風よ
「やーい、やーい、おっせーぞ、トロロ!」
とろいロロ約してトロロ、クラスの皆からそう呼ばれている。
純血の人間は脆く、力が弱く、魔力さえも少ない。良いところなんて見当たらない種族だと。
それをお前は体現していると言われる。
人と魔人とのハーフであるセルラーは強く頑丈で、高い魔力を持ち、何でも、出来てしまう。
今だって、風の魔力を使って宙に浮き、取り巻きと共に、簡単に屋上に上がってしまった。
それを自分は見ている事しか出来ないのだ。
そりゃ、風魔法が使えない訳じゃない。ただちょっと弱いだけなのだ。
「いつまで、そこにいるんだよー?。はやく登って来ないのかー?あっ!そっか、そよ風しかまだ、出せないんだもんな!トロロは!」
自分で言った言葉に笑えてきたのか、高笑いをするセルラー。それに釣られて笑う取り巻き共。
世の中はいつも、強者に協力的で弱者をのけ者にする。
弱者が這い上がるには強者に取り入るしかない。
上手く生きる、それが地上から見上げるものと空から見下ろす者の違いなのかもしれない。
強者に従う事を自分には割りきる事が出来ないのだ。
でも、何も言うことができない。
全てが負け惜しみに聞こえそうで嫌だった。
「なんだよ、その目は。ムカつくんだよ。弱いくせによー。」
だから、せめてもの反抗として、拳を強く握り、睨み付ける。
「なんとか、言えよ、グズトロロ。それとも、なんかいってっけど、声が小さくて聞こえないのかなー?それじゃ、仕方ないから、今すぐ、こっちに来いよ。あっ!わざわざ、階段上らないと無理だったか!わりーなー!ハハハ!」
笑う強者に何も言えない弱者。この違いは生まれ落ちた時から決まっていて、変えることなんて、変わることなんて、出来ないのかもしれない。
「チッ、うっぜーな!その目!グズトロロの癖に!」
そう言って、セルラーは手を前に出し、そこに魔力を収束させる。
「風よ!」
呪文が、魔力の奔流が世界に干渉し、事象を改変する。
足が地面を離れ、奇妙な心地の浮遊感と嫌な笑い声に包まれる。
やがて、それは止まり、世界が逆さまになった。
「どうだよ、宙吊りにされる気分はよー!魔法もろくに使えないクズトロロ!」
頭の上を見ると地面が広がっていた。
結構な高さなのだ。セルラー達のところまで上がって無いにしても、三階分位の高さはあるように見える、というか、目の前が三階の教室だよ、くそが。
「つまんねーな、なんか反応しろよ、クズ。」
弱い自分が本当に嫌になる。嫌いだ。大嫌いだ。
「チッ、もう落ちろよ。」
セルラーが手を握る。それだけで、魔法が解除される。
本当にそれだけで、浮遊感が戻ってくる。
重力に逆らっていた力は嘘であったかのように消え失せ、元の事象に戻っていく。
落下し、一瞬にして、地面が近づいてくる。
そしてー
「風よ!」
一陣の風が吹き、落下が止まる。そして、ゆっくりと地面に下ろされた。
「セルラー!何をやっているの!」
黒い髪をたなびかせ、俺を庇うように立ち、黒い瞳で鋭くセルラーを見つめる。
「チッ、クロノに庇われて、いいご身分だな。グズトロロがよ!」
「ッ!セルラー!貴方、自分が何をしていたのかわかっているの!?」
黒髪黒目は純血の人間の特徴だ。
それが彼女との接点だ。それ以下でもそれ以上でも、無いはずなのだ。
「チッ、うっぜーな!外からでしゃばって来やがって!テメーがそんな態度を取んなきゃこんなことしねーんだよ!」
「訳がわかんない事を言わないでよ!そんなことよりも、早く、ロロに謝って!」
「くそアマが!調子にのんじゃねーよ!後で覚えてろよ!」
そう言って、彼は去っていった。