表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

花言葉シリーズ

勿忘草

作者: 月宮 柊

 「あら、どちら様ですか?」


 変わらぬ優しい声音と柔らかな物腰であなたは言った。

 とうとうこの日がやって来た。覚悟はしていたがやはり辛いものである。

 私にそう言ったのは紛れもなく私の母であった。



 今から半年前、医者が宣告した病気、認知症。

 物忘れがひどくなった母を病院に連れていった、何となくそんな気がしていた。しかし、ショックだった。

 忘れていく、何もかも奪っていく、母から私たちの思い出を。

 辛かった、でも最もつらいのはそんな病気を患ってしまった母自身である。


 日に日に悪くなっていく物忘れ、幼児後退、見ているのも耐え難く、それよりもう私たち家族だけでは介護をするのは無理になっていた。

 泣く泣く私たちは介護施設に母を入れた。


 毎日会いに行った。母はぼんやりしているときが多く会話もなかなかできなかったが、つい最近私にこんなことを言った。


 「私はこんなに良い娘を持って幸せよ……ありがとうね」


 その言葉を聞いて涙が目から止めどなく流れた。そんな私の手を皺だらけの手で母は握りしめてくれた。ああ、何て温かいのだろう。




 現実は残酷で夢を見せてくれた後、悪夢を運んで来た。

 不思議そうな顔で母は私を見つめている。

 何度も練習した笑顔を私は浮かべる、うまく笑えているだろうか。


 「あなたの、娘ですよ……」


 ごめんなさい、やっぱり泣かないのは無理だった。

 母は微笑んで「ああ、そうなの?」と言った。


 「お母さん……」

 「あらあら、どうして泣いてるの?」


 昔のように言う母、だけど私のことは覚えていないだろう。


 「ねぇ、お母さん」


 こちらを向くこともなく母は窓の外を笑顔で見続けている。それでも私は続ける。

 私は持ってきた鉢植えを母の方に向ける。


 「勿忘草って花なんだよ、可愛いでしょ?」


 鉢植えをそっと母のそばにおきながら話続ける。


 「花言葉、知ってる?」


 勿忘草の花言葉、それはーー


 「私を忘れないで」


 どうやら私の願いは病気には勝てなかったらしい。

 母の好きな花でもあった勿忘草、今はもう見向きもしないその花に私は毎日祈り続けた。

 明日も明後日も母が私のことを覚えていますように。


 「今日も良い天気ねぇ」

 「そうだね」


 温かい日差しが差し込む部屋で母と二人で過ごす時間、私の心は氷のように冷たくなっていった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 主人公はとても優しい方ですね。 私は介護施設で働いていますが、毎日来られる家族を見たことないです。 よくて、一ヶ月に1・2回かな? お話とても泣けました。 いつか自分のこういう日が来るのでは…
[一言]  現実とはそんなものです  厳しく、切なく、どうにもならない  それでも、生きていかないと……  そう、思いました
[良い点] 親に忘れられるのはつらいですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ