隊長と料理人 (2)
リュシルの予知が正しければ、今夜が戦場での最後の晩餐という事になる。
シュウは、夕食に心を注いだのは言うまでもなく、材料を工夫して、出来る限り多くの携帯食を作り、戦場にいるすべての部隊に配って歩いた。リュシルの願いはたぶん第1部隊だけではなく、全員の無事だろうと思ったからだ。
だがしかし、
「はあー? なんだこれは? こんな不味そうなものいらねーよ」
部隊の中でも荒くれものを集めた第9部隊は、シュウの申し出を断った。
そればかりか、
「なあ、第1部隊は個人面談とかをしたんだろー。俺たちも、あんたんとこの隊長さんになぐさめてもらう方がよっぽどいいぜ、話をつけてくれよ」
などと不埒な事を言い出す始末。
シュウはあきれかえってものも言わずに、その場をはなれたのだった。
第1部隊に帰ると、シュウはまたリュシルに呼び出された。
「お前も疲れているだろうが、さすがに今日は私が限界なんだ。悪いが、非常時にたたき起こす役目を買って出てくれないか。ほかのヤツらは私が怖くてできそうもないからな」
シュウはそんな言い方にリュシルの隊員に対する思いやりを見た。シュウは疲れていてもあまり睡眠を取らなくて良い体質なのだ。
隊長ほか、幹部のテント前には見張りが必ずいなければならない。けれど今夜は、皆にはぐっすり寝て明日の戦闘に備えてもらいたいのだろう。シュウは「はい」と、すぐさま承諾した。
その夜半。
シュウがリュシルのテント前に腰掛けて月を眺めていると、ガシガシと何人かの足音が聞こえてきた。
そちらを見やると、あの荒くれの第9部隊の男たちがゾロゾロこちらに向かって歩いて来るのが見える。夕食時のセリフを思い出したシュウは、またよからぬ事でやってきたのかとため息をつく。
案の定その予感はあたった。
「ヘッヘー。またあんたか。どうにもこいつらが寝られなくてよ。美人の隊長さんにお相手していただければぐっすりだって言うんで、やってまいりましたー」
にやけた顔で言う、代表らしき男。
「隊長はお休み中です」
「じゃあ俺たちが起こしてやるよ」
「今隊長を起こすと、無事で済まないのはあなた方だと思いますが」
「はあ?」
「そのぶんでは、お話ししても引き取ってはいただけなさそうですね」
シュウはやれやれと思ったが、ここは自分が相手するほかないだろうと、そこにいる人数を数える。
13人。
武器になりそうなものがない状況ではギリギリと言う所だが、仕方がない。
彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、いきなりスイッと先頭の男の前に移動して胸ぐらをつかんだ。
片手でそいつを投げ飛ばすと、周囲から「おわっ?」という声がして、皆あっけにとられている。けれどひとりがすぐさま我に返ると、「こいつ!」と、飛びかかってくる。シュウはふいと屈んでそいつの腹に拳を入れ、これまた横に投げ飛ばした。
男たちが怒りにまかせて「この野郎!」と何人かでかかってこようとしたその時。
「はーい、卑怯な行いはそこまでー」と、男たちの後ろから声がした。
見ると、第1部隊の兵士たちが、ズラッとそこに並んでいる。
「!!」
「ずいぶん体力が余ってんだな。よーし! じゃあ、これからは敵からの攻撃があったときは、第9部隊に先陣をきってもらうぜ」
その言葉通り、第1部隊というのは、いつでも、どの戦闘でも、必ず先陣をきる精鋭部隊なのだ。彼らのお陰で命拾いをする兵士はこれまで数知れずだった。
「その前に、眠れないんだったら、俺たちが、熱ーいお・あ・い・て、してあげるぜぇー」
と、ひとりが指をポキポキ鳴らしながら近づいてくる。
「ひえー! そればかりは勘弁してくださいー!」
第9部隊の男たちは、それまでの勢いはどこへ行ったのか、荒くれと言うにはあまりにも腰抜けな態度で、投げ飛ばされた2人を抱えて、一目散に退散していった。
「あなたたちは…」
シュウが驚いて声をかけると、ひとりが歩み出て言った。
「遅くなって悪かったな、クラマ。交代の時間だ」
「え?でも」
「隊長が言ったんだろ? 俺たちに余計な手間をかけるなって」
「…」
シュウが黙っていると、また違う1人が声をかける。
「大丈夫だぜ。俺たち今日は隊長のお陰で、すげー気分がいいんだ」
「…」
「そ、だからちょっとくらい睡眠を削っても、平気だよ」
それでもどうしようかと躊躇していると、背中をどん!と押されて、料理人のテントへ帰るよう言われる。
「クラマは明日も早くから飯の準備だろ? 俺たちに力のつくものを食べさせてくれよな」
「そうそう、それにはもう寝な」
そこまで言われると、返す言葉がない。シュウは「よろしくお願いします」と、頭を下げて自分のテントへ戻ろうとした。すると、1人がふと気づいたように言う。
「それにしても、クラマ、お前、けっこう強かったんだな」
シュウは曖昧に微笑むと、少し頭を下げてその場を離れて行った。
自分のテントに入る前、シュウがリュシルのいるテントの方を見やると、第1部隊は、デン、とテントの前に円陣を組んで座り込み、あるものは横になったりしていた。これからああやって交代しながら朝を迎えるのだろう。
シュウは自分ひとりよりよっぽど頼もしい彼らにあとを任せて、短い眠りに入ったのだった。
翌日、リュシルの予言したとおり、敵の攻撃が始まった。
リュシル率いる第1部隊は、常に戦闘の最先端にいて、楯のように他の部隊を守る。
その中でもリュシルの迫力は味方ですら近寄りがたく、剣も交わさずおびえて逃げていく者が大勢あって、敵の戦死者も相当少なかったようだ。
その姿はさながら鬼神のようだったと後々兵士の語りぐさになった。
それと同じく、奇跡とも言うべき第1部隊の働きにより、彼らはほとんど死者を出さずに戦闘を続けていたが、突然、部隊に退去命令が出たのだった。