法を撃つため魔力を練り始める。
彼女の周りに紅焔にも似た赤色の魔力が、アリスを中心に吹き荒れ始めた。
その様子をみて、近くに寄っていたレイスは素早く逃げ始める。
――――これはヤバい気がする!
「エドモンド! シェリー! 逃げるぞ!」
「ああん!? あんだって!? 今忙しいぞ、見て分かんねぇのか!」
「アリスが魔法撃つぞ! いつものだ!」
「……それはいけない」
「何で前にも後ろにもやべぇのがいんだよ! シェリーさっさと走れ!」
大きく振りかぶって敵を吹き飛ばしたシェリーとエドモンドが、踵を返してリュカとアリスの方に逃げ帰る。
二人とも必死だ。
「しゃがんでなさい! ぶっ飛ばすわよぉ!」
「ちょっとぉ!? まだ二人ここまで来てな――――」
「『フレア・バーストォオオオオ!』」
リュカの言葉は途中で途切れた。
フレア・バースト。圧倒的な攻撃力を誇る火属性の極大魔法だ。
そんな詠唱と共に、閃光がファントムの目の前で収束。
転瞬、轟音と爆炎が辺りを包み込んだ。
どうぞ宜しくお願いします。